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自閉症のゲノム研究1:ASDの人にだけ見られる変異(de novo変異)を探す(自閉症の科学45 )

2021年5月4日
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自閉症の科学再開の手始めは、マスク着用についての論文で、一般の人にも理解しやすいテーマだった(https://aasj.jp/news/autism-science/15523)。

これに対し、今日から何回かに分けて紹介したいと思っている領域は、自閉症スペクトラム(ASD)のゲノムについての研究領域で、おそらく、日々ASDと向き合っておられる臨床の先生方でも理解しづらい領域だと思う。それでもこの分野は最近急速な進展を見せており、ASD理解には避けては通れない。そこで、この分野の進展をできるだけわかりやすく紹介して、この進歩を感じ取って欲しいと思っているが、はっきりいって自信はない。わかりにくい点があれば、遠慮なくメールで質問して欲しい。

さて、今回のコロナ禍が始まったばかりの頃、「自閉症とゲノム」と言う講義を配信した(https://www.youtube.com/watch?v=wVrq5COGwcY&t=427s)。今回はこの時紹介した論文から始めようと思っているが、このYouTubeを見ていただいた北山さんから、「自閉症は遺伝子の多様性とごまかしてみても、変異体なのですね」という、胸にグサッとくるコメントをもらった。

考えてみると、ゲノムにしても遺伝にしても、生物の違いを追求する学問で、いくら差別的な言い回しを避けようとしても、この領域では区別や差別を避けて通れない。かわりに、ASDを遺伝的に区別する研究の意義をよく説明していく以外方法はない。

ASD に限らず、今の医学で、病気に関わる遺伝子の変化を発見することの意味は大きい。例えばガンを考えて見よう。普通、身体の細胞はむやみやたらと増えないように制御されている。ガンではこの制御が効かない点で、普通の細胞と区別されるが、この増殖性の区別を遺伝子の突然変異という区別にまで遡ることができる。このおかげで、今度は変異した分子を抑える薬物を使ってガンだけを区別して殺すことができる。すなわち、区別することで初めて、治療が可能になる。

ガンと比べると、ASDは、脳の神経ネットワーク形成というまだまだ科学及ばない領域の多い超複雑な過程の結果として現れる変化だ。だからこそ、確実な区別、すなわち遺伝学的な違いを求め、それを手がかりに複雑な過程を攻めることが重要になる。また、ASD発症に関わる具体的遺伝子が少しづつわかってくると、ASDの違いが脳発生の早い時期から見られることがわかってきた(これについてはこのシリーズで紹介していく)。

さて、ここまでASDのゲノムや遺伝子といった言葉を使ってきたが、少し説明が必要だ。一般的には遺伝子やゲノムと聞くと、親から子へと伝わる遺伝情報を思い浮かべるのが普通だが、ASDの発症に関わる遺伝子というとき、必ずしも親から子供へと伝達される遺伝情報を意味しない。すなわち、ガンと同じように、患者さんだけで新たに起こった変異(de novo変異)がASDの発症に大きな役割を演じていることが最近わかってきた。

もちろんAutism(自閉症)という診断名を提唱したカナーが述べているように、ASDの患者さんと同じ性質は親にも見られることが多く、また一卵性双生児でASDになる一致率は、10倍以上高まることから、親から子へと伝達できる生殖細胞レベルの遺伝要因が関わることは間違いがない。

事実、ゲノム研究が可能になった最初の頃の研究は、ほとんど親から子へと伝わる生殖細胞系列の変異に焦点が絞られていた。しかし最初のゲノム研究からASDと相関するとして発見された多くの変異は、ASDに特異的とは言えない変異が多かった。すなわち、正常人にも一定の確率で見られるため、変異というより、人間集団に見られる多様性の一つと考えることができる。そのことから、普通に見られるという意味で、コモン変異と呼んでいる。

ただ最近では、親から子へと伝わるコモン変異だけではASD発症には至らず、ASD発症を後押しする新たに起こった遺伝子変異が、ASD発症に必要ではないかと考えられるようになった。このような変異は稀にしか起こらず、普通、正常人では見つからないレア変異だ。

両親兄弟には存在しない変異がどうしてASDで見つかるのか不思議に思われるかもしれない。ただ、先に述べたガンのケースと同じで、母親の卵子、父親の精子ができる過程で起こる突然変異は、子供だけにしか現れないし、受精後でも早い段階で起こった突然変異は、多くの細胞に影響を及ぼし、結果として個体レベルで異常の原因になる。事実、このような変異はASD に限らず、多くの遺伝子の病気で見ることができる。ぜひ、親から子へと遺伝する病気と遺伝子の病気とは、必ずしも同じでないことを覚えておいて欲しい。

ではこのようなレア変異の重要性はどうしてわかってきたのだろうか?

