2018年4月20日
エルカルディ・グティエール病(AG病)は生後さまざまな時期から、自己免疫病のような強い炎症が起こる常染色体劣性遺伝病で、現在まで7種類の原因遺伝子が特定されている。この7種類の遺伝子の多くは、DNA複製にかかわる分子で、例えばTREX1はDNAを端から分解するエンドヌクレアーゼだし、RNASEH2は岡崎フラグメントのRNAプライマーを除去する酵素であることがわかっている。要するに、DNA複製に関わる酵素が何故これほど強い炎症を引き起こすのかが重要な問題になるが、インターフェロンが過剰につくられることがこの原因になっていることはわかっている。
今日紹介するCNRS人類遺伝学研究所からの論文は、この症候群の原因遺伝子の一つで、その機能が完全にわかっていない分子SAMHD1の機能を明らかにする事で、何故この病気でインターフェロンの過剰生産が起こるのかを明らかにした研究でNatureにオンライン出版された。タイトルは「SAMHD1 acts at stalled replication forks to prevent interferon induction(SAMHD1は停止した複製フォークで働いて、インターフェロンの誘導を防ぐ)」だ。
SAMHD1はdNTPを分解する活性を持ち、CDKによりその作用が抑制される事がわかっていた。このグループは、AG病の遺伝子が複製フォークに関わる分子であることから、SAMHD1もここで異なる機能を発揮しているのではないかと考え、薬剤で(ハイドロオキシウレア)で複製を停止させてこの分子の機能を調べると、この分子が欠損した細胞では一本鎖DNAが上昇することを突き留める。即ち、複製フォークが停止するとそこでDNAが分解されるが、このとき細胞の自然免疫を刺激しないようにDNAを処理する役割をこの分子は担っており、これが欠損すると一本鎖DNA が細胞質に流れだしインターフェロンを誘導している事が分かった。
この発見により、何故SAMHD1が欠損すると強い炎症が続くのかを説明する事ができた事になり、私のレベルでは十分な説明だが、研究では具体的にこの分子が停止した複製フォークでどう働いているか、細胞学的に丹念に調べている。おそらくこのグループは、DNA複製や修復を専門に研究てきた歴史があるのだろう。ここからは知識と経験に裏付けられたプロの仕事といった感じだ。
長い話を短くまとめSAMHD1の機能を説明すると、次のようになる。SAMHD1はCyclinA-CDKによりリン酸化を受け、活性化されると、複製中のDNAを分解するMRE11を複製フォークにリクルートして、複製されつつあるDNAを5’側へ分解すると共に、3’側はATR-CHK1経路を活性化してDNAを切除する事で、一本鎖DNAが細胞質に流れでないようにしている。ところが、この作用が欠損すると、今度はRECQ1酵素が合成されたてのDNAを引き離し、そのDNAが切断され、細胞質に流れ出し、インターフェロンを誘導するというシナリオを提案している。
DNA複製の過程を復習するには最適の論文で、自分のDNAと侵入したDNAを区別して反応するための重要な機構である事がわかる。また、AG病の成立メカニズムについてもよく理解できた。ただ、これが明らかになっても、なるべく複製が止まらないようにする以外に対症療法はなく、重要な組織で遺伝子を正常化させる事しか治療方法は思い付かないので、少し残念だ。勉強になる論文だったが、一般の方にはちょっとわかりにくいはずで、申し訳なかった。
2018年4月19日
若い時はよく寝れたように思うが、ここ数年、睡眠時間は5時間前後になっている。短いと言われるかもしれないが、特に体調がすぐれないわけでもないので、気にかけることはなかった。ところが、最近睡眠時間が短いと、アルツハイマー病のリスクが高まることを示す論文を目にするようになって、少し気にはなっている。というのも、2013年このブログで紹介したように睡眠は覚醒時に脳に溜まった様々な老廃物を排出する機能を担っていることが広く認められるようになってきた(
http://aasj.jp/news/watch/608)。これが正しいとすると、当然アルツハイマー病で脳細胞を障害する重要な原因として考えられているアミロイドβ(Aβ)を脳外へ排出する効率が、睡眠時間が減ると低下することになる。
