6月10日 真核生物進化の新説(6月7日 Nature オンライン掲載論文)
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6月10日 真核生物進化の新説(6月7日 Nature オンライン掲載論文)

2023年6月10日
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ゲノムに基づく系統樹から、真核生物はおよそ12−18億年前に発生したと考えられる。生命誕生から現在までのほぼ7割の時間が真核生物誕生にかかったと言うことは、様々な新しい性質が独自に進化した性質が揃うまでにそれだけの時間がかかることを示している。しかし、形態学的にも真核生物であることがはっきりしているのは10億年以降で、16億−10億年前の地層から発見される化石生物は、真核生物か、原核生物かはっきりしない。

今日紹介するオーストラリア国立大学とブレーメン大学からの共同論文は、コレステロールなど真核生物の膜成分に欠かせないステロールに注目し、16億年以降の地層を調べ、現存の真核生物には見られないタイプのプロトステロールが検出できることを示し、これが既に絶滅した真核生物の遺産である可能性を示した研究で、6月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Lost world of complex life and the late rise of the eukaryotic crown(複雑な生物の失われた世界と真核生物クラウングループの勃興)」だ。

古生物学の研究からは学ぶことが多い。地上のステロールのほぼ全ては生物由来と考えられるが、他の有機物と違い経年変化が少ないらしい。しかし、細胞膜が様々な環境に耐えられるために存在すると思うと納得する。

実際、10億年以降の地層では、まずコレステロールタイプのステロールが発見される。そして6億年以降はコレステロイド、エルゴステロイド、スティグマステロイドの全てが発見されるようになる。

しかし10億年まではステロイドは存在しない、すなわち真核生物は存在しないのか?オーストラリア北部の16億年前の地層を調べると、コレステロールができる前のプロトステロイドと呼ばれるステロイドが何種類も見つかることを発見する。

他にも、米国や中国の10−14億年前の地層でもプロトステロイドを検出する事ができる事がわかった。

以上のことから、ゲノムから計算されるように16億年前後にすでに複雑な真核生物が発生し、多くがステロール合成系を備えてちょうど上昇する酸素環境に伴う大きな変化に適応していたが、そのほとんどは絶滅し、8億年前後にコレステロール合成系を獲得した種が、その後の真核生物の起源となったというシナリオを提出している。

もちろん、今回検出されたステロイドが原核生物由来である可能性は排除できない。今後、さらに他の真核生物の特徴を探し出して、化石に残る生物群を調べる必要がある。

このように生命誕生からの30億年についての研究は、着目点が全く異なっていることから本当に面白い。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月9日 文字情報のみを使った大規模言語モデルの威力(6月7日 Nature オンライン掲載論文)

2023年6月9日
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生物学的人類が進化してから、その大きな発展を支えたのが、5万年前後に起こったと考えられるシンボルを用いた言語の誕生、そして紀元前4000年頃に起こった文字の発明と言われている。文字の発展については、少し古くはなったがこのHPに書き残している「文字の歴史」を是非お読みいただきたい(https://aasj.jp/news/lifescience-current/11129)。

文字の誕生以降我々の脳活動の一部を蓄積できるようになり、さらにこの蓄積がデジタル化されることで、これまで特殊な専門家のみが独占してきた様々な情報が、一般にも広く使えるようになってきた。そこに、ChatGPTのようなAIが登場することで、これらの蓄積は完全に一般に開放された。

事実、1700億という膨大なパラメーターを備えたChatGPTを使ってみると、膨大であれば、言語情報を学習するだけで人間が出来るほとんどのことがGPTで出来ることを認識し、改めて文字情報の蓄積が人間そのものであることが実感できる。

とはいえ、医学となると言語以外の様々な情報が必要になり、5月11日に紹介したように(https://aasj.jp/date/2023/05/11)大規模言語モデルを基礎としつつも、言語とともに画像などの他の情報も同時に処理できるようにするmultimodal AIが必要になる。この場合一つのトークンに画像などの他の情報を載せる必要があり、素人の私から見ても大変なトライアンドエラーが必要になり、どこでもすぐに導入と行かないだろう。

これに対して今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、病院に蓄積された言語情報だけで医師の将来予測を助けるAIを設計可能であることを示した論文で、ChatGPTだけでなく、特殊な学習をさせた様々なAIが併存することの重要性を示した研究で、6月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Health system-scale language models are all-purpose prediction engines(ヘルスシステムスケールの言語モデルは多用途予測エンジンになる)」だ。

