この論文を読むまで、全ての抗体はFc領域のSS結合により2量体を形成し、VHVLを含むFab領域はH鎖のヒンジ領域のおかげで自由に動けるのだと思っていた。ところがFcだけでなく、Fab部分でもなんらかの機構で結合が起こってしまって、抗体がI型をとって、合体したFab全体が一つの抗原に結合する形の抗体が存在し、ほとんどの場合グリカンを認識していることがわかっていたようだ。
今日紹介するヂューク大学ワクチン研究所からの論文は、グリカンやグリコシル化されたウイルス感染によりI型の抗体ができる過程を調べた研究で5月27日号のCellに掲載された。タイトルは「Fab-dimerized glycan-reactive antibodies are a structural category of natural antibodies(Fab領域で2量体化したグリカン反応性の抗体は自然抗体の一つのカテゴリーを形成する)」だ。
Fabで2量体化したI型抗体(FDG)が存在することを知らなかったのは私だけで、HIVのワクチン開発に関わる人にとっては当たり前の話だったようだ。中でもHIVの糖鎖修飾を受けたenvに対する抗体2G12は有名だったようで、HIV-Envにナノモルレベルの親和性で結合するFDGとして研究されていた。このような変形型の抗体の場合、なぜFab同士が結合できるのかが問題になるが、これまではVH部分が他方のFabとクロスするスワップと呼ばれる機構でFDGが形成されるとされていた。
この研究では、HIV-Envと同じグリカンを抗原にしてアカゲザルを免疫し、得られたモノクローナル抗体をクライオ電顕で観察して、実際にどの程度I型の抗体ができるか調べ、4種類の抗体のうち3種類がI型をとれることを示している。
それぞれの抗体について、I型になる機構を調べると、スワップがなくても、抗原との結合、あるいはVHのシステインを介して共有結合してI型をとることを示している。以上の結果から、グリカンの場合、両方のFabが同じ抗原に結合するI型をとったときに結合力が高まることを示している。
次に、HIVに感染した患者さんからグリカン反応性のB細胞を分離、7種類の抗体を遺伝子から再構成すると、なんと3種類がI型をとることがわかった。また、VHのシステインを介してI型を取る抗体も、抗原により選択されていることを示している。
最後にサルへのエイズウイルス感染実験を行い、感染後50日目のリンパ球から、中和抗体が分泌され、これも同じI型をとることを示している。
詳細は省くが、これらの抗体のV遺伝子を調べると、おそらく自己のグリカンに対して弱い刺激を受けていた自然抗体のレパートリーの中から、抗原や感染により、より高い親和性を持つように突然変異を蓄積したクローンが選択され、感染防御に寄与していることも示している。
もともと、グリカンに対する自然抗体が、より強く選択された抗体なので、グリカンが結合しているタンパク質にかかわらず反応する。今回用いたHIV-Envのグリ間に対する抗体は、ウイルスから酵母まで、様々な病原体に対して広い親和性を持っており、中和活性はないが新型コロナウイルスにも結合する。
以上のことから、このタイプの抗体のレパートリーをあらかじめ用意するか、グリカンに対する抗体を誘導するワクチンをあらかじめ作っておけば、病原体特異的なワクチンが出回るまで、人々を強い感染から守れる可能性を議論している。
いずれにせよ、抗原に結合してI型の立体構造を示す抗体が存在することを初めて知った。そして、様々な方向からワクチンの可能性が試されていることもよくわかった。
今回のパンデミックの教訓から、我が国でもワクチンへの投資が行われるようだが、ワクチンは、この論文にもみられるような、基礎的な研究の積み重ねの上にある。これをどう実現するのか、明確なビジョンを新しい世代が示すことが重要だろう。