これを裏付けているのかどうかわからないが、1日睡眠を妨げられて徹夜するだけで、脳内のAβ量が高まるという恐ろしい論文が米国国立衛生研究所から米国アカデミー紀要にオンライン発表された。タイトルは「β-amyloid accumulation in the human brain after one night of sleep deprivation(一晩睡眠が妨げられると人間の脳内にβアミロイドが蓄積する)」だ。
研究では平均年齢40歳の20人の男女の脳内Aβ量を、Aβに結合するF18同位元素でラベルしたflorbetabenを用いてPETで測定している。PETを使えば、脳のどの場所に蓄積が見られるかわかる。測定は一回目は普通に寝た後、そしてもう一回目は夜10時から7時まで看護師さんの監視のもと一睡もできずに30時間起きていた後と、二回行われ、両方の画像を比較して、Aβが蓄積している場所を特定している。
驚くべき結果で、一晩徹夜するだけで、アルツハイマー病で障害される海馬、海馬傍回、そして視床の3領域でAβの蓄積が認められる。海馬では、右側でこの傾向が強い。この上昇は、一人を除いて19人全員に観察され、年齢、性別を問わない。また睡眠が妨げられて気むずかしくなる程度に応じて、蓄積が高い。なぜこれほど短い期間にAβの蓄積が検出できるのか、この結果だけから結論できないが、やはり睡眠により老廃物の排出が抑えられるからと考えるとつじつまが合う。
この研究でも、一般的なリスク要因としての、睡眠時間、APOEの血中濃度と相関してAβが蓄積する領域についても同じ被検者で調べている。面白いことに、日常の睡眠時間の長さに相関してAβが蓄積する場所は、被殻、海馬傍回、そして右の楔前部で、徹夜で蓄積する部位が違う。またもう一つのリスク要因のAPOEと相関するのはレンズ核、淡蒼球と、また違う場所が相関している。
結局、徹夜による蓄積部位と、他のリスク要因と相関するAβ蓄積領域のメカニズムが異なることは、単純に老廃物が排出できないことだけにアルツハイマー病の責任を負わせるわけにはいけないことを示している。
結論としては、徹夜は禁物で、長く寝るに越したことはないことになる。ただ、後の方は守れそうもない。
2018年4月18日
新聞やテレビのコマーシャルでは、コラーゲンのようなタンパク質やヒアルロン酸のようなグリカンが入った内服薬が宣伝されている。皮下に注射してシワを取ったり、関節注射でヒアルロン酸を直接補充する方法が効果があるのは疑わないが、内服で効くと言われると、消化酵素の作用を逃れ、さらには腸管で吸収され、局所に移行してくれるのか、直感的に疑ってしまう。
しかし自らを振り返って、直感に反するような処方を行ったことがないのかと自問してみると、医者になってからもコラーゲン内服と同じような処方を書いたことに思い当たる。卒業してすぐ、胸部内科に入局したが、当時はセラチア菌から分泌されるダーゼンという酵素を、痰の排出をよくする目的で処方することが普通だった。処方集にも書かれており、先輩が処方するのを見て、当たり前のように処方していた。どうしてその時、本当にそのまま酵素として腸から吸収され、肺まで運ばれるのかなどと疑うことがなかったのか、不思議だし恥ずかしくさえ思う。医師の私でもそうなのだから、一般の人がコラーゲンを食べてお肌がスベスベと言われて疑わないのも当然のことだと思う。
医学研究者として、仲間が当たり前と行っていることにも疑いを持つことは、現在の医療体制を持続させるために最も重要なことだ。今日紹介するペンシルバニア大学を事務局としたチームは、目の炎症によるドライアイに対して、米国では普通に処方されているオメガ3脂肪酸の内服の効果を調べ直した臨床治験で4月14日号のThe New England Journal of Medicine に掲載された。タイトルは「n-3 fatty acid supplementation for the treatment of dry eye disease(ドライアイの治療に対するオメガ3脂肪酸)」だ。
オメガ3脂肪酸がガンの抑制など様々な効果があることは様々な臨床研究で示されてきたが、一般の人が思っているほど万能ではなく、対象によってはガンや神経でも効果がないと科学的に断じられた治験も結構ある。今日紹介する研究では、やはり効果があるというこれまでの治験報告に基づいてドライアイに普通に処方されているオメガ3脂肪酸の効果を調べるために、27臨床施設で、923人のドライアイ患者さんを選び、その中から様々な条件を満たした349人を無作為に分け、偽薬あるいはオメガ3脂肪酸(実際には2000mgのEPA, 1000mgのDHA)を毎日服用させ、1年間観察し、ドライアイ診断のためのPSDIスコアを用いて評価している。治験の方法は、無作為化二重盲検法を用いた完璧なものだ。