実はこの背景に、ゲノム解読コストが下がり、病気の有無にかかわらず、詳しいゲノム解析が行われた人の数が急速に増加したこととがある。すなわち、調べる対象者の数を増やせば、当然稀なレア変異が見つかる確率は上がる。

これをフルに利用して、両親や兄弟には存在せず、ASDの子供だけに存在するレア変異を探索したのが、これから紹介するマサチューセッツ工科大学を中心に様々な研究機関が参加して行われた国際研究だ(図1:なおこの論文はウェッブサイトで完全に公開されているので、図などはぜひ参考にして欲しい。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7250485/)。

この研究では、遺伝子の中でも身体の中で働くタンパク質に翻訳されている遺伝子(エクソームと呼んでおりゲノム全体の5%程度)だけに焦点を当てて、ASD発症に関わりそうなレア変異を探している。

このためには、多くのASD患者さんのエクソームを親兄弟のエクソームと一緒に解読して、ASDだけで見られる変異を探す必要がある。この論文ではなんと1万人以上のASD患者さんと、2万人の正常人を調べ、ASDだけに見られるレア変異を探索している(私のような引退科学者にとって、これほどの数の人の遺伝子配列を解析できると言うだけで感動してしまう。正直なところ、この進歩に頭を追いつかせようと毎日青息吐息で走り続けているが、いつまでもつだろうか?)。

このような大規模解析を行うと、病気とは関わりなく親兄弟にはない新しい変異を見つけることができる。すなわち、私にも、あなたにも、このようなde novo変異は必ず存在する。だからASDで見つかったからといっても、それがASD発症に関わるかどうかはわからない。そこで様々な条件を加えて、最初のリストからASD発症に関わりそうな遺伝子に絞るコンピュータ上の作業が必要になる。例えば、他のASD患者さんで繰し同じ遺伝子の変異が見られる場合はASD発症に関わる確率が上がる。

この研究では、様々な条件をコンピュータで検討して、ASD発症に関わる可能性が9割以上という遺伝子を102種類特定している。このうち60の遺伝子は、これまで関連が指摘されたことがないということから、1万人以上の対象者を調べる大規模研究の重要性がよくわかる。

しかし102種類の違う遺伝子の変異がリストされるとは、多すぎないかと心配になる。同じ自閉症が現れる病気でも、MECP2遺伝子のde novo変異で起こるレット症候群(例えばhttps://aasj.jp/news/watch/6414を参照して欲しい)では、同じ解析を行えば、必ず原因遺伝子はMECP2に収束してくる。一方、臨床的な自閉症症状の有無だけを条件に探索を行うと、102種類もの遺伝子がリストされることは、ASDが実に多様な状態、まさに自閉症スペクトラムと考えられていることと一致する。

しかし、この研究で明らかになった102種類の遺伝子は全てASD発症に関わっているのだろうか?

実を言うと、この論文から明確な答えは得られない。ただ、いくつかの理由から、全てとは言わないまでも、かなり多くの遺伝子が実際ASD発症に関わっているのではと結論している。

理由その1

リストされた遺伝子の多くが発生の初期に脳で発現している。しかも、神経発生の遺伝子のスイッチを調節する遺伝子が半分以上を占め、残りの遺伝子も神経同士のコミュニケーションに関わる遺伝子が多い。この結果は、これまでASDが脳発生での神経ネットワーク形成異常で発生すると言う考えと合致する。

理由その2

細胞レベルでこれらの遺伝子の発現を調べると、抑制性神経細胞や、興奮性神経細胞に強い発現が見られる。これもASDが脳神経細胞の以上であるとする考えと合致する。

理由その3

リストされた遺伝子の多くは、他の精神疾患でも本人に新たに起こった変異として特定されているケースがある。

他にも、これらの遺伝子のASD発症への関わりについて、様々な証拠を提出しているが、これらは全て状況証拠だ。すなわち、せっかくゲノム解析からASDの発症に関わる可能性のある遺伝子を選び出せても、一つ一つの遺伝子の機能から分かりやすいシナリオを皆さんに示すことは、これほど脳科学が進んだ現在でも難しい。結局「レア変異はコモン変異より直接的にASD発症に関わる可能性が高い」ことを示して、論文は終わっている。