この研究ではGPTではなく、Googleの開発したBERTを用いて、ニューヨーク大学(NYU)関連4病院の電子カルテの中から、文字情報として書き込まれたノートをランダムに集めるとともに、一部微調整のためのラベルをつけたノートを用意し、これを学習に用いている。

学習は一般的に用いられる文章の中の隠された単語を推測するという、masked learningを用いて、ランダムに集められた臨床ノートだけで学習させる。そのタグ付けされた臨床ノートを用いて強化学習を行い、こうしてできたAIをNYUTronと名付けている。

学習には10億(ChatGPTで1700億)のパラメーターを持つニューラルネットに数十万のノートから抽出された5千万語の単語が用いられている。おそらく様々な問題に答えを出せると思うが、この研究では、院内死亡確率、感染など他の病気の合併の可能性、30日以内の再入院の可能性、予想される入院日数、そして保険請求が拒否される確率を計算させている。

これまでもこのような問題については、主に教師付学習をも強いたAIが使われており、これと比べると、いずれの問題についても他の方法より遙かに高い予測率(専門的にはAUC0.8以上)を示している。また、再入院可能性については他の大規模言語モデルを用いたAIと比べているが(専門知識がないのでBERTを用いたNYUTronとどこがどう違うのかはよくわからないが)、少ない学習で高い予測率という点でNYUTronが勝っている。さらに、新しい患者さんについても調べており、AUCで79%と十分な予測率を確認している。

以上が結果で、医師の判断と言うより、病院経営に重きが置かれている印象があるが、文字情報が人間の文明を支えてきたことを改めて感じる。

さらに、生成AIも、ChatGPTのような一般モデルだけが全てを席巻するのでなく、それぞれの組織でそれぞれの知識を学習させたAIが生まれるような予感がする。とすると、それぞれが相互作用することで、より高いレベルのAIが生まれるのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月8日 心臓・脳結合(6月2日号 Science 掲載論文)

2023年6月8日
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先日、心臓をドキドキさせると不安になることを心拍を変化させる光遺伝学を用いて証明したDeisserothグループからの論文を紹介(https://aasj.jp/news/watch/21651)。心機能が脳の構造や機能に強い影響を持つこと、また逆に統合失調症やうつ病で心疾患の合併率が高まることなど、心臓と脳の密接な結合について示す多くのエビデンスが存在する。

ただこのような心臓・脳結合を画像診断や遺伝子診断を用いて網羅的に調べた論文が、今日紹介するノースカロライナ大学生物統計部門からの研究で、6月2日号の Science に掲載された。タイトルは「Heart-brain connections: Phenotypic and genetic insights from magnetic resonance images(心臓・脳結合:磁気共鳴像から得られた形質的遺伝的考察)」だ。

この研究の参加者のほとんどが、ペンシルバニア大学のデータサイエンス部門と、ノースカロライナ大学生物統計学部門に在籍する中国系の研究者で、使ったデータはUKバイオバンクと日本のバイオバンクのデータである点にまず驚いた。すなわち、戦争や国家間の摩擦が高まっている今、データサイエンス領域にはデータに国境をもうけず国籍を問わず様々な研究者が自由に利用できるよう維持できていることに安心した。

さて、研究では心臓のMRI画像から82種類の特徴を抜き出し、これを脳の3種類のMRI画像(構造、結合、機能)と相関させている。心臓については構造中心になるが、構造と機能が強く相関しているので、構造で十分と言うことになる。すると、1000を超す脳MRIの特徴と心臓画像の特徴が相関する。いちいち述べないが、例えば左心室の肥大は、血圧などを介して、当然白質障害につながる。

問題は、これらの相関から如何にして異常発症のメカニズムを明らかにするかだが、それぞれの特徴と遺伝子多型との相関を調べ、その遺伝子の機能や発現から、心臓・脳結合が起こっているメカニスムを探っている。

この結果例えば心臓については89種類の遺伝子多型が特定されている。これを脳や心臓の遺伝子発現(eQL)やエピゲネティックデータベースと照合したりして、最終的に分子からそれぞれの臓器の異常までの過程をデータから明らかにしようとしている。

わかりやすい例として、rs597808多型は細胞毒の除去に関わるALDH2遺伝子の多型で、心筋や動脈の異常に加えて、パーキンソン病やアルツハイマー病とリンクしている。すなわち、細胞毒の除去効率が、心臓・脳細胞の維持に関わることを示している。