結果はオメガ脂肪酸を服用しても、偽薬を投与された群と全く症状に差がないという、ネガティブな結果に終わっている。また、診断時の様々な検査指標で患者さんを層別化しても、効いたと言える群はないことも判明した。
これまでも100人程度の対照を用いて同様の治験が行われ、これが処方する根拠となっていたようだが、この治験に対してはデザインが悪いと極めて批判的に論評している。すなわち、今回の治験を重視すべきと主張している。
医者の立場になると、病気に対して何か処方できることが重要になってしまい、値段が安く、他の医師も使っている場合は、あまり効果がないなと感じても使い続けることになる。その意味で、普及している処方を見直す努力を惜しまなかった点でこの治験は医師の良心を示す研究で、だからこそThe New England Journal of Medicineに掲載されたのだと思う。ただ、このような治験にかかる努力は大変だ。これからは、ネットなどを通してより簡単に効果の見直しができる方法の開発が必要だろう。本当は、医師の処方薬だけでなく、多くの健康食品がこのような検証を受けることができるように消費者と、医師がタッグを組んでいくことが必要だと思う。
2018年4月17日
この歳になって振り返ると、現役時代を楽しんで過ごせたのは、あまり業績もないのに、ポテンシャルだけで教授の席を提供していただいた熊本大学の教授会のおかげだと本当に感謝している。そして、その熊本で始めた何もない教室に、当時オクラホマに留学していた林君が参加してくれたことが、その後の教室の発展に最も大きな転機になったと思っている。彼が持ち前の洞察力をもとに、大理石病マウスがCSF1の突然変異であることを示してくれたおかげで、この分野で仕事をするための場所代を払うことができた。私自身はCSF1の研究はその後もほとんど行っていないが、CSF1に関する面白い研究が発表されると、他の分野より興味を惹かれることが多い。
中でも最近報告が続く、CSF-1抑制により、ガンの予後が改善されるという論文には特に興味を持って読んでいるが、今日紹介するスイス・ローザンヌにあるルードビッヒがん研究センターの論文は、特に印象が強かった。タイトルは「T cell induced CSF1 promotes melanoma resistance to PD1 blockade.(T細胞により誘導されるCSF1はメラノーマのPD1阻害治療の抵抗性を促進する)」で、4月11日号のScience Translational Medicineに掲載された。
すでに述べたように、CSF1が様々なガン細胞の増殖促進に関わることは、広く認められるようになっており、実際CSF1受容体の阻害剤をガンに用いる治験が行われている。また、辞めた後でも、私たちが樹立したCSF1R抗体AFS98のリクエストは多い。
この研究ではメラノーマを対象に、臨床とマウス実験を行き来しながらCSF1の作用を調べている。驚くことに、メラノーマが進展すると、血中CSF1濃度が上昇する。この原因を探ると、CD8陽性のキラー細胞がメラノーマに作用するとき、インターフェロンγやTNFを分泌し、それがメラノーマに働いてCSF1を誘導し、その結果腫瘍の増殖を促進するマクロファージを集めてしまい、キラーT細胞への抵抗性が獲得されることがわかった。同じようなメカニズムで、他にも様々なサイトカインが誘導されることから、PDL1が誘導されて直接キラー活性を弱めるだけでなく、実際には様々なサイトカインが腫瘍の免疫抵抗性に関わるようだ。
そこで、CSF1がどの程度キラー活性を弱めているのか、マウスの実験系を用いてPD1に対する抗体とともに、私たちが作成したCSF1Rに対する抗体AFS98を同時に注射すると、PD1抑制だけでは殺しきれなかったメラノーマが完全に消失することがわかった。実際、Yummer1.7という細胞株では、8割近くのマウスが100日以上再発なしに生存する。そして、この効果は腫瘍の免疫抵抗性を付与するマクロファージの腫瘍間質への移動が抑制されるためであることがわかった。
