身長に関わるコモンな遺伝子多型は3000近く知られているのではないだろうか。現在、それぞれの多型について身長の寄与度が計算され、ヨーロッパの民族ではこの計算に基づけばゲノムから身長を予測できる可能性は高まっている。一方、同じコモンバリアントでも、特定の民族には広く分布し、その民族の身長を決めている多型が存在することがわかっている。
今日紹介するハーバード大学からの論文はペルーのアメリカ原住民が背が低いことに注目し、民族の身長を決める遺伝子領域を特定しようとした研究で5月13日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「A positively selected FBN1 missense variant reduces height in Peruvian individuals(FBN1のミスセンス変異が選択されることでペルー人の身長が低くなった)」だ。
混血が進んでいないアンデスの町に行くと、確かに色黒で身長のひくい人が多いことに気づく。この民族の特徴から身長に大きな影響を持つ遺伝子多型を特定できないか、4000人余りのペルー人のSNPをアフィメトリックスのDNAアレーを用いて解析し、ペルー人の低い身長と強く相関するコモンバリアントを探している。
全部で5種類のSNPが発見されたが、そのうちの一つがマルファン症候群の原因遺伝子として知られるfibrilinのアミノ酸変異を伴う多型であることがわかり、この多型に焦点を当てて解析をしている。面白いことに、ヨーロッパ民族の身長の25%を説明できるSNPでは、ペルー人では6%しか説明できない。一つの民族で身長を決めるゲノムがわかった気になっていても、話は簡単でないことはよくわかる。日本人でも、独自に大規模なゲノムテストが必要だろう。
ともあれ、fibrilinの多型があると2cmの身長低下が起こることを確認した上で、ではこの多型がペルー人の進化で選択されたのかどうか知るため、この部位の近くの多型との連鎖状態を調べ、fibrilinの多型が選択的に選択されていることを示し、確かにペルー民族が形成されるとき、この多型がポジティブに選択されたことを明らかにした。面白いことに、この身長が低くなる多型は、海岸に住んでいるペルー人の方に濃縮されている。素人考えでは、アンデスなどの様な高地の方が低い身長を選択するプレッシャーが高い様に思うのだが、なぜこの様な結果になるのかは不思議だ。
これを知るためには、今回特定されたfibrilinの多型の機能的側面を理解する必要がある。おもしろいことに、これまでこの分子の変異として見つかったのは、マルファン症候群に関わる頻度の低い多型で、これらの変異は身長は伸びる方向に働いている。ただ、残念ながら多型と低身長に関してスカッとした説明はまだ難しい様だ。ようやく皮膚バイオプシーで、この変異があるとfibrilinの沈着が低下していることを示せる程度だ。おそらくモデル動物で発生過程をマルファン症候群の変異などとも比べることが重要だろう。
何れにせよこの研究で、マルファン症候群の対極ともいえる変異が同じ分子上に特定されたことから、この分子の研究を通して私たちが体格と定義している性質の分子メカニズムの理解も進むと期待される。