このような分子を起点にした相関のリストが出来てくると、その中には薬剤により阻害、あるいは活性化出来る分子がリストできる。例えば先に挙げたALDH2の活性を高めることが出来れば、脳と心臓の健康を守ることが出来るようになる。

実際、リストされた遺伝子の多くがイオンチャンネルであることも、心臓や脳の機能から理解できる。例えば、心臓のカルシウム拮抗剤が認知機能低下を強く抑制できるというこれまでの報告もある。

以上、まだまだ多くの例が示されているが、わかりやすい例のみ説明した。要するに、医学や生物学教育も、データサイエンスの割合を大きく高める必要があることをこの研究を含む最近のトレンドは示唆しており、その例として取り上げた。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月7日 βサラセミアから骨髄造血の意義を新たに学ぶ(5月31日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年6月7日
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βサラセミアは、βヘモグロビン遺伝子の変異により貧血が起こる遺伝疾患だが、輸血が必要な重症型では、酸素を運ぶヘモグロビンの異常を超えて、骨髄外での造血による脾臓や肝臓の肥大、骨髄造血異常、そして病的骨折などの骨形成バランスの異常を伴う。しかし、なぜこれほど多様な症状が発生するのかについてはよくわかっていない。

今日紹介するイタリア・サンラファエロ科学研究所からの論文は、FGF受容体とKlothoが複合した受容体に結合して、リン酸のバランスを調節するFGF23に注目してβサラセミアを見直した研究で、5月31日号 Science Tanslational Medicine に掲載された。タイトルは「Inhibition of FGF23 is a therapeutic strategy to target hematopoietic stem cell niche defects in β-thalassemia(FGF23阻害はβサラセミアの造血幹細胞ニッチ欠損を標的にする治療戦略になる)」だ。

タイトルにあるように、このグループは骨の異常と造血の異常をつなぐ鍵がリン酸バランスを調節して骨の骨化を調節するFGF23にあると考え、まずβサラセミア患者さんのFGF23測定から始め、FGF23が上昇している患者さんが多いこと、そしてFGF23の血中濃度と、骨密度とヘモグロビン量が反比例することを明らかにする。すなわち、FGF23が上昇すると骨化異常による骨吸収が起こり、貧血が進む悪循環が起こることを示している。

患者さんではFGF23とエリスロポイエチン(EPO)が相関するので、マウスの骨細胞にEPOを添加するとFGF23が上昇することを発見する。またFGF23は骨細胞にEPO受容体が発現していること自体驚いたが、EPOが 骨化に関わるFGF23誘導に関わるという発見は、ヘモグロビン異常、EPO、FGF23、そして骨化異常、造血という連鎖を明らかにした。

そこで、FGF23は分解されcFGF23になるが、これはFGF23の阻害剤として働く。そこで、サラセミアのモデルマウスに、FGF23阻害分子を投与すると、骨化が正常化、さらに骨髄での造血幹細胞が回復する。すなわち、ニッチが回復して貧血を抑えることが出来る。さらに、赤血球産生で見ても、様々な文化段階での細胞死を抑えることが出来、その結果貧血を抑えることが出来ている。

以上が結果で、骨形成と造血がニッチ形成を通して密接に関係していること、赤血球産生についても正常な骨髄構造が必須であることが、FGF23の研究からよくわかった。

以上が結果で、骨髄という現場でEPOが骨に働いてFGF23を誘導することが、赤血球の作りすぎを抑えていることになるが、このおかげでEPOによる赤血球の作りすぎが抑えられ、安全に使えていることがわかる。一方、このようなメカニズムがない血小板増加因子は作りすぎという副作用のため、臨床では使えない。

また、FGF23は主に腎臓に働いてリンの排泄を調節しているが、EPOは腎臓で作られる。すなわち、腎臓で造血していた水中脊髄動物が陸上に上がって骨髄を造血に使うようになったとき、FGF23とEPOの関係が生まれた可能性もある。

臨床研究とは言え、様々な可能性が湧き上がる面白い研究で勉強になった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月6日 種レベルの寿命と老化(6月1日 Cell オンライン掲載論文)

2023年6月6日
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以前紹介したように、熊大の三浦さんからハダカデバネズミだけでなく、長生きでガンになりにくい動物ではネクロプトーシスを調節するRIPKやMLKL遺伝子が欠損して、炎症を抑えることで長生きできる種が生まれている。ただ、これらの分子は感染防御には重要なので、野生での平均寿命は低下するかと思うが、象で調べると、GPT4でもgoogleでも野生では平均寿命は60−70歳となっており、一方最高齢は90歳ぐらいなので、この変化は感染には影響ないのかも知れない。

