まだ言葉を理解できない幼児期にも、子供は様々な形で母親との密接なコミュニケーションを図っている。その中の重要な手段の一つがMothereseと呼ばれる、お母さんが幼児に向かってゆっくり、優しく、心を込めて話しかける言葉だ。これを聞くと、幼児でなくても心が暖かくなるのだが、他人とのコミュニケーションが苦手な自閉症スペクトラム(ASD)の子供では、Mothereseに対する反応も、典型児とは異なっている可能性がある。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は寝ている幼児のMothereseを含む様々な声に対する反応を、機能的MRI(fMRI)に用いて調べ、予想通りMothereseに対する反応が低下していることを明らかにした研究で、1月3日Nature Human Behaviourにオンライン掲載された。タイトルは「Neural responses to affective speechi, including motherese, map onto clinical and social eye tracking profiles in toddlers with ASD(Mothereseを含む気持ちのこもった言葉に対する神経反応は、自閉症幼児のアイトラッキングによる臨床的、社会的反応と対応させられる)」だ。
この研究ではまず、2歳前後の典型児およびASD児が睡眠中に、1)比較的淡々とした話しかけ、2)少し心を込めた話しかけ、そして3)Mothereseを聞かせ、そのときの脳の反応を記録し、それぞれの話しかけ方に対する反応の違い、およびASD児と典型児の反応の違いを比べている。
それぞれの話しかけ方については、前もって成人に聞いてもらって、Mothereseが最も気持ちがこもって聞こえることを確認している。また面白いことに、典型児と成人でそれぞれの言葉を聞いたときのfMRIの反応にも大きな違いはない。Mothereseに私たちが抱く気持ちは一生続くようだ。
次に、ASD児と典型児の反応を比較すると、典型児で見られる左右の言語野の反応が低下している。この結果がこの論文のハイライトになるが、ただ論文ではあまり議論されていない気になるポイントがいくつかあった。まず、典型児でそれぞれの話し方に対する反応の違いを見ると、それほど大きな差はない点だ。例えば語りかけが聞こえる方向への視線の固定など、行動ベースではmothereseに強い興味を示すという点で差があるのに、fMRIの反応自体はそれをあまり反映していない様に思える。一方、ASD児の言語野での反応は典型児と比べると低下しているが、言語野に隣接する左後側頭部に、特にMothereseを聞いたときに強い反応が見られており、ASD児でMothereseに対しては強い反応が見られるのではと興味を惹いた。一方、同じ後部側頭葉でも右側では、Mothereseに対する反応が低下している。今後は是非このあたりをもう少し議論してほしいように思う。
ただ、典型児、ASD児の反応のばらつきは大きい。そこで、他の行動異常と相関させる工夫を行っている。例えば、各児の社会性のスコアをfMRIでの変化とプロットすると、左脳言語野の反応との相関がはっきり見られる。
そこで、similarity network fusionと呼ばれる手法で、脳fMRI反応や行動などをベースに、各児をクラスターに分けると、cluster 1(典型児)からcluster 4(ASD児)まではっきりとわけることができ、話しかけが聞こえる方に視線を固定するテストでは、クラスター4の反応が図抜けて落ちている、すなわち話しかけに対する反応が落ちていることがわかった。また、クラスター4では先に述べたfMRIによる右脳後部側頭葉のmothereseに対する反応がはっきり低下していることも示している。
結果は以上で、脳のmothereseに対する反応という点では、まだ解析は深まっていないように感じた。すなわち、脳の機能と症状の相関の原因を追及することはまだまだ難しい。しかし、言語野の反応や、それに隣接する後部側頭領域の反応では、mothereseに対する反応ははっきりと違っているようなので、2歳児という早い段階での脳を調べる意味で、期待している。