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5月27日 新しいすい臓ガン治療プロトコル(5月25日 Nature Medicine オンライン版掲載論文)

2020年5月27日
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今回の新型コロナ流行でも薬剤の効果判定について、一般人まで巻き込んだ議論が行われた。このとき、ほとんどの専門家は医療統計学に基づく治験以外に薬効を判定できないというコメントを繰り返えした。しかし、一般の人から見ると、一度希望の星としてマスメディアが取り上げた薬剤が、専門家の冷ややかな言葉で否定されるのは納得いかなかったのではないかと思う。

この時、なぜアビガンやレムデシビルなどに期待が集まったのか考えてみると、これがウイルスのRNAポリメラーゼを阻害することがわかっているからだ。少なくとも私が読んだ論文の中でレムデシビルとポリメラーゼの詳細な構造解析が行われており、特異的な結合の基盤が示されている。おそらく専門家がみれば、これより優れた薬剤の開発は可能だろうと思っていると思う。

いずれにせよ、レムデシビル、アビガン、レピナビル、リトナビル、そして抗ウイルススパイク抗体など、ウイルス分子特異的な阻害剤は、新型コロナウイルス分子に合わせた、さらに効果が高い薬剤が開発でき、新型コロナもエイズのように治療が可能になること間違い無い。もちろん、エイズのように複数の薬剤の併用は重要で、そのとき私たちホスト側分子に対する治療も組み合わせられる。

個人的な意見だが、治療メカニズムが明確な薬剤の効果をしかもパンデミックという状況で確かめていくためには、冷ややかに医療統計を盾にした議論をするのではなく、原理に基づくデータを取ることで医師の匙加減を科学的に引き上げるような新しい治験方法が必要ではないかと思っている。

などと考えていたら、すい臓ガンに免疫治療を導入しようと症例を積み重ねて一つのプロトコルに到達したコーネル大学を中心に形成された国際チームからの論文が5月25日 Nature Medicineに掲載された。タイトルは「BL-8040, a CXCR4 antagonist, in combination with pembrolizumab and chemotherapy for pancreatic cancer: the COMBAT trial (CXCR4阻害剤BL-8040をペモブロリツマブと組み合わせたすい臓ガン治療:COMBAT治験)」だ。

この研究は、すい臓ガンにはあまり効果がないとされてきた本庶先生により開発されたPD-1抗体による治療を、効果のある治療に変えられないか調べることを目的としている。いかに医療統計学的な治験に基づいて効果がないと判定されても、原理ははっきりしている。なら、治験結果がどうであれ、諦めずに新しい方法を開発したいと思うのは当然だ。

このために、この研究ではPD-1抗体に、すい臓ガンの周りに起こる炎症を抑えることが知られているケモカイン受容体CXCR4の阻害剤を組み合わせることを着想した。すなわち、どちらも単剤の治験で思わしい結果が得られなかった薬剤を原理に基づいて組み合わせた。

詳細は省くが、まず打つ手がなくなった患者さんに両者の組み合わせ治療を行い、平均で3.5ヶ月延命が可能であることを確認し(といってもまったくコントロールはない)、次にジェムシタビンが効かなくなった転移すい臓ガン患者さんを選び、2番目の選択としてこの組み合わせを使ったところ、平均値で7.5ヶ月生存した。他のお薬をジェムシタビンの後に使う場合、生存期間が6.5ヶ月などで一定の効果がある可能性がある。

重要なことは、この研究ではリンパ球の動態や転移巣のバイオプシーによる組織検査が詳しく行われており、効果を細胞レベルで検証することができている。これにより、この治療が末梢に多くのリンパ球を動員し、さらに転移組織へのキラーT細胞などの動員を高めることを明らかにしている。

このように原理は確認されたが、結果としてはたかだか1ヶ月程度の延命だったが、ここで諦めずに医師のさじ加減として、それまでやはりジェムシタビンの次に使う化学療法として治験が行われ、やはり少しだけ延命が見られていたイリノテカン、ロイコボリン、5FUの併用治療を、なんとPD-1抗体とBL-8040に組み合わせている。

まだ最終結果は得られていないが、患者さんの3割以上で癌が縮小したまま経過しており、77%ではガンの進展が抑えられ、この状態が平均で8ヶ月近く続くことを示している。

最後の結果もコントロールはない。ただ、誰が見ても大きな進展ということで、Nature Medicineに掲載されたのだと思う。治験ではエンドポイント、例えば生存期間が重視されるが、原理に自信がある場合は、データを積み重ねで、それを元にさじ加減を繰り返すことで、新しい治療に行き着ける可能性もあることを示す重要な研究だと思う。

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