このように長生きの遺伝子変化についての研究は行われているが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、種レベルの寿命と、個体レベルの老化との関係を様々な動物で網羅的に調べた研究で、6月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Distinct longevity mechanisms across and within species and their association with aging(種間及び種内での異なる寿命を決めるメカニズムとその老化との相関)」だ。

なんとテキストだけで14ページという膨大の論文で、全部紹介するのは難しいとはじめから断っておく。

この研究の第一の目的は、若い成体の各臓器の遺伝子発現から、それぞれの種の寿命を予測できるパターンを、40種類の哺乳動物のデータを用いて探っている。種が違えば、同じ臓器でも遺伝子発現のパターンは異なっており、この中に種固有の寿命に関わる遺伝子パターンが存在するはずと考えている。

期待通り、臓器を問わず発現と種の寿命とが相関する遺伝子が特定される。この多くはDNA損傷や、代謝に関わる遺伝子で、これらが集まることで少しづつ種の寿命が延びている。これに加えて、ハダカデバネズミのような特殊な変異が寿命を加速しているのがわかる。

一方、老化に伴う遺伝子変化をデータベースから調べると、臓器や種を問わず老化に伴う変化が間違いなく存在し、免疫反応や炎症に関わる分子、及びエネルギー代謝に関わる遺伝子がリストされる。

こうしてリストした種の寿命と、老化に関わる遺伝子の関係を調べるため、寿命を延ばすための様々な介入により変化させることが可能な老化遺伝子に着目して調べると、介入で老化を遅らせることができる遺伝子は、種の寿命を決める遺伝子とほとんど相関がないことがわかる。すなわち、種の寿命を決める遺伝子発現を変化させることは老化を遅らせることにはならない。

あとは、こうしてリストした重要な寿命あるいは老化遺伝子について個々に調べている。中でも面白いのは尿酸で、勿論細胞を傷害し炎症を起こすことから老化遺伝子として治療の対象となっているが、尿酸自体は多いほど種の寿命は長い。ただ、乳酸からallantoinを合成するウリカーゼは寿命の長い動物ほど低く、霊長類では消失している。すなわち、allantoinを合成しないで尿酸を高く保つことが種の寿命を決めている。

他にも、NADを高めて老化を防止することが一般に行われているが、種を超えて同じ現象が見られることはない点も面白い。すなわち、種の寿命とアンチエージングとは全く別物であることがわかる。

このように膨大な老化と寿命についての遺伝子発現データベースを形成した上で、これらの発現パターンを変化させる様々な介入法について細胞を用いた検討を行い、PI3K阻害剤、PKCβ阻害剤、PI3K/AKT阻害剤、TNF阻害剤、MTOR阻害剤などが寿命を延ばす遺伝子発現パターンを誘導できることを見つけている。

そして最後に、これまでも老化に介入する可能性がある標的として考えられてきたmTORに対する新しい阻害剤(KU0063794)を、老化が始まった750日齢のマウスに投与し、余命を2割ほど伸ばすのに成功している。

かなりはしょって紹介したので、面白い話を飛ばしている可能性があるので、老化に興味がある人、あるいは特定の遺伝子について知りたいヒトは是非論文を読んで欲しい。いずれにせよ、種の寿命を、個体の老化と分けて考えることでわかる様々な現象が示されている力作だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日 ミエリン障害はアミロイド蓄積を助ける  (5月31日 Nature オンライン掲載論文)

2023年6月5日
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アルツハイマー病(AD)の最大のリスクは老化だが、脳老化とADを直接結びつける明確なメカニズムはわかっていない。一方、脳の老化というと、血管性の虚血などに起因するミエリン障害がポピュラーで、MRI検査で白質障害が見られますと言われるのは、これを意味する。

今日紹介するドイツ・ゲッチンゲンのマックスプランク研究所からの論文は、老化によるミエリン障害がミクログリアのアミロイドプラーク除去を低下させる一方、神経でのアミロイドの合成を高める役割があることを示し、老化がADのリスク要因になりうるメカニズムの一端を明らかにした研究で、5月31日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Myelin dysfunction drives amyloid-β deposition in models of Alzheimer’s disease(アルツハイマー病モデルでミエリン異常はアミロイドβの沈殿を誘導する)」だ。

ADの脳を調べていて、原因か結果かは明らかではないものの、常にミエリンの消失も伴っていることに注目し、ミエリン異常が原因となるかどうかを、ミエリン異常を起こす遺伝的マウスとアミロイド沈殿が起こるトランスジェニックマウスを組みあわせて調べている。

