コロナ騒ぎの中でひっそりと報道されていたが、黄斑変性症治療の目的で移植したiPS由来色素上皮細胞は、5年経った今もガン化することなくホストの中で生存しているらしい。今後は機能面の評価など、論文として読めるようになると思うが、最も危惧された長期安全性はクリアできたように思う。
実際iPS由来細胞の移植治療の実用化が視野に入った頃、ガン化など安全性の問題を指摘する論文が数多く出された。雑誌のエディターも、安全性への懸念を強調した論文には甘いのはという印象すら持った。しかし、この学会の態度が、どうしてもアクセルを踏みがちになる研究者に、ブレーキを意識させる効果を生んだ結果、安全な治療が可能になってきたのだと思う。
今日紹介するイスラエルテルアビブ大学からの論文は、すでに臨床応用も始まっているCRISPR/Cas9による遺伝子操作の問題点を調べた論文で5月18日号のNature Geneticsにオンライン掲載された。タイトルは「Cas9 activates the p53 pathway and selects for p53-inactivating mutations (Cas9はp53経路を活性化し、p53機能欠損変異を選択する)」だ。
これまでCas9が標的以外のDNAを切断して細胞に突然変異を誘導する危険性については指摘が続いてきた。結果、Cas9のオフターゲット活性を下げる様々な改良が進んでいるが、現在のところはプラクティカルには問題ないとして、Cas9をそのまま用いているケースが多い。
この研究ではCas9による突然変異導入だけでなく、細胞そのものの増殖容態が変化して、これが異常細胞の選択的増加をきたすのではという懸念を確かめている。
細胞株にCas9だけを導入する実験系で導入による変化を調べると、DNA切断活性の結果と思われるp53経路の活性化が見られる。もしオフターゲット切断があるなら当然の話で、細胞の増殖を抑える方向にp53の出番になるのは正常だ。
ただ問題は、この状況が続くなかで細胞増殖を維持しようと思うと、p53分子の抑制が起こる可能性がある。実際、Cas9を導入された細胞株ではp53分子の機能喪失変異が高まることが観察される。また、細胞同士の増殖競合実験を行うと、p53欠損株の方がより高い増殖を示し、集団内で優勢になることを観察している。
以上の結果から、Cas9を導入することで、p53変異が選択的に増殖する危険性があり、これがガン化など問題を引き起こすことは注意が必要という結論になる。実際の体細胞遺伝子操作では、おそらくp53 のみでは大きな問題にはならないような気はするが、注意は必要だろう。
この研究では、遺伝子操作ではなく、CRISPR/Cas9を用いて網羅的な遺伝子昨日スクリーニングを行う際の問題を実際に検証しており、このような系で特定される遺伝子は、p53経路の異常を反映していることを考慮して解釈すべきだとしている。
特に驚くほどの論文ではなかったが、様々な観点からCRISPR/Cas技術の安全性を検証することは重要だ。