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3月2日 夜行マウスを昼型に変えられるか?(2月26日 Science 掲載論文)

2026年3月2日
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哺乳動物は元々夜行性だったと言われている。と言うのも恐竜の支配する地球上では捕食者から隠れて行動することが重要で、太陽による熱が行動に必要な恐竜の活動しない夜が最も安全な行動時間だった。幸い恐竜が絶滅し哺乳動物の天下になると、昼に行動する危険性が減る。我々霊長類とマウスなどの齧歯類は約7000万年前、即ち恐竜絶滅直後に始まったと言われているが、齧歯類のほとんどはそのまま夜行性を維持し、一方で霊長類への進化では昼行性が獲得される。

地球上の昼夜の変化に合わせて進化した概日周期は、細胞全体のアクティビティーがグルーバルに変化する多くの分子が同調した変化だが、これが昼行性に変わった進化のメカニズムを探ろうとした研究が英国MRC分子細胞学研究所から2月26日号の Science に発表された。タイトルは「哺乳動物の昼行性夜行性スイッチの細胞学的基盤」だ。

個体レベルの概日周期は細胞レベルの概日周期を調節できる。例えば季節による日照時間に合わせた調節などは最もよく知られている。ただ、温度変化は概日周期には影響が少ないとされてきた。この研究では、細胞を温度の周期にさらしたとき、周期をずらすことができるかを、昼行性の人間の細胞と夜行性のマウスの細胞で調べている。期待通り温度のサイクルも概日周期を変化させられることはわかったが、変化の仕方が両者で全く違うことがわかった。即ち、昼行性の細胞は温度サイクルによる調整が起こるが、昼行性の細胞の変化は少なく、しかも時間が進む方向で調整される。一方、夜行性の細胞は時間が遅れる方向に大きく変化する。

リズムは逆さまでも、概日周期は同じPER2の発現量を変化させるフィードバックループを利用しているので、下流の遺伝子が同じならこのような違いは起こるはずがない。即ち、昼行性が進化する中で下流の遺伝子も、特に外界の温度変化に関わらず概日周期を刻めるように進化したと考えられる。

そこで温度や細胞内の浸透圧などを感知して細胞の代謝を変化させるハブ遺伝子mTORとWNK1遺伝子に絞って、昼行性細胞が温度変化に耐性になった原因を調べていくと、昼行性の細胞と、夜行性の細胞で、リン酸化による調節様態がかなり異なっていることを発見する。すなわち、昼行性と夜行性細胞の温度感受性の差は、mTORの温度による活性の差を反映する可能性がある。そこで、夜行性の細胞と昼行性の細胞にmTOR阻害剤を加える実験を行うと、昼行性の細胞の概日周期は耐性を示すが、夜行性の動物はフェーズが遅れて、昼行性のパターンへと変わる事がわかった。即ち、進化的に古い夜行性の概日周期は、mTOR変化に影響されるが、昼行性への変化の過程で、温度や浸透圧の差に影響を受けない様に進化したことがわかる。事実、mTORとともに細胞内の代謝のバランスを維持する重要な分子、WNK1やRRAGB遺伝子は、他の分子と比べて進化の速度が速いことも確認している。

最後に、ではmTORの活性を変化させることでマウスを夜行性から昼行性へと変化させられるか? mTOR阻害剤を用いた実験から、完全ではないがかなり昼行性に変えることが可能である事を示している。また、阻害剤だけでなくmTORの活性を変化させる食制限や、メチオニン摂取の抑制を行い行動を調べると、完全ではないが少し昼行性に変化することを観察している。

