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5月18日 ウイルス感染細胞を single cell transcriptome 解析で調べる(Cell オンライン掲載論文)

2020年5月18日
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当然のことながら、最近読もうとダウンロードする論文の三分の一はCovid-19関係になる。医学の専門誌からメディアまで、これほどコロナの話題でいっぱいになると、自らの頭も洗脳されてついつい手を出して読んでしまう。ただ、世界中の人が寄ってたかって一つの病気を研究するなど、そうあるものではない。一観客にとってはエキサイティングな舞台が目の前で進行している。とはいえ、この劇場にはエキストラ、ヘボ役者、そして名優まで、登場人物の数は多い。昨日紹介した論文もそうだが、この様な混沌とした舞台の中で名優に出会えるのは嬉しい。

今日紹介するイスラエルワイズマン研究所、フランスパストゥール研究所、そして深圳肝臓研究所が共同でCellに発表した論文はウイルス感染した細胞のsingle cell trascriptome解析方法を確立し、これをcovid-19に用いた研究で、どれほど緊急事態でも、しっかりとした準備を整えることの重要性がよくわかる論文だ。タイトルは「Host-viral infection maps reveal signatures of severe COVID-19 patients(ホストとウイルスの感染地図は重症Covid-19患者さんの特徴を明らかにする)」だ。

当然といえば当然だが、病気で何が起こっているかの解析にはsingle cell trascriptome解析(scRNA)の威力はすごい。例えば今年1月、薬剤による重症アレルギー局所に現れる細胞のscRNA解析から治療法を発見し、実際に患者さんが治った論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12272)。当然、covid-19でもscRNAが使われると思って見てきたが、発表されたほとんどは「なんでもまずやっておこう」というスタンスが目立って、面白くなかった。特に、感染症なのに、解析にはウイルスがほとんど登場できていない。なぜ肝心なことができないのか訝しく思っていたが、この論文を読んで、ウイルス感染した細胞が含まれる集団のscRNA解析データの処理が極めて複雑であることがよくわかった。

ウイルスの転写物は種類が少ないものの、数は多く、しかも異なる細胞にも感染する可能性がある。また、ポリA添加の乏しいウイルスも存在する。さらに、通常のソフトは、よくわからないRNAを全て無視して細胞を同定する様設計しているため、感染細胞とそうでない細胞を見分けて、scRNAデータを処理するためには、全く新しいソフトの開発が必要だった。

詳細は省くがこの研究では、上記の課題を克服するためにまずViral-Trackと名付けたアルゴリズムを開発し、マウスのウイルス感染実験、およびヒトB型肝炎のバイオプシーサンプルなどを用いて、検証したあと、新型コロナの患者さんの解析に利用している。

この研究では軽症者人、重傷者6人のcovid-19の気管洗浄液に含まれる細胞を解析に用いている。自分で採取した経験もあるので、この状況で重傷者からよくサンプルが得られたなと思うが、そのおかげで重要な発見が得られている。

  • これまで示されてきた様に、ほとんどの感染細胞はACE2とTMPRSS2を発現した繊毛細胞と上皮前駆細胞.
  • ただ、オステオポンチンを発現したマクロファージにも感染が認められる。これは、抗体と結合したウイルスを貪食した結果である可能性がある。ただ、もう一つのCovid-19侵入サイトとして疑われているCD147から侵入している可能性もある。この様なマクロファージでは、ケモカインの発現が強い。
  • マクロファージや好中球のタイプで、重傷者、軽症者をはっきり分けることができる。例えば、樹状細胞は重症例ではほとんど認められない。
  • NK細胞が重症例で増えている。
  • CD4T細胞は重症例で多いが、CD8T細胞は重症例ではほとんど認められないが軽症例では全員に認められる。
  • 重症例の一例で、メタニューモウイルスの混合感染が認められるが、1型インターフェロンの賛成派強く押さえられていた。

以上が主な結果だが、まず軽症者のみにキラーT細胞が見られる点が重要だと思う。キラーT細胞が上手く誘導できた人が軽症で終わる可能性が示唆されており、同じ手法でTcRを特定することで、ウイルス免疫成立をモニターできると、理解は格段に進む。

また、気管洗浄液は重症、軽症の見分けに重要な検査になる可能性がある。ボランティアで、症状が出てから時間を追って洗浄液中の細胞変化を追うことで、サイトカインストームの出方、ADEの出方などわかってくるのではと期待できる。

面白い論文だった。

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