では通常2割程度の患者さんしか反応しないPD1阻害治療を、CSF1R阻害と組み合わせて全ての癌を制御できるようになったのかと言うと、事はそう簡単でないようで、メラノーマによってにCSF1R抗体も効果が全くないのもあることも明らかになった。すなわちガンによってはキラー活性を弱めるのにCSF1を使わず、他の抵抗性に関わる因子を介して、免疫抵抗性を維持していることもわかった。
話はこれが全てで、あえて結論を述べると、CSF1の役割を前もって調べておけば、よりPD1療法の効果が予測できるという結論になる。CSF1Rに対する抗体を作成していた頃は、ガンにまで効果があるとは想像だにしなかったが、もし癌を制圧する研究に役立つなら、嬉しい限りだ。
2018年4月16日
京大にいた頃、私の教室の隣がエイズウイルスについて研究されていた速水さんの教室だった。動物実験施設では安全性を保った飼育が難しいため、特別に猿の飼育施設を持っておられて、感染実験を行っておられた記憶がある。いつも廊下を通るたびに、維持は金も人手もかかってさぞ大変だろうなと思ったのを思い出す。このように、いくらネズミは進化的に人に近いと言っても、系統的にはほぼ1億年前に別れており、2500万年前に別れた実験によく用いられるアカゲザルとは比較にならないほど離れている。従って、感染症など、どうしても猿を持ちいて研究する必要があるケースは、苦労しても猿が用いられる。
今日紹介するハーバード大学からの論文はジカウイルスにより引き起こされる胎児脳の発生異常の原因を探るためアカゲザルを用いた感染実験で5月17日発行予定のCellに掲載される。タイトルはそのものズバリ「Fetal neuropathology in Zika-virus infected pregnant female Rhesus monkeys(ジカウイルスに感染した妊娠アカゲザルの内の胎児の脳病理)」だ。
ブラジルでジカウイルスによる小頭症が発見されてからのジカウイルス研究の速度は凄まじく、ある意味で現代医学の力を示すといつも思う。症例が報告されて一年もたたたいうちに、クライオ電顕、iPSなどを駆使して、ウイルスの構造や感染の標的細胞などが特定され、またワクチンの準備もできるようになった。ところが、肝心の胎児に対する影響を見るための感染実験系が、免疫不全マウス以外に存在せず、これまで行われた猿を用いた研究は、人間の病態を反映できなかったようだ。
この研究ではアカゲザルで人間と同じ病態を再現できることが結論だが、サルでは再現が難しかったという前提を知らないと、どこが新しいのかおそらく不思議に思ってしまうだろう。
研究では、受精後6−7週の妊娠早期と、12−14週の後(アカゲザルの妊娠期間は23週程度)に、通常の量のジカウイルスを感染させ、その後の胎児の発育を徹底的に調べ、出産時期が来ると帝王切開で出産させ、新生児の脳の病理を調べている。結論としては、小頭症をはじめとする人間で見られる病態がほぼ完全に再現できるというものだが、実験系を用いることでよくわかった点だけまとめておこう。
1) ウイルスは母親の脳など様々な組織で持続的に増殖する。抗体が作られるが、出産後もウイルスは作り続けられる。
2) 胎盤の絨毛細胞と血管に強い異常が誘導され、流産、胎児発育低下を来す。胎盤にウイルスが検出できる。
3) ほぼ100%の胎児の脳と脊髄に病理的異常が見られる。これは、早期に感染した場合により強い症状がある。他にも、筋肉炎なども見られることから、ほぼ全身に感染すると考えられる。
4) 病理的には、強い血管障害、神経前駆細胞の過剰増殖と移動の異常、細胞死の増加、その結果起こる脳構築の形成不全、
とまとめられるだろう。これまでの人間での報告より、より強く血管障害が強調されているのが印象的だ。いずれにせよ、母親の抗体ができる前に感染して、抗体ができてもウイルスが出続けているとすると、ワクチンなど戦略が難しくなる。最初、ジカウイルスはそれ自体問題ないと考えられたが、結構深刻な感染症であることがよくわかった。いずれにせよ、感染症に関しては世界の総力を挙げて研究する体制ができていることは間違いない。
2018年4月15日
嬉しいことに、今でも若い学生さんへの講義を依頼していただく大学や機関がある。もちろん、自分自身は研究をしているわけではないので、研究の話はできない。かわりに、自分で考え、権威に頼らず、21世紀の科学を切り開く若者が一人でも多く生まれることを願って、近代科学誕生から、ダーウィンを経てゲノム情報科学が生まれた「過去」、特に人間についての情報が統合される「現在」、そして生命や言語誕生などの情報の自然発生が理解される「未来」について話をしている。