その結果、ミエリン異常を合併したマウスでは、アミロイドプラークの数や大きさが著しく上昇すること、またミエリン異常とアミロイド蓄積は協調的に認知障害を高めることを明らかにしている。さらに、ミエリン異常が原因か結果かをさらに明確にするために、ミエリン毒による異常の誘導、あるいは多発性硬化症モデルによるミエリン障害とADモデルを組みあわせ、ミエリン異常誘導後にアミロイドプラークの上昇が起こること、すなわちミエリン異常がアミロイドプラーク形成の原因になり得ることを明らかにしている。

次にミエリン異常がアミロイドプラーク形成を高めるメカニズムを探索するため、ミエリン異常の起こった神経を調べると、アミロイド前駆体を切断するBACE1やγシクレターゼの発現が高まっていることを発見する。すなわち、アミロイドβの生産上昇がミエリン異常で誘導される。

これに加えて、ミエリン異常マウスではアミロイドプラーク周りのミクログリア浸潤が低下しているが、これがミクログリアがミエリン処理の方向に向いた結果、プラーク処理能力が低下していることを明らかにする。

以上の結果から、神経細胞ではミエリン形成阻害によりBACE1やγシクレターゼが上昇、この結果アミロイド蛋白質が切断され、プラーク形成が促進すると同時に、それを処理するミクログリアがミエリン処理に動員され、アミロイドプラーク除去まで手が回らない結果、Aβの蓄積が促進されると結論している。

以上まだまだマウスの段階だが、一つの可能性として老化がなぜADリスク要因になるかがうまく説明されていると思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月4日 身体を基盤にした測定法はなぜ現代でも消失しないのか(6月2日 Science 掲載論文)

2023年6月4日
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パリには数多くの美術館や博物館があるが、その中にMusee de Arts et Metiers(工芸技術博物館)がある。日本語訳からは、工芸品の展示かと思うが、実際には様々な分野の工業の歴史を展示している。

ラボアジェの実験室が再現されているのも見どころの一つだが、長さや重さの測定がどう標準化されたかについての展示から始まる。単位の世界基準を目指したフランスならではの博物館で、私が行った時もルーブル並みに満員だった。

このように近代化・国際化に標準単位の設定は必須だが、それでも古くから使われる、身体の大きさを基礎とした単位がなぜ使われているのかを文化人類学的に調べたのが今日紹介するフィンランド・ヘルシンキ大学からの論文だ。タイトルは「Body-based units of measure in cultural evolution(身体を基盤にした単位による測定の文化的進化)」だ。

全体を読んでみると、文化人類学的記録にとどまり、サイエンスという点では少し物足りないが、趣の違う論文も掲載しようという編者の判断なのだろう。186の異なる文化で、長さの計測に身体の部分を使っていた(例えばフット、尺:親指と人差し指を広げた長さ)文化の分布と、いつから使われるようになったかの歴史が示されている。実際、私が子供の頃は、もちろん標準化されていたが、尺や寸は普通に使われていたし、おそらく今でも5寸釘として売られているのではないだろうか。

このようにフランスのメートル法に従わないのは普通に存在するが、身体の長さという標準化していない測定単位を用いている文化もいまだに存在し、そのような分化をリストした後、その理由を考察したのがこの研究になる。

予想通り、ほとんどの文化は測定に身体を使っており、測るという事がコミュニケーションに重要であることを示している。そして、尺やフットのように標準化された単位ではなく、いまもそのまま違いが大きい個人の身体を尺度として使っている文化が存在することもよくわかった。

その詳細を述べることは難しいので、なぜ一定しない身体を単位として使う理由についての考察だけ紹介しておこう。

まず、人間工学的視点がある。例としてカヤックが挙げられているが、これはそれぞれ個人に合わせてデザインする必要があり、わざわざ身体ベースの一定しない長さを使っている。また、フィンランドサーミ族ではスキーの幅も身体を単位として設計する。我々が服をあつらえる場合を考えてみると、逆に身体の大きさを一度メートル法に直して作るという、まどろっこしいことをしていることになる。他にも重要なのは、槍や弓の大きさで、確かにこれも個人に合わせたあつらえが必要だ。