結果は以上で、低い温度で活動する夜行性の哺乳動物が、昼行性へと概日周期を変化させるためには、細胞内代謝調節に最も重要なmTOR-WNK1ループに関わる遺伝子群の変化が重要だったことを示す面白い論文だと思う。おそらくそのおかげで、人間のような昼行性動物は様々な環境で概日周期を維持するメカニズムを獲得し、地球の昼を支配するようになった。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月1日 Treg細胞を選択的に増殖させるペプチド薬の設計(2月25日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2026年3月1日
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3月10日夜7時からジャーナルクラブを開催する予定で準備しているが、今回のタイトルは「中国の創薬」にしようと考えている。というのも、論文を読んでいてこの2−3年、中国アカデミア(製薬企業は除外している)の創薬が創造的で一段高いレベルに到達しているのを強く感じるからである。もちろん人口や資金など量の問題もあるが、それぞれの論文について我が国も真剣に学ぶ必要があると考え計画した。特に政治レベルの緊張関係が存在し、嫌中国が広まる今こそ、中国アカデミアの躍進を冷静に分析することが必要になる。

今日紹介する中国上海にある同済大学からの論文も、免疫の制御に坂口さんのTregを選択的に誘導する方法を開発するという世界共通の課題に、かなりユニークな手法で取り組んで、6アミノ酸がつながったペプチド薬を開発した研究で、2月25日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A peptide immunomodulator activates MST1 to expand and stabilize murine and human regulatory T cells for immune tolerance(MST1を活性化する免疫刺激ペプチドはマウスと人の制御性T細胞を増やし安定化することで免疫トレランスを誘導できる)」だ。

ペプチド薬は現在創薬研究の重要なモダリティで、我が国では中外製薬が有名だが、この研究ではTregを選択的に増やすペプチドを探索している。この研究がユニークな点は、この探索にあたって通常では考えつかないような生成AIを用いている点だ。現在創薬に大規模言語モデルが使われるようになって、膨大なデータを学習させたモデルが世界中で作られているが、この研究はわざわざ一昔前の、しかも小さなAIを用いる方法を開発している。

その詳細だが、ニューラルネットにタンパク質やペプチドライブラリーを学習させる代わりに、この研究ではタンパク質に存在する構造化していない領域 (IDR) だけを取り出して学習させている。すなわち、Tregの維持に様々なタンパク質がIDR部分を介して相互作用するはずで、これを学習させてそのコンテクストを拾うことでペプチドが設計できると考えた。

コンテクストを拾うために、例えば Transformer などの最新の方法を使うわけでなく、学習したIDRから様々な長さのペプチドストレッチを単語の繋がりのように抽出する N-gram という一昔前の深層学習法を利用している。しかもこの研究では、データベースよりTregで働いていることが知られるたった53種類のタンパク質のIDRを学習させ、N-gramで、2ペプチドから6ペプチドまでの n-gram=ペプチド を設計させ、その中からT細胞に加えた時Foxp3陽性細胞が強く誘導されるDL-6Pを選び出している。

あとはこのペプチドの作用メカニズムを調べ、最後にさまざまな免疫疾患を抑えるかどうか調べている。まずペプチドが結合する標的を探索すると、Tregの安定性を維持することで知られるMST1キナーゼが特定された。即ちDL-6Pが結合することで、MST1が安定したホモダイマーを形成する。しかも、この結合によりIL-2下流のJAK-STAT5シグナルを押さえるSOCS1にMST1が結合してシグナル抑制を外してIL-2への感受性を上昇させるとともに、MST1が核内で直接Foxp3と結合して、Foxp3の分解を抑えることで、Tregを安定化させることを示している。おそらくこんな一石二鳥のようなペプチドを探索できるのも、ユニークな方法の結果だろう。

後は、硫酸デキストランで誘導される大腸炎、歯周炎、さらにGvH反応をモデルに、低い濃度IL-2とDL-6Pを加えることでTregを選択的に誘導し、免疫反応を抑えられること、そしてこの効果はMST1をノックアウトすると消失することから、MST1依存性に起こっていることを証明している。

これがそのまま薬剤になるかどうかは疑問がある。と言うのもMST1はオートファジーからアポトーシスまで様々な過程を調節するため、Tregだけに効果を期待するのは難しい。しかし、試験管内でTregを誘導したり、あるいは急性期に短期に、と言った使い方は可能になると思う。一方で、同じような方法でTregを選択的に抑えるペプチドが開発できれば、ガン局所に注射してガン免疫も高められるかもしれない。3月9日に皆さんと中国アカデミアの創薬力を学ぶことを楽しみにしている。参加希望者は連絡してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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