過去記事一覧
AASJホームページ > 2024年 > 5月 > 16日

5月16日 2細胞期から胞胚期までのヒト胚初期発生での運命決定メカニズム(5月4日 Cell オンライン掲載論文)

2024年5月16日
SNSシェア

ヒトの胚発生で最初に起こる分化決定は、将来胎児へと発生する内部細胞塊(ICM)と胎盤へと発生する栄養外胚葉(TE)への分化だ。逆に言うと、そこまでは分裂中の細胞もほぼ同じ分化能を保っているといえる。ところが最近になって、ヒト細胞のゲノムを何回も繰り返して読むことで、成人後の細胞の由来をある程度調べることができる様になり、私たちの身体の細胞の由来に不均等性が存在することがわかってきた。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、ヒト初期胚を2細胞期から胞胚期までの発生過程を細胞レベルでトラッキングして、最初に分化決定が起こるのが8細胞期で一部の細胞に見られる不当分裂の結果である可能性を示した研究で、5月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「The first two blastomeres contribute unequally to the human embryo(最初の分裂で形成される2個の割球の胎児への分布は不均等に起こる)」だ。

責任著者の Magdalena Goez はヒト胚培養の第一人者で、手法は特に新しいわけではないが、その経験に基づくプロの仕事で、さすがと思う研究だ。TE と ICM への分化の分子生物学的メカニズムはよくわかっているが、この差がどう発生するのかはわかっていないことが多い。

そこで、まず最初の2個の割球が ICM と TE にどう分布するかを、片方の細胞をラベルして調べている。もしカエルのように早い段階で決定されるとすると、例えば ICM の全てはラベルされるか、あるいはラベルされないことになる。

実際には ICM も TE も両方の割球から由来することがわかるので、早い段階で運命が決定されるわけではない。ただ、ICM でのラベル細胞の割合を見ると、決して 1:1で分布するのではなく、どちらかの割球に由来する細胞が 75% を中心に分布している。ところが、TE ではほぼ 50% を中心に分布している。すなわち、ICM への分化だけが不均一に起こっていることがわかる。さらに、ICM とそれに接する TE とは由来が共通であることも発見する。

この単純な結果が研究の全てで、簡単そうに見えるが、ヒト胚を用いる数の制限を考えるとよくここまでできたと感心する。そしてこの結果から、続く卵割の早い時期に一部の細胞だけが TE と ICM へと不当分裂をする結果、ICM だけでラベルが不均等に分布すると予測した。

後は、細胞分裂の停止や、ゲノムの不安定性などの要因により分布に偏りが生じる可能性を排除した上で、ラベルした細胞をビデオで追いかける実験を繰り返し、8細胞期に胚の中心部へと落ち込む過程が鍵で、中心に位置した細胞でだけ ICM への分化が決定されること、そしてこの過程がランダムだが一部の細胞だけで起こるため、中心に落ち込んだ細胞の数を反映して、ICM への分布比率が変わることを明らかにしている。例えば一個の細胞だけが不当分裂ができた場合は、ICM の100% はどちらかの割球由来になる。

ただ、このようなラベル実験は正常を反映できない可能性があるので、最後に embryoscope と呼ばれる機械で、母胎に戻して発生能が確かめられた胚を記録した画像を解析し、8細胞期で起こる分裂時の不当分布が ICM を決めること、そして最初の卵割後、早く分裂を始めた割球ほど8細胞期での不当分裂、そしてそれに続くICM への分化確率が高まることを明らかにしている。

以上が結果で、後はこの現象論を、分子レベルのモニター可能な方法と組み合わせることで、最初の運命決定の分子メカニズムへとつなげることになる。Single cell レベルのエピゲノム解析手法もあるので、次の論文は割と早く出てきそうな気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ
2024年5月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031