次の理由は漁に使う網のように伸び縮みする道具の設計で、結局腕を伸ばした時の幅のような機能的単位に合わせてあつらえられるようだ。

次が、いつもメジャーを持ち歩けないことで、実際ゴルフでピンまでの距離を歩いて即成するといった状況だ。

最後が、気候や地形に合わせた単位で、乾燥地帯のいくつかの文化では長い距離を、何回休憩が必要かで表すようだ。

以上、他にも様々な文化の例が示されているが、面白いとはいえトリビアで終わったしまった。

なぜ紹介したのかとお叱りを受けそうだが、昨日誕生日張り切りすぎた反動とお許し願いたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月3日 生成AIは遺伝子ネットワークの理解を専門家から一般へ解放する(5月31日 Nature オンライン掲載論文)

2023年6月3日
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今日は私の75回目の誕生日で、また公職を退いて始めたAASJも10年を経過したことになる。長い一生のうちの1日とはいえ、AASJ-論文ウォッチでは、誕生日にはできるだけインパクトの高い論文を紹介して、毎日論文と出会う興奮を伝えたいと努力してきた。その意味で、今日紹介するハーバード大学からの論文は、誕生日に紹介するにふさわしい新しい時代を感じさせる論文だ。タイトルは「Transfer learning enables predictions in network biology(転移学習はネットワーク生物学での予測を可能にする)」だ。

年齢を重ねても、人間は毎日変化していくが、昨年の誕生日の私と今日の私で最も大きな変化は、ChatGPTに代表される生成AIの様々なインパクトを実感している点だろう。そんな時に、ChatGPTで使われているTransformer/attentionと呼ばれる方法を用いて、細胞内での遺伝子ネットワークを学習させ、それを用いて、ウェットの実験を必要としない新しいレベルで遺伝子と細胞形質の関係を理解できるようにしようとしたこの論文が今週発表された。

数理生物学では、計算により複雑な生物の反応を予測することを目的としている。例えば阪大の近藤さんがチューリング波の形成をベースに、魚の縞模様を予測した論文はその例で、当時私も京大にいたのでよく覚えている。これに対し、生成AIでは、意味を作り出すネットワークがあれば、自ずとネットワーク構成要素の関係からそのネットワークを表象できると考え、例えば文章のような要素の並びを学習する中で、要素間の関係をembeddingと呼ばれる多次元空間内に位置づけている。これができるようになったのは、Googleにより開発されたtransformer/attentionというアルゴリズムで文章という意味のネットワークを個々の単語の次元空間の位置として表象できるようになったおかげだ。ChatGPTでは1700億のニューラルネットワーク上に、1万を超す次元として単語を位置付け (embedding)ている。

しかしtransformer/attentionの成功はこれにとどまらない。生物学分野で最も成功したのがアミノ酸の並びからそれぞれの原子の位置に変換し、タンパク質の立体構造を予測するαフォールドだろう。

さて本題に戻ろう。この研究では我々の細胞が遺伝子ネットワークで決まっているという生物的概念を、Single cell RNA sequencingで発現している遺伝子のネットワークとして提示し、それを学習させる事で、遺伝子だけでなく細胞という単位のコンテクストを表現できると着想した。

Transformerではembeddingするトークンが必要だが、この場合トークンは一つ一つの遺伝子になる。まず完全に正常細胞である事が確認されているsingle cell RNA seqライブラリーでの個々の遺伝子発現を、発現量の順位による遺伝子の並びとして表現し、各細胞でそれぞれの遺伝子がどの順位に来ているかを自然学習させることで、遺伝子同士の関係が次元空間内の距離として表現できるようにしている。ネットワークにこだわらず、文章のような遺伝子の並びに置き換えた単純な割り切りが、この研究の成功をもたらせたと思う。

まず現在まで蓄積された3000万個の人間のsingle cellライブラリーを学習させているが、各遺伝子は250次元のベクトルとしてembeddingされている。また遺伝子とネットワークのコンテクストとの関係を計算するため6種類のtransformer ユニットを用いている(詳細は気にせず読み飛ばしてほしい)。大きな数に見えるが、これを ChatGPTと比べると、1万次元対250次元、125transformer ユニット対6ユニットと、十分パソコンで調べられるレベルだ。したがって、コンピュータ上で各遺伝子のベクトルを操作して、ネットワーク全体に何が起こるか調べることもできるが、転移学習と呼ばれる一部を切り出して、ネットワークに何が起こっているのか調べる事ができるため、何百もの細胞系譜が集まった人間の細胞分化や異常を再現するには、もってこいだ。また、それを例えば病気の人からの新しいデータセットと較べたりもできる。

