チェックポイント治療など、ガンに対する免疫治療導入により、ガン治療の標的が、必ずしもガン細胞自体の増殖や転移に必須の分子だけではなく、ガンを異物と認識するのに役立つ分子へと拡大したことで、一つのガンに対して使える可能性の薬剤が増えると期待できる。
今日紹介するハーバード大学からの論文はこの典型で、ガンが免疫システムから逃れるために必須の分子を特定して、それを標的にした治療法を開発しようとした研究で5月5日Natureにオンライン掲載された)。タイトルは「Epigenetic silencing by SETDB1 suppresses tumour intrinsic immunogenicity (SETDB1によるエピジェネティックな遺伝子発現抑制はガンの免疫原性を抑える)」だ。
この論文は最初からガン細胞がホスト免疫機構から逃れるためのエピジェネティックスに絞って研究を続けている。エピジェネティックスに関わる936種類の遺伝子を標的にしたガイドを用いて、クリスパーで遺伝子機能をノックアウトするシステムを2種類のガン細胞に導入し、ガン細胞をマウスに移植、ノックアウトされると免疫機構にキャッチされる遺伝子リストをまず作成している。
逆にいうと、こうしてリストされる遺伝子はガンが免疫から逃れるために必須で、失うとすぐに免疫機構にキャッチされ、ガン細胞は増殖できなくなる。
この方法で2種類のガン両方でリストトップに躍り出たのがSETDB1で、抑制方のヒストンコードH3K9のメチル化に関わることが知られている分子だ。すなわち、この分子によるクロマチン構造変化により抑制される遺伝子セットが、ガン免疫の標的になることがわかる。
このようなドンピシャの分子がこれまで気づかれなかったのかと、ヒトガンの遺伝子データベースを調べてみると、この分子が増幅している細胞ほど、確かにチェックポイント治療の効果が落ちることがわかった。一方、他の抗ガン剤に対する反応性で見ると、この分子の発現はほとんど関係ない。
次にSETDB1によりメチル化されたH3K9により支配されている遺伝子を、クロマチン免疫沈降で調べると、LTR(long terminal repeat)を持つトランスポゾンが特に抑制を受けており、SETDB1ノックアウトで、これらのクロマチンがオープンになり、7割程度の領域ではH3K27のアセチル化も進んでいることがわかった。
SETDB1ノックアウトにより抑制が外れると、理論的に2種類の遺伝子発現が誘導されると考えられる。一つは、トランスポゾンのせいで抑制されていたホストの遺伝子、およびトランスポゾン自体の遺伝子だ。
不思議なことに、トランスポゾン近くに存在したため抑制していた遺伝子には、インターフェロン、NK細胞を活性化するリガンド分子、Fcγ受容体、さらにはMHCIなどガン免疫に関わる分子が多い。
また、予想通りトランスポゾンにコードされているgag, pol, envなどのレトロウイルス分子の転写も起こっていることが確認できる。
以上の結果から、ガン自体が多面的に免疫系に脆弱になることが予想されるが、SETDB1ノックアウトガン細胞の周りには、トランスポゾンによりコードされるペプチドがMHCIとが結合した複合体を認識できるCD8T細胞が出現していることを確認している。
結果は以上で、内在性のトランスポゾンを活性化させてガン免疫を誘導するという話は珍しくないが、SETDB1という明確な標的が見つかったことで、今後新しい治療戦略につながるのではと期待している。