過去記事一覧
AASJホームページ > 2020年 > 5月 > 5日

ウイルスと闘う人類の多様性:以前紹介したネアンデルタール遺伝子研究を再読して、科学技術会議の提言について色々考えた(2018年10月4日号 Cell 掲載論文)

2020年5月5日

京大皮膚科の椛島先生のおかげで、皮膚科の授業の一環として学生さんに講義させていただいている。皮膚科でもない、しかも現役引退した私なので、この機会を皮膚科疾患を進化の視点から学び直す機会にして、それを学生さんと共有することにしてきた。ところが今回のコロナ騒ぎで貴重な学生さんとの「対面」講義が禁止された。語りかけることができない問題をなんとか補おうと、今年はより時間をかけて準備し、録画として提供することにした。

そんな準備をしている中で、以前このHPで紹介したネアンデルタール人から我々に伝わったゲノム遺産の多くがRNAウイルスに対する抵抗性に関する遺伝子であるという論文が目に留まり、今年の授業でも使うことにした。

詳しい内容はすでに紹介しているので(https://aasj.jp/news/watch/9071),ぜひそちらを読んで欲しいと思うが、ネアンデルタール人との交雑を通して私たちのゲノムに流入し、遺産として保持されてきた遺伝子の多くは、ウイルス抵抗性に関わる遺伝子で、それもRNAウイルス(HIV、インフルエンザ、C型肝炎ウイルス)に対する抵抗性に関わる遺伝子が多いという結果だ。

何をウイルス関連遺伝子とするかなど様々な問題はあるが、この論文がレフリーを通った最大の理由は、私たち科学者が、人類はゲノムの多様性を生み出すことでウイルスと戦ってきたと確信していたからだろう。この確信にピタッとはまったおかげで、Cellに掲載された(通常このような場合は問題が起こることも多いのだが)。

この論文を読みながら今年の講義の準備をしている時、緊急事態宣言延長のニュースを聞いた。この決断については、判断材料を持たない私も文句はないが、同時にメディアで流れた専門家会議の提案する「新しい生活スタイル」には、耳を疑った

この提言では、私たちは感染を恐れる社会を形成すべきで、そのために彼らが示す決まった生活スタイルを出発点とした未来=new normalを築く必要があると例を挙げて示している。そしてそこで提示されたスタイルは例えばライブハウスの否定だ。要するに多様性を排して、感染に備える統一的生活スタイルだ。レストランでの過ごし方などを読むと、まさに習近平中国が行なっている統一的生活の勧めとほとんどオーバーラップする。

要するに、科学者が自らの職務を忘れ、「感染をおそれよ」という知識だけを社会にフィードバックしている有様を見て、暗澹たる気持ちになった。安倍政権や政府が統一的生活を勧めたとしても私は驚かない。しかし、文化の多様性を排する世の中を科学者が提言することで、科学への不信がどれほど増すのか、専門委員会はわかっていない。

科学者にとって大事なことは、健康とともに文化の多様性を守るために科学ができることを提示することだ。新型コロナについての論文が1万に近づいているということは、世界中の科学者が科学研究でこのウイルスに立ち向かっていることだ。今の時点で、この1万編の論文とそれぞれの経験から何を提言できるかが問われている。

これらの論文に接しておれば専門外の私でも、コロナ以降の世界に必要な新しい技術が想像できる。3密やsocial distanceは旧来の感染症の知識から導かれる指標で、そこから一つの文化が生まれることは否定しないが、それだけでは人類文化の多様性は維持できない。専門家委員会には世界から尊敬される科学者も入っている。その人たちの意見が全く見えずに、「感染をおそれよ」というメッセージ以外出てこないのは、おそらく全てを役所が仕切ろうとしているからだろう。今こそ科学者は科学者としてもっと発言すべきだと思う。

「批判だけでは何も出ない」という声が聞こえるので、次はポストコロナを支える技術として私が期待している候補を解説することにした。乞うご期待。

5月5日 授乳によって糖尿が抑えられる(4月29日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年5月5日

当たり前のことだが妊娠は体の代謝を大きく変化させることから、女性には大きな負担を強いる。特に、インシュリン抵抗性が高まることから、妊娠を繰り返した女性は、糖尿病のリスクが高くなる。しかしうまくできたもので、授乳を続けることでこのリスクが軽減されることも知られている。

今日紹介する韓国のKAISTからの論文はこのメカニズムをマウスモデルを用いて解析した研究で4月29日号のScience Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Lactation improves pancreatic b cell mass and function through serotonin production (授乳は膵臓β細胞量と機能をセロトニン合成を通じて改善する)」だ。

まず出産後授乳で子供を育てた女性と、授乳しなかった女性を対象に、出産後2ヶ月、および3.6年でブドウ糖負荷試験などを行い、2ヶ月目ではほとんど差がないのに、3.6年目には大きく耐糖能が改善していること、そして様々な指標から、この改善は膵臓ベータのインシュリン分泌機能が改善したことによることを明らかにする。

ここまでが人間での研究で、あとはマウスを用いた研究を行い、

  • 授乳によりβ細胞の量が増加し、インシュリン分泌能が上がる。
  • この効果は、プロラクチンによりセロトニンのβ細胞内合成誘導に起因する。
  • β細胞でのセロトニン合成を阻害すると、授乳の効果はなくなる。
  • セロトニンはインシュリン合成に伴い合成される活性酸素を直接賦活化することでβ細胞を守る。

と結論している。

拍子抜けするほど単純な話だが、これが本当だと、β細胞のセロトニン合成能力を誘導してβ細胞を守る可能性が生まれるように思う。実際実験では、アロキサンのようなβ細胞毒からセロトニンが細胞を守ることを示しているので、1型、2型ともにこのルートで病気を抑えられるか研究が進むことを期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ
2020年5月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031