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5月12日 チェルノブイリ事故後に発生した甲状腺ガンのゲノム解析(4月22日 Science オンライン掲載論文)

2021年5月12日
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チェルノブイリ原発事故が起きたのは1986年で、放射線が人体に及ぼす影響についての研究は、35年たった今も続けられている。重要なのは、例えば甲状腺ガンの発生頻度が高まるといった疫学的結果を、細胞や動物をモデルとして明らかになってきた放射線障害のメカニズムとリンクさせることで、特に大規模ゲノム研究が可能になった今、放射線の人体への影響について理解が深まると期待される。

この期待に応え、2編の論文が4月22日のScienceに米国国立衛生研究所から発表された。今日、明日とそれぞれの論文を紹介することにした。今日紹介する論文は事故後、特に児童で発生が急上昇した440例の甲状腺ガンサンプルの前ゲノム解析を行った研究で、タイトルは「Radiation-related genomic profile of papillary thyroid cancer after the Chernobyl accident(チェルノブイリ事故後、甲状腺乳頭ガン発生に関与した放射線によるゲノム変化のプロファイル)」だ。

この研究では、放射線障害を受けた時、どのようなメカニズムで遺伝子変異が起こるのか、そしてそれがどのようにガンを誘導するのか、について明らかにすることだ。

放射線暴露とは無関係に発生する甲状腺ガンのゲノムについては既にデータベースができており、突然変異の数は極めて少ないこと、さらにガンのドライバーとしてはほとんどがMAPキナーゼ経路の遺伝子の異常活性によることがわかっている。

今回解析した440例については、被曝した場所などから、推定の被曝量を計算し、これまで影響がないとされている100mGy以下、100−200mGy、200−500mGy、そして500mGy以上に分けて、変異と被曝量の相関が取れるようにした上で、440例のガンサンプルとともに、同時に採取した血液サンプルや、正常組織のについて、全ゲノム解析を、高いカバー率で行っている。これほどの解析が行えるようになるとは、事故当時想像だにできなかった。

結果は次のようにまとめることができる。

  • まず放射線量と相関する変異の種類だが、挿入や欠失、および構造的変異と呼ばれる、大きな変化が多い。
  • 挿入、欠失のタイプを調べるとID8と呼ばれる、DNA切断の後におこる非相同末端結合により生じたタイプの挿入欠失が多く、相同組み換えや、マイクロ相同性を利用する代替末端結合の関与はほとんどない。
  • 被曝とは関係のない甲状腺ガンと同じで、ガンのドライバーについてはMAPキナーゼシグナル経路に集中している。
  • 遺伝的変位以外のエピジェネティック過程に、被曝による影響は全くない。
  • 発ガンのドライバーの活性化を誘導する変異には、はっきりと放射線による影響が認められ、なんと41%が遺伝子融合によりドライバーが活性化される。また、このような融合の起こる頻度は、放射線量と創刊している。

以上の結果から、甲状腺に大量の放射性ヨードを取り込むことで起こった、ランダムなDNA切断を修復する過程で、挿入欠失、構造変異などが多発し、この変化がたまたまMAPキナーゼシグナル回路に関わる遺伝子をヒットしたとき、ガン化のスイッチが入り、後様々な遺伝子変異が重なって、潜伏期間ののちに癌が発症するというシナリオが示された。

考えてみると、広島や長崎の原爆被爆後、8年ぐらいに、Bcr―Ablの融合遺伝子による慢性骨髄性白血病のピークが来たことも、同じように理解できると思う。

このように大規模ゲノム検査により集まる知識は、不幸な事故によるとはいえ世界遺産として長く維持される知識だ。その意味で、我が国の被爆者についても、このような大規模ゲノム研究が行われ、世界遺産として維持されることを期待している。

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