感染防御のためのワクチン開発競争が一段落した今(といっても水面下では熾烈な競争が行われていると思うが)、最近目立つのがガンワクチンの前臨床、臨床研究論文だ。コロナワクチンと同じで様々な方法の開発が進んでいるので、近々ジャーナルクラブで取り上げたいと思っている。
そんな中でも今日紹介するフロリダ大学からの論文は、少し変わった方法で、しかも基礎から第一相臨床治験までデータが示されている mRNA ワクチン研究で、5月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「RNA aggregates harness the danger response for potent cancer immunotherapy(RNA凝集塊は強力なガン免疫治療のための danger 反応を制御する)」だ。
この研究では、mRNA ワクチンに使われる脂肪膜粒子を RNA をブリッジとして凝集させ、エクソゾームサイズで多層膜構造を持つ LPA を作成、これを静脈投与するというユニークな方法を開発している。この構造のおかげで、多くの RNA を LPA にロードすることができ、例えばガン細胞の全 mRNA をそのまま使って LPA を作成することも行われる。この出だしの説明を読んで、シュードウリジンが使われていないこと、全身投与であること、サイズが通常のナノパーティクルの数倍であることを知ると、強い炎症反応が出るので大丈夫かなと思うが、RNA と脂肪膜がうまく組み合わさって、ある程度は炎症反応が抑えられているようだ。
まず腫瘍から生成した mRNA をロードした LPA を作成し、腫瘍を移植したマウスに投与すると、容量依存的に強い炎症反応とともに、ガン増殖を抑制することができる。また、200nm以下の LPA だけにすると効果がなくなるので、大き凝集を作ることが重要なこともわかる。もちろん、ガン特異抗原の mRNA を合成して免役することもできるし、驚くことにグリオーマに機能を持ったヒストンメチルか酵素を投与するためにも用いることができる。当然、一つの mRNA だけでなく、ガン抗原と、PD-L1を抑制する siRNA をロードして、免疫反応を高めることも可能になる。
驚いたのは、ガンで高発現が認められ CAR-T の標的として用いられる CD70mRNA をロードして LPA を作り、これを全身投与すると CAR-T の効果が格段に高められることだ。わざわざ CAR-T の標的を全身に投与して正常の細胞を殺すのかと心配するが、実際にはガンへのアクセシビリティーが低いため免疫が成立できていない状況を、全身に CD70 が発現して抗原として利用されることで、正常細胞もある程度は殺されるが、CAR-T を全身で活性化してガンの方に振り向けられるということになる。
全身に投与して何が起こるか詳しく調べており、ほとんどの LPA は全身の間質細胞が取り込み、特に取り込みの多い脾臓などのリンパ組織で強い免疫を誘導すると同時に、末梢での炎症反応を誘導して、免疫細胞の移動を促すと解釈している。さらに、グリオーマではガン周囲の環境も白血球やリンパ球が浸潤しやすい環境へプログラムし直せることも示している。
このように動物実験では理屈はともかく、うまくいっていることから、犬に自然発生したグリオーマの治療、そして人間の臨床研究へと移行している。
10匹の末期グリオーマ犬が用いられ、バイオプシー標本の mRNA をロードした LPA 投与群と、バイオプシー前に免疫を変化させるサイトメガロウイルス分子を投与した後、ガン mRNA を投与する群に分けて効果を調べている。結果は上々で、通常1−2ヶ月で死ぬ犬が、平均で150日、5ヶ月生存できている。また、投与すぐから炎症性サイトカインが血中に放出される。
そして、ヒトでの治験に進んでいる。サイトメガロウイルス pp65mRNA と、グリオーマで活性化されている自己抗原セットをロードして、パイロットで許容性などを調べた上で、第一相試験を行っている。放射線や化学療法を終えた後で、LPA を投与する治験で、期待通り投与初期から強いサイトカイン反応が誘導されるが、これはなんとか乗り越えられているようだ。さらに、ガン特異的抗原に対するT細胞反応も誘導でき、2例ではバイオプシーでガンを検出できず、平均の生存が9ヶ月を超し、5−8ヶ月よりは延命できることがわかった。
結果は以上で、要するに様々な mRNA をロードできる LPA の開発で、臨床治験まで進んでいるが、まだまだ基礎研究も必要な面白いワクチンモダリティーだと思う。