これほど免疫システムによるガンの抑制が当たり前になっていても、免疫サーべーランスという言葉は耳慣れない人も多いのではないだろうか。しかし我々の世代にとっては、ガンと免疫というと免疫サーベーランスがまず結びついていた。免疫サーべーランスの概念は、おそらくオーストラリアのバーネットが最初に提唱したのではと思うが、我々の身体で日々発生している突然変異によるガン細胞を、免疫システムが見つけ出して殺すことでガンの発生を抑えているという考えだ。
確かに最近の疫学では、免疫不全症の人ではガン発生率が1.4倍になるという結果は、これを示唆しているが、思っているほど効果が高いわけではなく、また免疫システムが完全に欠損したマウスでも発ガン頻度が高くなかったことから、免疫サーべーランスの概念はあまり注目されなくなった。
今日紹介するスローンケッタリング ガンセンターからの論文は、ガンの転移巣の活性化には免疫サーべーランスが関与する可能性を示唆する研究で、3月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「STING inhibits the reactivation of dormant metastasis in lung adenocarcinoma(STINGは休止期転移肺腺ガンの再活性化を抑制する)」だ。
このグループは、既に静脈注射して各組織に播種された後もほとんど増殖せず組織で静かにしている転移ガンモデルを完成させている。実際、例えば現在の乳ガン治療では、ステージ1でも、既に各組織に転移があると想定して治療を行うが、これは初期からガン細胞が転移しており、何らかのきっかけで再活性化が起こるのを何年も待っていることがあると考えられる様になったからだ。
このグループが完成させた休止期転移モデルでは、免疫系とNKが存在しないマウスでは休止期に維持できないことから、休止期を外れたガン細胞を殺して、休止期を維持しているのが免疫サーベーランスであると結論し、このモデルで免疫サーべーランスを逃れる要因を、転移巣から増殖した細胞と休止期細胞から外れたばかりのガン細胞の遺伝子発現を比べ、また発見された遺伝子を改めてCRISPR/Cas9でノックアウトする実験から、自然免疫に関わるDNA センサーであるSTING分子であることを突き止める。
そして、ガンが休止期から外れて増殖期に入るとSTINGが発現し、これがガン細胞中のDNA断片を認識して自然免疫のスウィッチを入れるとともに、NK細胞の標的分子や、クラス1MHCの発現を上昇させ、免疫系により除去されることを明らかにする。
このシナリオを確認するため、STINGをノックアウト、あるいは強発現させる実験を行い、STINGが発現しているガン細胞は、免疫サーべーランスに発見され除去されることを明らかにする。
一方、ガンの方はサーべーランスを逃れるため転移巣ではSTINGをエピジェネティックに抑制しているが、これにはTGFβも関与すること、また増殖が始まるとエピジェネティックな抑制が外れSTINGが発現すること、そして増殖が続くと今度はSTINGがDNAメチル化により抑制を受け、サーべーランスを受けなくなることを明らかにしている。
最後に、STING刺激を高める薬剤を投与することで、転移巣の再活性化をつよく抑えることも可能であることを示し、医療へのトランスレーションの可能性を示唆して論文を終えている。
さすがTGFβシグナルの大御所Masagueの研究室だけあり隙の無い研究だが、これが肺ガン特異的な現象なのか、あるいは乳ガンや前立腺ガンなどでも言えるのか、是非知りたいところだ。