昨日に続いて、米国国立衛生研究所が中心に行ったチェルノブイリ事故による放射線暴露の影響についての研究で、今日の焦点は、両親の被曝は生まれてくる子供に影響があるのかという問題だ。
昨日紹介した甲状腺ガンで見られるゲノム変異は、原子炉の爆発で飛び散った放射線ヨードを吸収した甲状腺が直接受けた放射線照射の結果で、内部被曝と呼ばれている。これに対し、爆発時の放射線暴露、あるいは事故処理時に受ける放射線による被曝は外部被曝で、今日紹介する論文は、原子炉の事故処理に当たった人や事故時強い放射線を浴びた人たちのへの放射線の影響を、被曝した人たちから生まれた子供に見られるゲノム変異を指標に調べた研究だ。タイトルは「Lack of transgenerational effects of ionizing radiation exposure from the Chernobyl accident(チェルノブイリ事故の放射線の影響は、次世代の子供には見られない)」だ。
この研究では0-4Gy(平均0.36Gy)の照射を受けた父親、あるいは0-0.55Gy(平均0.019Gy)の照射を受けたと推定される母親から生まれた子供の血液を調べ、親には認められない子供独自のde novo変異がどの程度あるか調べることで、両親の生殖細胞ゲノムへの放射線の影響を推定している(胎内被曝とは異なることに注意)。
DNAが放射線により切断され、その修復過程で様々な変異が発生することは、昨日紹介した内部被曝の論文からも明らかだが、トータルで0.5Gyといった低線量の持続的被曝の影響を調べるのは難しい。
事実、知り合いの長崎大学医学部の宮崎先生たちは、爆心から1kmで被曝し、その後明確に急性放射線障害を示した父親から生まれた3人の子供と両親について全ゲノム解析を行い、子供だけに検出できるde novo変異は、若干の増加傾向はあるが、統計的には被曝していない平均値と違いがないという結果を報告している(Horai et al, J. Human Genetics 63:357-363, 2018)。すなわち、正常発生後という選択がかかっているとしても、予想外に放射線照射の精子や卵子への影響は少ないことを示している。
宮崎さんたちの研究で解析していたのは3人だったが、今日紹介する論文ではなんと130人の被曝2世と、両親の全ゲノム解析を行い、子供だけに見られるde novo変位の数とタイプについて探索している。
結果は次のようにまとめられる。
- 1度に2−4Gyという線量で行われる動物実験と異なり、原発事故で見られる被曝状況では、どのタイプの変異についても、放射線照射によりde novo変異が増加しているということはない。
- また、蓄積被曝線量とde novo変異の数も相関がない。
- 一方、同じ子供で父親の年齢とde novo変異の数を比べると、年齢が高くなるほど変異数が増える。
- 両親の喫煙もde novoの変異とは強く相関しない。
これは宮崎さんたちの長崎原爆による被爆者の結果と一致しており、結論的には全身被曝で、放射線による障害が出たとしても、次世代の子供のde novoの変異数には影響がないという結論になる。
ただ、この結果は放射線障害が存在しないことを示しているのではない。昨日見たように、放射線は量依存的にDNAを切断する。従って、特定の遺伝子に限って、放射線照射の影響を見ると、放射線にさらされると確率的に必ず変異は上昇する。ただ、私たちの細胞は毎日分裂し、mRNAに転写される。この時に生じるストレスによる変異は、放射線被曝による変異数を遥かに凌駕しており、放射線効果が薄まっているだけのことだ。
2日にわたって、チェルノブイリ原発事故のゲノムへの影響に関する研究を紹介したが、不幸な事故を人類の遺産として守るためには、地道な科学的蓄積が必要なことがよくわかる論文だった。