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5月20日 DNA障害によるガン治療の成否を左右する因子SLFN11(5月17日 Science 掲載論文)

2024年5月20日
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分子標的薬の開発が進む現在でも、ガンの化学療法の主流は放射線や薬剤により DNA 障害を誘導する治療だ。これは我々の細胞が DNA 障害をうまく修復できないと細胞死に陥るようにできているからで、例えば修復酵素が欠損しているガンでは DNA ダメージを与える治療がよく効く。ただ、ガンもそのままやられっぱなしではなく、DNA ダメージでも生存し分裂を続けるための仕組みを開発する。その一つが有名な p53 で、これが欠損するとダメージに対する反応がなくなるとされてきたが、p53 欠損ガン細胞でも治療に反応するガンが多く存在することが知られている。

今日紹介するオランダガンセンターからの論文は、p53 が欠損していても DNA ダメージにより細胞死が誘導されるメカニズムを追求し、ダメージにより活性化される SLFN11 がリボゾームでの翻訳を止めることで、ストレス依存性の細胞死を誘導する鍵になる分子であることを明らかにした研究で、5月17日号の Science に掲載された。タイトルは「DNA damage induces p53-independent apoptosis through ribosome stalling(DNAダメージは p53 非依存性の細胞死をリボゾームの翻訳を止めることで誘導する)」だ。

この研究ではエポトサイドなどの DNA ダメージ誘導因子でガンを処理したとき、リボゾーム上で起こる翻訳全体が停止する細胞が現れ、カスパーゼ3活性化による細胞死が翻訳が停止した細胞だけで起こることを発見する。また、この反応が p53 欠損した細胞でも起こることを確認し、p53 非依存性の DNA ダメージによる細胞死はリボゾーム上での翻訳停止によることを明らかにする。

次にDNAダメージにより誘導されるいくつかの遺伝子のうち、翻訳に関わる可能性がある SLFN11 と GCN に注目し、研究を進めている。まず、ノックアウト実験から、SLFN11 も GCN もリボゾーム上の翻訳停止に関与しているが、DNA ダメージによる細胞死に関与するのは SLFN11 だけであることを明らかにする。

SLFN11 は UUA-tRNA を中心にいくつかの tRNA を切断して翻訳を止めることで、感染したウイルスの翻訳を止める働きを持っている。すなわち、DNA ダメージによる反応もこの分子を使い回していることがわかる。

一方、翻訳が停止している分子を調べると、特定の tRNA 切断による翻訳だけでなく、翻訳全体の抑制が認められ、これは GCN が存在しないと起こらないことから、SLFN11 が DNA ダメージを検知すると、GCN を活性化して翻訳因子をリン酸化して翻訳を停止させるとともに、特定の tRNA を切断することで、MAPキナーゼから JNK 転写を介するミトコンドリア依存性細胞死を誘導していることを明らかにしている。

この細胞死経路について、実際の直腸ガンオルガノイドを用いて再検討し、DNA ダメージにより UAAtRNA が切断され、リボゾーム上で UAA を持つ RNA が止まってしまい、その結果細胞死が誘導されること、さらに同じ経路がT細胞でも発生することを明らかにしている。

以上が結果で、この経路が働いているかどうかが DNA ダメージを誘導する抗がん剤の効果を占う一つのバイオマーカーになること、そしてガン免疫系もこの治療により強く抑制される可能性が示された。これを実際の治療にどう生かすか、重要な課題になるが、少なくとも SFLN11 が欠損したガン患者さんで、一般的抗ガン剤や放射線療法を行っても、副作用だけ高まることになるので、現ゲノムを調べるときには注目すべき分子だ。

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