研究を始めて10年ぐらいは、Bリンパ球の分化と、抗体遺伝子のレパートリー形成について研究していた関係で、利根川さんが抗体遺伝子の再構成の存在を明らかにしてから、抗体遺伝子やT細胞受容体遺伝子の再構成をリードする RAG1、RAG2 の発見、その後の再構成過程分子メカニズムの詳細まで、ほとんどの論文は目を通してきた。そして、かなり詳細に至るまでメカニズムが明らかになったと実感している。
ただ今日紹介するニューカッスル大学からの論文は、Omenn 症候群という私も聞いたことがなかった免疫不全患者さんの原因遺伝子を特定し、これまで全く知られていなかった RAG1、RAG2 の機能調節機構が存在することを明らかにした研究で、生命機能の細部の途方もない複雑性に改めて驚嘆させられた。タイトルは「NUDCD3 deficiency disrupts V(D)J recombination to cause SCID and Omenn syndrome(NUDCD3 の機能不全は VDJ 再構成を傷害して免疫不全と Omenn 症候群の原因になる)」で、5月24日 Science Translational Medicine に掲載された。
この研究ではリンパ球の分化異常による免疫不全とともに、全身の炎症が起こる Omenn 症候群の原因遺伝子特定から始まっている。近親婚により子供の半分が Omenn 症候群、あるいは免疫不全と診断された家族のエクソーム解析を行い、シャペロンの補助因子として知られていた NUDCD3 分子の52番目のグリシンがグルタミンに変化する変異 (G52D) が両方の染色体で揃うと(ホモ)になり病気が発症することを発見する。
NUDCD3 はほぼ全ての細胞に発現しており、完全欠損はおそらく致死的と考えられる。ところが G52D の変異をホモで持つときだけ、他の臓器に影響がなく、免疫不全のみが発生する。この不全を詳しく調べると、要するに VDJ 再構成の効率が0ではないが、強く抑制されていることに起因し、抗原に反応性のレパートリー形成不全と、リンパ球分化抑制が起こっていることがわかる。マウスに同じ変異を導入して調べてみると、この点がさらにはっきりする。
シャペロン機能に関わるということで、遺伝子再構成に関わる分子の安定性を調整する可能性を考え、G52D 変異を持つ細胞で RAG1、RAG2 の核内の挙動を調べると、驚くなかれ、通常 RAG2 が発現している細胞では核内に広く分布する RAG1 が、核小体にトラップされたままで、RAG2 との相互作用が阻害されていることがわかった。すなわち、両分子の協調が必要な遺伝子再構成が進まなくなる。
結果は以上で、Omenn 症候群で VDJ 再構成が量的に抑制されるメカニズムがうまく説明できている。いずれにせよ、この論文を読むまで、RAG1、RAG2 が核質と核小体に分かれて存在していることは全く知らなかった。このようなコンパートメント化の意義については将来の検討課題だろう。
また核小体は核内での RNA を含む様々な分子が相分離して形成されると考えられるので、NUDCD3 は相分離した分子集団から特定の分子を出し入れする機能を担っていることになる。VDJ 再構成研究はまだまだ終わっていない。