ただ、科学は独立して競争することだけではないことも理解して欲しいと思っている。この目的で、「現在」について教えるとき、記録し続けるコホート研究の伝統と、コレクティブインテリジェンス(集合の知)について話をする。例えば、2014年に紹介した「外国語ができるとボケにくい」という論文では(
http://aasj.jp/news/watch/1660)、なんと1936年に始めたコホート研究が2014年に論文として発表された。すなわち、研究者が課題を次世代へとつなぎながら研究を完成させていく姿に感銘を受ける。もちろん、我が国でも科学界としての伝統が生まれ始めたと思うが、21世紀になって崩壊したように見える。これも我国が学力低下の重要な一因のように思える。
これに対し、今日紹介する論文は、欧州の山々の頂上の植物相と気温を、なんと19世紀、我が国で言えば明治維新から最長145年にわたって観察し続けた記録で、欧州の様々な大学が共同で4月12日号のNatureに発表した。タイトルは「Accelerated increasee in plant species richness on mountain summits is linked to warming(山の頂上で起こっている植物種の増加の加速は温暖化と関連している)」だ。
もちろん最初から温暖化問題を調べるために行われた研究ではないだろう。ただ、山の頂上は地理的に一定していることから植物種の多様性を調べる最も安定した場所であるとするBraun Blanquetという植物学者に賛同して、302のヨーロッパの山々の頂上をなんと最も早い観察は1871年(明治3年)、から現在まで続けられている。
論文の最初の図では、この観察の創始期をリードした研究者の写真や活動の様子が掲載されており、この研究が代々受け継がれてきた研究であることがわかる。
結果は、予想通りというか、全ての頂上でほぼ同時に植物種の数の増加が加速し、これは頂上で記録された温度と相関している。そして、この増加の速度は、2000年以降1950−60年代の速度と比較して5倍以上になっていることが示されている。並行して、山頂の温度の変化も2000年前後から急速に上昇しており、植物相の変化が温度の変化を完全に反映していることがわかった。
もう一つ重要なのは、これまで種の数の増加として進んできた植物相の変化が、頂点に達して高地の植物が置き換えられる、植物相全体の転換ポイントに達してきていることで、実際サイズの大きい、葉っぱの大きな植物が急速に優勢になりつつあることもわかる。
山頂の気温だけでなく、それがもたらす効果の両方を最も明瞭に示した研究で、温暖化の深刻さを教えてくれるとともに、科学者の連帯を象徴する論文だと感銘を受けた。
2018年4月14日
タスマニアデビルを絶滅の危機に追い込むかもしれない顔面に発生する流行生ガン(DFT:Devil facial tumor disease)については、2016年9月3日(
http://aasj.jp/news/watch/5723)、そして2015年12月30日に紹介している(
http://aasj.jp/news/watch/4641)。このガンの恐ろしさは、口から口へと他の個体に感染することで、この結果個体数が3割以下に減少してしまった。これまで犬の性的接触で感染するガンの存在は知られていたが、組織適合性の壁を超えて爆発的な感染力をもつガンはDFTだけで、絶滅を防ぐためにもガンの特徴を明らかにし、治療法を確立することが求められている。
今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は、異なる集団に独立に発生した2種類のDFTを徹底的に調べてその由来や治療法を探した論文で4月9日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「The origin and vulnerabilityies of two transmissible cancers in Tasmanian Devils(タスマニアデビルの2種類の感染性ガンの起源と弱点)」だ。
DFTの謎は、
1) どうして同じような伝搬性のガンが独立に発生したのか?
2) どうして免疫監視機構を逃れているのか?
