赤血球の増血はエリスロポイエチン(Ep)が必要で、おそらく骨髄がまだ存在せず造血が腎臓で行われていた魚類の名残だろう、我々のEpは腎臓で作られる。このため、慢性の炎症により腎臓の実質が障害される慢性腎疾患(CKD)では、Epの分泌量が低下し、時に輸血が必要な貧血が起こってしまう。特に透析では失血も重なり、以前は深刻な問題だった。
幸い、組み換えEpが臨床応用されて以降、この貧血の問題は解決されたが、今度は赤血球が増えすぎて心血管障害が起こらないよう、注意を払う必要がある。臨床に用いられるEpの方も着実に進化を遂げており、最近の分解されにくいEpは、2ー4週間に一回皮下注射や静脈注射で貧血をコントロールできるようになっている。
このように安定していた治療法の中に割って入ったのがAkebia Therapeuticsにより開発された、低酸素を感知して転写を誘導するHIF分子の安定化させる化合物Vadadustatで、EpもHIFの支配を受けているため、HIFが安定化されることで、Epの分泌が上がる。
今日紹介する2編のVadadustat国際治験グループからの論文は、透析を受けていないCKD患者さんと透析を必要とするCKD患者さんそれぞれの、貧血治療効果と副作用について、新しい経口剤Vadadustatと現在すでに用いられている長期効果型Ep、Darbepoietinを比べた研究で、4月29日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。
2編続いて掲載されており、最初の論文は透析は受けていないCKD患者さん1751人についての治験、後の論文は透析を受けているCKD患者さん3923人についての治験になっている。基本的には同じ結果なので、透析を受けている患者さんについての治験論文を紹介する。タイトルは「Safety and Efficacy of Vadadustat for Anemia in Patients Undergoing Dialysis (透析を受けている患者さんの貧血に対するVadadustatの安全性と効果)」だ。
Akebiaはボストンにあるベンチャー企業だが、薬剤は大塚製薬に導出するようで、スポンサーとして大塚製薬も名を連ねている。参加各国でリクルートされた3923人の透析患者さんを無作為化して、Vadadustat群とDarbepoietin群に分け、40ー50週間経過を観察し、赤血球数を高めることによる心臓血管障害の発生頻度、および血中ヘモグロビン濃度の維持効果について両者を比較している。
結果は、死亡を含む有害事象の発生については、両者全く変化なし。一方、ヘモグロビンの目標値達成については、投与初期の効果は、Darbepoietinの方が改善スピードが速いが、半年目以降はほぼ同等だった。
以上が結果で、一応効果も副作用もEpとほぼ同じと言っていいのだろう。おそらく、Akebia/大塚もこのような結果を望んでいたと思う。
Epをきっかけとして、サイトカインのクローニングが続いた時期に現役時代を過ごした人間としては、組み換え分子そのものではなく、それを誘導する化合物でEpと同じ効果を得たという結果は感慨深い。
この結果から、炎症により障害された腎臓では、HIFが働いていない状態になっており、HIFを安定化させる、すなわち低酸素状態にすることで、Epの転写が誘導されることがよく理解できた。
臨床的に見ると、毎日投与の経口剤ということで、状態を見ながらのさじ加減は楽かもしれない。ただ、Darbepoietinのように月一回で済むとなると、定期的に通院しているCDK患者さんにとっては、病院で投与してもらえること自体は苦にならないだろうし、安心かもしれない。そう考えると、CKD貧血治療剤としてEpを駆逐する力は弱い印象を持った。
さらに、Vadadustatは、腎臓だけでなく、全身の細胞を一種の低酸素状態に置くことになる。したがって、Epは誘導されても、他の作用が心配になる。52週間投与して、ほぼ問題がないということだが、注意が必要だろう。例えば、ガンの幹細胞を活性化させることはないのかなど、気になる問題は多い。
CKDという切り口では、最終判断は難しいが、しかし全身の細胞でHIFが低いレベルで安定化したら何が起こるのか、興味の尽きない薬剤だと思う。ぜひ、今回参加した患者さんのさらに詳しい追跡が望まれる。