ガンのゲノム研究は、次世代シークエンサーとともに始まったゲノムデータバンク構築が完成に近づき成熟期を迎えていると言えるのかもしれない。ただ、データは様々な視点から何度もなんども見直すことが重要で、その意味でインフォーマティックスが臨床のニーズに合わせて、データを掘り下げる作業が大事になる。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文はすでに集まっている転移を起こしたガン患者さんの原発巣と転移巣のゲノムデータを、最新の解析手法を用いて調べ、転移がどの様に起こるか調べた研究で、5月18日号のNature Geneticsに掲載された。タイトルは「Multi-cancer analysis of clonality and the timing of systemic spread in paired primary tumors and metastases (複数のガンの原発巣と転移巣の比較からクローン性と拡大時期を解析する)」だ。
同じ様な論文はなんども目にしてきたが、同じデータで何度も見直すことは重要だ。この研究でも世界中のデータベースから、乳ガン、大腸ガン、肺ガンで原発巣と、転移巣のエクソーム解析が行われているデータベースから信頼できるサンプルを抽出し、原発巣と転移巣との関係、治療と転移との関係、そして転移の起こり方などを解析している。基本はゲノム上の変異の蓄積状態を比較することで、系統樹関係、突然変異の起こり方、転移の時期、転移の様式などを解析している。答えは大体予想通りだが、それでも臨床医にとっては示唆に富む解析だと思う。
ただ間違ってはいけないのは、この研究では転移が実際に起こったケースを解析しており、臨床経過で一度も転移が発見されなかったケースとの比較が全くない点で、進行例を調べた研究と言える点だ。
まず、ガンの変異の特徴から以下のことが示されている。
- 多くの転移ガンは、原発ガンと同じドライバー変異を共有しているが、乳ガンは、転移巣独自のドライバーへシフトしている確率が高く、ネオアジュバント治療の重要性を示す。
- 乳ガンや大腸ガンではガン化に関わる変異は原発巣と転移巣で共有されているが、肺ガンの場合、ガン化につながる変異がバラけている。おそらく、タバコにより多くの変異が早期に発生した結果と考えられる。
- 一方、抗ガン治療を受けた人の転移巣では、転移巣だけに見られるドライバー変異増加してくる。治療により、この様なマイナーな変異を持つガンが選択される。
これらの変異から、ポピュレーション動態解析を行うことで、
- 発ガン早期から転移は起こっており、実際にはガンが診断される2−4年以上前に転移が起こっている。
- 転移は個々のクローンが独自に起こす現象だが、どのクローンが優勢になるかは治療により大きく影響される。すなわち、治療により選択された転移巣は、抗ガン剤の抵抗性に関わる変異を持つことが多い。この様な転移ガンは進行が早い。
が結論される。
これらの結果は、検出できなくとも、転移がすでに広がっていると考えて治療する、例えばネオアジュバント治療の重要性を示す。さらに、薬剤自体が選択圧としてガンの進化に関わることから、進行していることが予想される場合はネオアジュバントは異なるメカニズムの薬剤を組み合わせた方が理論的には良い。おそらく、これに免疫治療が加わるとさらに効果を高められる可能性がある。
これは論文を読んだ素人の感想だが、この様なデータを臨床的に再検討し直し、新しいガンのプロトコルを進化させていってほしいと思う。