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5月17日 新型コロナウイルス制圧に向けた大きな進歩(CellおよびScienceオンライン掲載論文)

2020年5月17日

北里柴三郎がベルリンに留学していた当時、感染症をめぐってペッテンコッファーとコッホの論争が行われていた。コレラの最終原因が細菌によるとするコッホに対し、ペッテンコッファーは最終的には生活スタイルが重要と、公衆衛生学の重要性を説いた。この時ペッテンコッファーがコレラ菌が最終原因でないことを示すため、コレラ菌を自分で飲んだエピソードは有名だ。ちなみに下痢がでたが、すぐに回復して、それ見たことかと勝鬨をあげた様だ。

今から考えて、公衆衛生か、細菌学かという当時の議論は滑稽にすら見えるが、その後コレラの恐怖から人間を解放したのは抗生物質の登場だ。その意味で新しい生活スタイルなど公衆衛生学的対処では、個人個人の感じる新型コロナウイルスへの恐怖からの解放は困難で、ともかく全力をあげて治療法を開発する以外に方法はない。

この点から考えると、アビガンにしてもレムデシビルにしても、現在使われている治療法は全て、新型コロナウイルスのために開発されたものではなく、その場しのぎに過ぎない。幸い重要なウイルスタンパク質の分子構造が続々明らかになり、既存の薬剤との結合が詳しく解析されつつあり、新型コロナに対する薬剤が開発されてくると期待できる。

ウイルス制圧に重要なもう一つの分野は免疫学だが、我が国メディアを見ていると、ワクチン開発でも、早期開発と競争ばかりに目が向いている様に思うが、実際にはウイルスに対する免疫反応を厳密に理解することが最も重要で、この知識なしにワクチンの評価はあり得ないだろう。実際、ほとんどの人が無症状や軽い症状で終わる新型コロナの場合のワクチンの評価を疫学的方法で進めるとしたら、逆に途方も無い時間がかかる様に思えてしまう。

今日紹介する二編の論文は、コロナに対する免疫反応を理解し、治療や予防を考える上で大きな貢献をした研究だと思う。最初の論文はウイルス遺伝子から合成されるタンパク質から予想できるペプチドに対するT細胞の反応を調べたLa Jolla免疫研究所からの研究でプレプリントがCellにオンライン掲載された。

T細胞の反応は組織適合抗原(MHC)とウイルス由来ペプチドが結合した複合物を認識し、MHCは個人個人それぞれ異なっているので、ウイルスに対するT細胞反応を多数の人について調べるのは難しい。この問題を、ウイルスタンパク質由来のペプチドを200種類以上用意することで、ほとんどの人でT細胞反応を検出できる様にしている。また、反応はペプチドカクテルでT細胞を刺激した後、活性化された時に発現してくる分子を指標に調べることで、多数の人の反応を迅速に調べることができる。

この研究では、ウイルス感染に必須で、ワクチンの標的として使われているスパイク分子から253種類、それ以外の分子について221分子をヘルパーT細胞反応検出のために、またキラーT細胞に対しては628種類のペプチドを合成、プールして刺激に用いている。

詳細は省いて重要なポイントを以下にまとめる。

  • Covid-19から回復した人では発症後1ヶ月で、ほとんどの人で、プールしたウイルスペプチドに対するヘルパーT細胞(CD4T)およびキラーT細胞(CD8T)の反応が見られる。ただキラーT 細胞の活性化については反応の低い人も存在する。
  • ヘルパーT細胞の活性化は抗体産生と相関しており、ヘルパー機能を見ていることがわかる。
  • 各ウイルスタンパク質個別にペプチドを調整しT細胞の反応を見るとスパイクだけでなく、多くの分子に対してヘルパーT、キラーT細胞が誘導されていることがわかる。
  • 新型コロナに感染したことのない人の60%で、新型ウイルスに対するヘルパーT細胞反応が見られる。一方、キラーT細胞が反応する人は3割程度。感染者と、非感染者でT細胞が反応するウイルス分子は異なっており、例えば核内タンパク質については非感染者ではほとんど反応が見られない。

以上が結果だが、いくつかの重要なヒントが得られる。

  • 現在抗体だけのことを考えて、スパイクに対するワクチン開発を進めるグループが多いが、T細胞で見るとこれで誘導できる免疫機能は高々半分にも満たない。したがって、もっと多くの異なるT細胞を誘導するワクチンの方が将来有効になる可能性がある。
  • 少なくともヘルパーT細胞については、他のコロナ感染により既に記憶T細胞を持っている人もいるので、この人たちが既に新型コロナウイルスから守られているのかどうか調べる必要がある。

かなり包括的なT細胞活性の検査法が開発された。望むらくは、感染細胞を用いたキラー活性も症例を選んで調べてもらえるとより理解が進む。またもう少し大規模に検査をし、特に次の感染まで前向きの研究ができると、旧型コロナウイルスによる免疫やMHCの民族差が、感染防御や重症化阻止に関わるかもわかるだろう。そして、T細胞側の受容体の解析が進むと、将来はT細胞を用いたCAR-Tのような治療すら可能になる様に思う。

もう一編は北京の首都大学から論文で、人型モノクローナル中和抗体の開発とスパイク抗原との結合についての構造解析の研究でScienceにオンライン出版された。

なんども述べた様に、エボラウイルスに対する薬剤を比べた治験では、モノクローナル中和抗体が最も効果を示した。この意味で、回復者の血清だけでなく、多くの企業、研究所が中和モノクローナル抗体の開発にしのぎを削っている。

おそらく世界中よく似た手法で抗体開発を進めていると思うが、患者さんの末梢血からB細胞を取り出し、その中からスパイクタンパク質に結合する細胞を精製、こうして得られた一個一個のB細胞から抗体遺伝子をクローニングし、その遺伝子を用いて最終的にIgG1クラスの、ヒトモノクローナル抗体を得ている。

論文では4種類の抗体を得たところから始めているが、このうち2種類の抗体はスパイクと、ACE2の試験管内結合を強く阻害できた。さらにこれらの抗体が、試験管内だけでなく、細胞表面のACE2とスパイクとの結合も阻害することを明らかにしている。最初から4種類の抗体しか取れなかったとしたら、成功確率の高さに驚く。

マウスの感染実験系でこのモノクローナル抗体を投与する実験を行い、最終的に最も病気を抑える効果があったB38抗体を用いて、スパイクタンパク質と抗体の結合に関する構造解析を行い、この抗体がスパイクタンパク質の36アミノ酸残基と相互作用し、そのうち21残基は新型コロナ特異的であること、そして21残基のうち18残基はACE2とも相互作用することを明らかにした。わかりやすく言ってしまうと、スパイクのACE2結合部位にドンピシャで結合できることがわかった。

結果は以上で、少し専門的になったが、治療薬として使えるヒトモノクローナル抗体が開発できたという話だ。今後、どのクラスが抗体による感染増悪が起こらないか、Fcを除去しても使えないかなど、検討が行われるだろう。また、同じ様な抗体が続々開発されることは間違いない。最後は、値段と活性の勝負になるが、この抗体がどの位置にいるのかわかるのもそんなに時間がかからない様な気がする。

ただ、治療用抗体としてだけでなく、ACE2とスパイクとの相互作用がモノクローナル抗体のおかげで詳細に理解できたことで、抗体だけでない阻害剤の開発も進むだろう。

この様に驚くべきスピードで必要な情報が上がってくると、今年中にコロナの恐怖から解放される方法が開発できると確信できる。

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