この研究のハイライトは、細胞の遺伝子ネットワークを各遺伝子の関係性として表象したAI(=Geneformer: transformerをかけて名付けている)ができたという点で、あとはこのAIを用いて何が可能か様々な例で示している。

もちろん遺伝子ネットワークから細胞の種類を特定できるので、例えばネットワークを細胞の種類に落とし込むと、お馴染みのsingle cell クラスターパターンを得る事ができる。この中から線維芽細胞集団を分けて取り出し、そこに山中因子をコンピューター上で加えると、期待通りiPSのネットワークコンテクストが浮き上がる。

このように、様々な分化系路を取り出し、そこで遺伝子発現を変化させる操作をすると、コンピュータ上で細胞形質の異常を誘導できる。また、分化のどの段階で変化が大きくなるかも予測できる。

また、遺伝子間の関係を示すのはお手のもので、いわゆる分化のマスター遺伝子と他の遺伝子との関係を確認できるし、それぞれのステージでの遺伝子の重要性を予測する事ができる。このグループは、ES細胞から真菌細胞への分化を研究してきたグループで、心筋や血管内皮分化過程での予測と、実際の病気でのデータセットとの比較を詳細に行い、Geneformerの驚くべき実力を示している。

もちろん様々なシミュレーション実験が行われており、紹介したい結果はまだまだあるが、今月14日にChatGPTについてジャーナルクラブを行う時に、この研究ももう少し詳しく説明するので(https://aasj.jp/news/seminar/22204)、そちらに参加してほしい。

以上、コンピュータシミュレーションとして、ノックアウトや遺伝子改変の結果を予測できるAIが誕生したということで、後期高齢者の心臓が止まるほどの変化が起きていることを今感じている。これからも頭が働く限り、この興奮を一人でも多くの若者に伝えて励ませたらと、75歳の誕生日に思いを新たにした。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月2日 Pan-Kras 阻害剤は本当に可能か?(5月31日 Nature オンライン掲載論文)

2023年6月2日
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多くのガンで変異が見られるK-rasに対する阻害剤の開発は難航していたが、2015年にG12C変異に対する化合物が出現してから(https://aasj.jp/news/watch/3288)、新たに火がつき、変異したアミノ酸システインに直接共有結合する薬剤のみならず、昨年10月に紹介した非共有結合型の阻害剤も開発されるようになってきた(https://aasj.jp/news/watch/20766)。

今日紹介するスローンケッタリングガン研究所とベーリンガーインゲルハイムが共同で発表した論文は、共有結合が必要でなく、Krasの様々な変異に対しても一定の効果がある化合物の開発研究で、5月31日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Pan-KRAS inhibitor disables oncogenic signalling and tumour growth(Pan-Kras阻害剤は発癌シグナルを無効にしてガンの増殖を抑制する)」だ。

おそらくこの研究のハイライトは、Krasと化合物間の共有結合の必要がない化合物を見つけるため、大規模スクリーニングではなく、すでにベーリンガーインゲルハイムで開発されていた共有結合型の化合物BI-0474からシステイン結合に必要な部分を除去してKrasとの反応を調べ、確かに結合親和性は大きく低下するとはいえ、一定程度Krasの機能を抑えることを発見した点だと思う。

すなわち、BI-0474の構造は共有結合とは無関係に、Krasの活性化部位と結合でき、その機能を抑える事がわかった。そこで、システイン結合部位を除いたBI-0474を化学的に調整して、より高い親和性でKrasと結合するBI-2865を開発した。

BI-2865は、G12Cだけでなく、他の変異にも同じ親和性で結合し機能を阻害できる。Krasと化合物を結晶化して構造解析を行うと、どの変異でもGDP結合分子に同じように結合している事がわかる。また、変異がないKrasにも結合するが、細胞の増殖には影響しないので、特異的抗ガン剤として利用できる。

しかしながら、HrasやNrasとはほとんど結合しない。ただこれはGDP結合面の構造が他の部位により変化したためで、Hras、 Nrasともに95番目のアミノ酸をKrasと同じに変化させるだけで、BI-2865と結合、活性が阻害される。

この結果はGDP結合面が他の部位の小さな変異だけで大きく変化する(アロステリックな変化)ことを意味している。すなわち、阻害剤に対する抵抗性が出やすいことを示唆している。この点を確認するため、GDP結合面に強い影響を持つ変異を、Kras変異で増殖している細胞をBI-2865と長期間培養する事で発生してきたBI-2865抵抗性細胞株で見られた変異を丹念にリストしている。Krasのいくつかの領域の変異はアミノ酸が一つ変わるだけで、BI-2865の効果を消失させ、また多くの変異がリストできる。したがって、これまでと同じように、BI-2865が臨床応用されたとしても、耐性の出やすい治療になることを覚悟する必要がある。