の2点に絞っていいだろう。特に独立して同じようなガンが存在することは、この2種類を比べ、また正常細胞とも比べることで、ガン発生につながる変化を見つけやすい。そう考えてこの研究は行われたが、結論的に言ってしまうと、それでも完全な答えは遠いということがわかる。これは人間のガンでも同じで、最初ゲノム研究が進んでガンの成り立ちが数年で理解できるようになるのではと期待したが、ゲノムは複雑すぎてまだそこまで至っていない。
この研究では、ゲノム解析を通して、
1) DFTの変異の入り方から、ウイルス感染や、紫外線や発ガン物質などの外的要因で起こったものではないこと、またタスマニアデビル特有の遺伝子変異機構があるわけではないこと、
2) 両方のDFTに共通の遺伝子変異はないが、ともにHippo経路に関わる分子の変異が見られ、またDFTではこの経路が活性化されている証拠があること、
3) 転座やテロメアなど染色体構造に関わる変異で、両方に共通の変異メカニズムがありそうだが、完全に特定はできないこと、
4) PDGF受容体のコピー数の増加が両方で認められること、
5) 免疫監視機構をすり抜ける機構については、一つのガンでβ2ミクログロブリンの片方での欠損が見つかったが、両方に共通のメカニズムについては理解できなかったこと、
が結論として得られている。結局、2種類しかないガンでも、完全に理解することは難しいことがよくわかる。ましてや、人間のガンになるとさらに難しいと思う。
ただ、これで終わっては研究者魂が満足しない。著者らは、多くの抗がん剤をDFT細胞に試し、チロシンキナーゼ阻害剤の中に、人間のガンと比べてもはるかに効果が高い薬剤があることを発見している。これは、今後の治療を考えると大変重要なことだと思う。
この研究から見えてきたDFTの発生を考えると、人間の進出などでタスマニアデビルの生存環境が変わり、高い密度で群れて生活するようになり、もともと持っていた口をかみ会う習性により顔面の損傷と再生の頻度が上がった。この結果増殖を繰り返した神経堤由来の細胞がガン化し、その中から免疫機構をすり抜ける変異体が発生して、感染が拡大したというシナリオになる。
残念ながら、このガンがなぜ免疫監視をすり抜けられるのか、わからずじまいで終わるが、おそらくこれは、現在最も期待されている免疫療法を理解する上でも最も重要な課題だと思う。研究の進展を願う。しかし、タスマニアデビルの絶滅を防げないようでは、私たちはガンを制圧することなど到底出来ないだろう。
2018年4月13日
ウイルス感染を含む炎症が妊娠中におこると、胎児の脳の発達に影響して自閉症などの発症率が上がることは広く認められている。従って、妊婦さんはできる限り炎症の原因を遠ざける必要があり、多くの機関では妊娠を希望する女性にワクチン接種を呼びかけている。
昨年9月、炎症により起こる脳の変化を詳しく調べた論文を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/7378)。この研究によると、炎症で上昇するサイトカインの中でもIL-17が神経細胞に直接働く張本人であり、これを抑制できると炎症が起こっても脳への影響は最小限に止めることができる可能性がある。このように、メカニズムの研究は治療法の開発にとって必須でさらに進むことを期待する。
しかしほとんどの研究は、動物モデルで行うしかない。この動物実験と、疫学による調査をつなぐ研究が必要になるが、今日紹介するオレゴン健康・科学大学からの論文はそれにあたると思い紹介する。タイトルは「Maternal IL-6 during pregnancy can be estimated from newborn brain connectivity and predicts futuree working memory in offspring(妊娠中の母体のIL-6濃度は新生児の脳の結合と将来の作業記憶に相関する)」だ。
この研究では母体の炎症をIL-6濃度で代表させて、生まれてきた子供の新生児期の脳のMRI検査、そして2歳時点での作業記録のテストの間で相関を調べている。IL-6が炎症を反映することはよく知られた事実で、例えば2型糖尿病でのインシュリン抵抗性がIL-6と相関することなどは、2型糖尿病への炎症の関わりを示すと理解されている。
MRI検査は睡眠時に撮影をして、脳の各領域内外の結合性を調べ、これを数値化してIL-6濃度との相関を調べている。そして画像解析を行った対象の中から40人近くを選んで、各瞬間での入力の統合性を支える作業記憶テストを行いっている。