では、このような遺伝子の機能を推察し、自閉症との関わりの解明を目指して、少しでも前進するにはどうすればいいのか。次回は、この問題に取り組んだ論文を紹介しながら、自閉症のゲノム研究を見て見よう。

5月4日 脳のリンパ管システムの機能を高めてアルツハイマー病の抗体治療の有効性を上げる(4月28日 Nature オンライン掲載論文)

2021年5月4日
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エーザイのAβに対するモノクローナル抗体薬は、現在FDAをはじめとする世界各国の医薬品審査機関に認可申請中と聞くが、Aβを抗体で掃除してしまおうと言うアイデアは古くから存在し、それを目的にした多くの薬剤が開発されてきた。ただ、アルツハイマー病の薬剤開発の難しさから、エーザイの抗体薬を残して、ほとんどの抗体薬が挫折した状態だった。その意味で、よく諦めずにここまでこぎつけたとエールを送りたいが、おそらく先にはまだまだハードルが待ち受けているだろう。

ただこのような治療が現実味を帯びると、それが引き金になって、様々な観点からAβ抗体治療の検討が始まると期待できる。今日紹介するバージニア大学からの論文は、まさにそんな例だろう。タイトルは「Meningeal lymphatics affect microglia responses and anti-Aβ immunotherapy(髄膜のリンパ管システムはAβ免疫治療に対するミクログリアの反応に影響する)」で、4月28日Natureにオンライン掲載された。

脳内にリンパ管システムが存在することが発表されたのはついこの前(2013年)のことで(https://aasj.jp/news/watch/608)、このシステムが睡眠中の脳の老廃物の排出に関わることを知って本当に驚いた。当然の帰結として、アルツハイマー病(AD)など変性タンパク質が蓄積する病気は、この老廃物排出システムの影響を受けると考えられる。

この研究では、ヒトAβを過剰発現させたADモデルマウスの髄膜リンパ管システムを精査し、高齢にになるとリンパ管システムが障害され、その程度に比例してAβの蓄積が見られることをまず確認している。正常マウスではリンパ管の変化は少ないことから、Aβの蓄積はリンパ管にも障害を与え、その結果またAβ沈着が促進すると言う、悪いサイクルが進むことを発見した。

モノクローナル抗体治療が現実味を帯びる前なら、これで話は終わっていたと思うが、このグループはタイムリーにも抗体治療の効果と、髄膜リンパ管の機能の関係を調べている。リンパ管除去には、網膜異常血管の除去に使われるビスダインを、血管ではなく脳脊髄腔に投与、リンパ管をラベルした後、光を当てて除去する方法を用いている。この方法では、他の脳内リンパ管や血管はそのまま、髄膜リンパ管だけが障害される。

この方法でADモデルマウスのリンパ管を除去すると、抗体投与によるAβの除去効率が著しく低下し、認知機能の低下も促進されることを示している。ただ、最初考えたように単純に老廃物排出が上がるのではなく、リンパ管の機能が存在することで、血管から髄液腔への抗体の浸透が高まることを明らかにしている。

Single cell RNAsequencingを駆使して、この変化が、リンパ管が障害されることで、ミクログリアが活性化されることによる可能性を示唆しているが、これについては検討不十分だろう。

重要なのは最後に抗体を投与すると同時にリンパ管形成を促すVEGF-Cを産生するウイルスベクターを投与する実験を行い、リンパ管内皮が刺激されることで、ミクログリアの活性化が抑えられ、Aβの蓄積量が低下することを示している点だ。また、ApoEを含む、様々なアルツハイマーリスク遺伝子がリンパ管にも発現が見られることから、Aβ抗体投与単独ではなく、様々な方法でリンパ管の機能を高める治療が必要になることを示唆している。

抗体薬ができたとしても、ADは長丁場の病気だ。是非様々な挫折を経て世に出た抗体薬の効果を高める治療法がもっともっと開発されることを期待する。

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