最後に、多くの細胞株を用いた阻害実験で、

  • この阻害剤は、これまで開発された共有結合型阻害剤と同じで、GDPが結合したオフ型分子と結合し、GTP結合型へのスイッチを抑制する。
  • RAFおよびその下流のMEK、ERKを介するシグナルを抑制する事。
  • その結果、移植ガンの体内増殖を強く抑制する事ができる事。

を示している。

これだけではPan-Kras阻害剤が開発できたかどうか、まだ定かではないが、しかし一旦諦めていたras阻害剤開発研究が再活性化されたことは間違いなさそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月1日 精神的ストレスと炎症性腸炎(5月25日 Cell オンライン掲載論文)

2023年6月1日
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8月、MECP2重複症の患者家族の会の年会で、この様な希少難病の家族会がChatGPTやGPT4をChatBotとして活用できるか、いろいろ試そうということになり、私もことあるごとに病気について検索を繰り返している。そして、検索するたびに、人間が集めてきた膨大な言語空間に人間の活動や知識が想像を超えるレベルで集められていることを実感する。この様に検索すればするほど、使い方を工夫することで、患者さんや家族の専門知識への距離は大きく縮まるのではと感じている。

さてGPT-4で過敏性大腸炎の発症メカニズムについて聞いてみると、いくつかの要因とともに、

ストレスや心理的要因:ストレスや心理的要因はIBSの症状を悪化させることがあります。ストレスは腸の動きや感受性を変えることがあり、これが症状を引き起こす可能性があります。

という心理的ストレスが病気の要因になることを指摘してくる。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、なぜ心理的ストレスが腸炎を悪化させるのか調べた研究で、5月25日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「The enteric nervous system relays psychological stress to intestinal inflammation(腸内神経系が心理的ストレスを腸の炎症へとリレーする)」だ。

タイトルを見て、なぜ今さらストレスと炎症と思ったが、読んでいくと、結局そのメカニズムはほとんどわかっていないことがわかった。

実際、マウスを強いストレスに晒して腸上皮を傷害すると、ストレスにより炎症の程度が強くなり、死亡率が上昇することがわかる。面白いことに、この炎症悪化にはリンパ球は関わっておらず、白血球が炎症悪化に関わっている。すなわち、脳でのストレス反応が最終的に腸内の白血球を刺激し炎症が悪化していることになる。そこで、脳から白血球までの経路を明らかにするため、まず腸の炎症を指標に、脳で発生したストレス反応が腸に伝わるメディエーターについて検討し、ストレスによるグルココルチコイド(GC)分泌が、腸の炎症を悪化させることを明らかにしている。

次に、GCにより刺激を受ける細胞を特定するため、神経細胞やグリア細胞からGC受容体をノックアウトする実験を行うと、グリア細胞がGCの刺激を白血球へとリレーしていることが明らかになった。これまであまり腸管内のグリア細胞について述べた論文を読んだことがなかったが、腸管でも神経とグリアがセットとなって働いていることがわかる。

最後に、刺激されたグリアから分泌され白血球を活性化する分子を探索し、最終的にCSF1(マクロファージ刺激因子)が白血球を刺激し、TNF分泌など炎症性のサイトカインを誘導することを明らかにしている。

また、過敏性大腸炎の要因としてGPT-4が

腸の動きの異常:IBS患者さんでは、腸の動きが通常とは異なることが確認されています。便秘型のIBSでは腸の動きが遅く、下痢型のIBSでは速くなっています。

と指摘する様に、蠕動異常自体が炎症を悪化させる可能性も指摘されている。この研究では、ストレスにより分泌されるGCが腸内の神経にも働いて、TGFベータの分泌を誘導、この作用によりなんと分化した細胞を未分化細胞へとリプログラミングされ、その結果機能的神経細胞が低下、これが腸内の炎症の悪化を助けることを明らかにしている。

以上は全てマウスの結果だが、さまざまな人間のコホート研究を利用し、また大腸鏡でのバイオプシーなどを組み合わせて、ストレスが炎症を悪化させる時、マウスと同じ様に白血球の上昇、TNF分泌、さらにはTGFβ2上昇が見られることを確認している。

地道な研究だが、ストレスと炎症をつなぐ詳しい経路をよく理解することができた。

カテゴリ:論文ウォッチ