昨年、生命科学界トップニュースとして Nature,、Science ともに挙げた一つが GLP-1 薬で、肥満治療を可能にする新しいブロックバスターとして現在も利用が拡大している。創薬系シンクタンクによると、2022年 21,876mil (218億ドル)の売り上げが、2028年には840億ドルを超すと予想されており、恐るべき勢いであることがわかる。現在この市場を巡っては、ノボノルディスクと Lilly を中心に熾烈な競争が行われており、さらに新しいタイプの薬剤の開発が進んでいる。
今日紹介するコペンハーゲン大学とノボノルディスク研究所からの論文は、GLP-1 ペプチドにグルタミン酸受容体(NMDA)阻害剤を結合させ、GLP−1 に反応する視床下部神経だけで NMDA 阻害剤が働くようにすることで、現行の GLP-1 単独よりさらによい効果を得る可能性を追求した研究で、5月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「GLP-1-directed NMDA receptor antagonism for obesity treatment(GLP-1 反応精神系特異的に NMDA 受容体阻害による肥満治療)」だ。
視床下部での NMDA 阻害は食欲を低下させることがこれまで知られており、シナプスの可塑性を変化させ長期的効果が得られる抗肥満薬になるのではと考えられているが、他の神経細胞にも広く働くため、阻害剤単独投与では低体温症など様々な副作用が出る。
そこで、GLP-1 と NMDA 阻害剤 MK-801 を結合させ、GLP-1 に反応して食欲を低下させる神経だけでNMDA阻害を行うことで、食欲を落とす神経活動をより長期に高めることができるのではと着想したのがこの研究だ。GLP−1 が受容体と反応して細胞内に取り込まれると、MK-801 が細胞質内に遊離して受容体を内側から抑制する薬剤を開発した。
肥満マウスに投与すると、予想通り GLP-1 単独よりさらに高い体重減少効果を示す。食欲抑制に関しては GLP-1 と同じだが、エネルギー消費が高まり、インシュリン感受性がより高まることで、血糖だけでなく、コレステロールやトリグリセライドなど血中脂肪の低下も見ることができる。
MK-801 の不活性型を結合させた実験で、これらの効果が GLP-1 だけでなく、結合させた MK-801 が関与していることを確認し、現在利用されている様々な GLP-1 薬と比較している。中でも重要な結果は、一回だけ直接脳内に投与する事件により、GLP-1 単独と比べると効果が長続きし、長期的なシナプス可塑性の変化を誘導した結果だとしている。
実際刺激された細胞での遺伝子発現を比べてみると MK-801 を加えることで、シナプス形成に関わる遺伝子を中心に、GLP-1 単独委より多くの遺伝子が動いて、シナプス長期変化に関わることを示している。
以上のように、体重を落とした効果がそのままインシュリン感受性を高める効果へとつながり、脂肪代謝にも好影響を示す点で、明らかに現在の GLP-1 薬より優れており、また MK-801 単独投与で見られる様々な副作用もほぼ完全に抑えられていることを示している。ただ、よく見ていくと、体脂肪だけでなく、筋肉などのボディーマス低下が見られることから、今後治験に進むとしたら、筋肉等の維持を組み合わせるなど、体力を維持して肥満を抑えるという工夫が必要だと思う。
いずれにせよ、現代社会で肥満抑制への欲望が満たされるまで、これからも抗肥満薬開発競争は続く。