IL-6濃度は単純な指標だが、MRI検査は情報量が多いため、対象にする領域を最初から絞って数値化している。実際には10領域について、領域内、領域間の結合性をデータ化している。結果的に領域内の結合性で10指標、領域間の結合性で45指標を弾き出し、相関を調べている。これにより、IL-6濃度と相関する領域として、1) Salience Networkと呼ばれるある対象にフォーカスを当てるときに働く領域内及び脳活動の安定性維持に関わるCingulo-opercular network、2)空間的注意を向けることに関わるsubcortical netowork, dorsal attention netowork, そしてventral attention network、cellebellar network内外の結合性、そして3)視覚を介した注意に関わるvisual netowork, fronto-parietal network、そしてdorsal attention netoworkの結合性が特に低下することが明らかになった。
これらの領域の機能を確認するため、MRI検査と脳の機能検査が調べられたデータを用いて相関を調べ、これらのネットワークが、各瞬間での入力を統合し、選択するときに必須の作業記憶機能と関わる領域であることがわかる。そこで、MRI検査を行った新生児の中から選んだ46人の作業記憶検査を行い、特に妊娠第3期のIL-6濃度と作業記憶に因果的相関があることを示している。
今流行りのAIを用いて、モデリングと予想性を調べる手法が駆使された研究で、解析データを信じるほかないが、この方法はIL-6だけでなく、ほかのパラメーターについても適用できることから、大変だが期待したい方向の研究だ。特に、自閉症スペクトラムや注意障害などを理解するためにも、ハイリスクグループを早期に特定して、このようなコホートを行うことは重要だ。もし、特定のネットワークを生後に成長させる方法が見つかれば、治療が可能になるかもしれない。
2018年4月12日
ヒゲクジラの仲間には、世界最大の哺乳動物シロナガスクジラが含まれる。いつも不思議に思うのだが、こんな大きなクジラなのにヒゲ板でこしとれる小さなオキアミなどで体を支えている。現役の時、当時東工大の岡田先生のグラントヒアリングに参加し、トランスポゾンを標識にゲノムを調べると、クジラはカバから分離してきたことを聞き、なんとなく納得したが、なぜこのような巨大な哺乳類が誕生できたのかなど、まだまだわからないことは多い。当然多くの研究者が殺到して、ゲノム解析はとうの昔に終わっていたのかと思っていた。
今日紹介するフランクフルトの生物多様性と気候研究センターからの論文は、6種類のヒゲクジラのゲノムを解析して、その系統関係を解析した論文で4月4日号のScience Advancesに掲載された。タイトルは「Whole-genome sequencing of blue whale and other rorquals finds signatures for introgressive gene flow(シロナガスクジラと他のナガスクジラの全ゲノム解析により、種間の遺伝子移入の痕跡が見つかった)」だ。
研究ではカバと6種類のヒゲクジラの全ゲノムを6−27coverageの精度で解析し、それぞれの系統関係、遺伝子移入の有無、そして個体数の変遷について解析している。実際には、クジラのゲノムはこれまでも研究されており、特にヒゲクジラの仲間は、形態的系統分類とゲノムによる系統分類の間で矛盾が多く、一般的な種分化の様式が適応しにくいことが指摘されていたらしい。
この研究では、全ゲノム解析に基づきSNPがはっきりした約35000のゲノム断片を比較して系統樹を書き、シロナガスクジラとイワシクジラのグループ、コククジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラのグループ、そしてミンククジラのグループにとりあえず分けられるが、コククジラの位置関係がまだはっきりしないことを見出す。
そこで次にそれぞれの種間の遺伝子移入の有無を調べると、それぞれの種間で遺伝子移入が検出されるが、種分化の早い段階で起こったミンククジラとの交雑がコククジラで検出できないために、おそらくコククジラの系統だけが、別系統に分類されるたと結論している。一方、コククジラとシロナガスクジラ、イワシクジラ間では遺伝子移入が検出できる。
