思春期の子供は感受性が高く、また学校の中で長い時間共同生活を送ることから、クラスメートからの影響を最も受ける時期といえる。自分自身の経験を振り返っても、ハンディキャップを持ったクラスメートがいるだけで、皆でいたわる心が芽生えた。これとは逆に、様々な精神疾患を持つクラスメートがいると、同じような精神疾患がクラスメートに発生しやすいという報告もある。すなわち、精神疾患も社会的つながりを介して一種の感染性を示す可能性は、特に思春期の子供で指摘されてきた。しかし、本当にそんなことがあるのかを、十分な母数について調べるのは簡単ではない。
ところが「Transmission of Mental Disorders in Adolescent Peer Networks(思春期の仲間ネットワークに見られる精神疾患の伝染)」というセンセーショナルなタイトルのヘルシンキ大学からの論文が、5月22日 JAMA Psychiatry にオンライン掲載された。フィンランドの学校制度の特徴を利用して、実に70万人以上の思春期の学生について、クラスに精神疾患の生徒がいたとき、クラスメートの中に同じような精神疾患が発生する率を調べた研究だ。
我が国の公立学校と同じで、フィンランドの義務教育は地域の学区を単位としており、子供たちは授業時間だけでなく、日常濃厚な接触を持っている。また、学校内での児童の健康データがしっかりしており、大きな母数での統計学的解析がしやすい。そして、レジストレーションを調べる研究に関しては、児童や父兄のインフォームドコンセントが必要ないようで、認められれば誰でも統計解析を行うことができる。
この特徴を生かして、70万以上の学童のなかで精神疾患と診断された児童を、全ての精神疾患についてデータを解析している。具体的には、9学年目のクラスメートの中に1人でも精神疾患がいたとき、その後同じクラスメンバーが精神疾患にかかるリスクを調べている。
まず精神疾患を問わずクラスに調べると、クラスに1人だけ精神疾患の子供がいたケースでは、他のメンバーが精神疾患を罹患するオッズ比が1.1、2人以上いた場合は1.2になり、優位に伝染性が確認された。
精神疾患別に調べてみると、ムード障害を持つクラスメートが2人以上いた場合、オッズ比は1.4とかなり高い。また、自己にベクトルが向く内在化障害(抑うつなど)と、他者にベクトルが向く外在化障害(反抗、暴力)に分けて調べると、外在化障害のクラスメートがいた場合のオッズ比は、内在化障害の1.2に対して1.4と高い。
また、精神疾患のクラスメートに影響を受けて他の児童が発症する時期を調べると、一緒に過ごした最初の年がいずれの疾患でも一番高く、学校というネットワークの密接な関係がこの伝染の原因であることがわかる。
以上が結果で、これまでも指摘されてきたことだが、やはり70万人を平均10年追跡できたビッグデータで示されると、インパクトは大きい。未だにいじめが問題になる我が国の学校ではなかなか正確なデータを集めるのは難しそうだが、このデータが正しいとすると、学校という共同生活で精神疾患が伝染するのを減らすための方策の開発が必要になる。しかし、これは難しそうだ。