このように遺伝子移入が起こると、順々に種分化が進むとするモデルが成立しないため、これを勘案して系統関係を計算する必要がある。そしてカバから約5千万年前に分離したクジラから約3千万年前にヒゲクジラが分離、1千万年前にミンククジラとそれ以外のヒゲクジラが、8百万年前にシロナガスクジラ、イワシクジラの仲間と、ザトウクジラ、ナガスクジラの仲間、そしてコククジラが分かれたという最終的系統樹に到達している。
あと種内での多様性から、ヒゲクジラは1千万年前位に最も栄え、その後ずっと個体数を落としてきていることも示されている。ヒゲクジラを守ることは私たちの使命だ。
これまで、1千万年というスケールの種分化研究で遺伝子移入を問題にしている研究に出会ったことはなかった。陸上動物ばかりに目がいってしまうと、生息圏が隔離され、交雑の機会が失われるといった状況を種分化の要因として考えてしまうが、海の中にはなんの境界もない。そう考えると、広い海を北極や南極から赤道まで回遊を繰り返すクジラが交雑を繰り返しながら多様化することも納得する。
我が国は捕鯨を文化として位置付けて調査捕鯨に50億円近い予算が支出されているが、このようなゲノム研究にどれだけ本腰を入れているのか知りたいところだ。
2018年4月11日
私事になるが、ドイツから帰ってきた後数年、当時胸部研の桂先生の教室にお世話になり、ストローマ細胞依存性の造血やリンパ球分化の研究を始めた。まず造血を支持するストローマ細胞を株化することが重要な目標だったが、それと並行して、血液やストローマ細胞に対するモノクローナル抗体作成も行った。同じ時、桂研究室で助手をしていたのが喜納君で、彼が作った抗体の中に赤血球を他の血液から区別できるTer119があった。彼がなぜTerという名前をつけていたのか、忘れてしまったが、Ter119よりTel119の方が覚えてもらいやすいのではないかなどと取るに足らないアドバイスをしたことがある。最終的に、喜納君はこの抗体が認識する分子が赤血球特異的グライコフォリンに結合する分子であることを決めたと思う。いずれにせよ、Ter119はマウスの血液学ではもっとも利用されている分子マーカーになっている。
今日紹介する上海第二軍医大学からの論文はTer119を発現するこれまで見つかってこなかった血液細胞系列を発見しTer細胞と名付け、そのガン細胞の増殖に関わる機能を明らかにした論文で4月19日号のCellに掲載され、懐かしいので取り上げることにした。タイトルは「 Tumor-induced generation of spleenic erythroblast like Ter cells promotes tumor progression(ガンにより脾臓で誘導される赤芽球様のTer細胞はガンの進展を促進する)」だ。
この研究では、肝臓ガン細胞を移植したマウス特異的に脾臓で誘導される細胞を探索し、Ter119陽性だが、血液細胞マーカーCD45陰性細胞がガンの増大とともに誘導されることを発見する。この細胞はCD71抗原も発現していることから未分化な段階の赤血球系細胞で、同じ細胞は胎児肝臓細胞でも見られ、遺伝子発現から巨核球と赤血球に分化する細胞から誘導されたと考えられる。
この細胞は癌の種類は問わないが、ガンにより分泌されるTGFβにより赤血球分化が促進することで誘導される。そこで、ガンの進展に対するTer細胞の関わりを検討し、Ter細胞が神経増殖因子の一つArteminを分泌し、この血中濃度が高いとガンがより悪性化することを明らかにしている。すなわち、ガンが大きくなり、TGFβが誘導されると、脾臓の赤血球増殖が高まり、その結果Ter細胞が誘導され、これがArteminを分泌してガンの増殖を高めるという、一種の悪性のサーキットができることになる。
さらにArteminがその受容体を介してガン細胞の細胞死を防ぐ経路も明らかにした後、マウスモデルでArtemin注射によりガンの進行が早まること、逆にArteminに対する抗体を注射することでガンの進行を遅らせることを明らかにしている。
話はこれだけで、不思議な細胞がいるという意味で面白いが、通常ガンが大きくなると造血は抑えられるし、治療によっても貧血になることを考えると、この経路が本当に長いガンの経過で常に働き続けるのかどうかは疑問に思う。その意味では、まだまだキワモノの域を出ないと思うが、Ter細胞が存在することは間違いなさそうで、喜納君も喜んでいるだろう。