過去記事一覧
AASJホームページ > 2022年 > 1月 > 14日

 自閉症の科学49:自閉症幼児はお母さん言葉への反応が低下している(1月3日 Nature Human Behaviour オンライン掲載論文)

2022年1月14日
SNSシェア

(この文章は、1月8日論文ウォッチで紹介したものを、解説を加えて自閉症の科学として再掲載した文章です。)

久しぶりに自閉症の科学として紹介したいと思った二編の論文を、新年早々見つけることができた。すでに論文ウォッチとして1月8、9日連続して紹介したが、おそらく理解しづらい点も多いと思うので、自閉症の科学として、できるだけわかりやすく書き直すことにした。

最初の論文は、Mothereseと呼ばれる、お母さんが幼児に話しかける時に使う心のこもった呼びかけに対する、自閉症スペクトラム(ASD)幼児の反応を脳科学的、行動学的に調べた、カリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文だ。1月3日Nature Human Behaviourにオンライン掲載され、タイトルは「Neural responses to affective speechi, including motherese, map onto clinical and social eye tracking profiles in toddlers with ASD(Mothereseを含む気持ちのこもった言葉に対する神経反応は、自閉症幼児のアイトラッキングによる臨床的、社会的反応と対応している)」だ。

  • 最近のASDに関する論文では、神経多様性の観点から、ASDと正常グループと分けることはせず、典型グループとASDグループと分けるようになっている。ここでもこの表現を踏襲する。

注)まずタイトルにあるmothereseから説明しよう。Mothereseはあらゆる文化で見ることができる、幼児に話しかける時、自然に使ってしまう、ゆっくりしたテンポで、抑揚のついた、うわずった声の独特の話し方のことを指す。そう聞けば誰でもどんな話し方か思い当たるのではないだろうか。これは幼児への話しかけに使われるのだが、大人が聞いても、ほっとするし、実際脳の反応も異なることが報告されている。

もし感情と言葉が合体したMothereseの脳への影響が普通の言葉と違うとすると、他人とのコミュニケーションが苦手な自閉症スペクトラム(ASD)の子供では、Mothereseに対する反応も、典型児とは異なっている可能性がある。この可能性を、脳の機能的MRI(fMRI)と、視線を追いかけるアイトラッカーを用いた行動記録から調べたのがこの研究だ。

注)fMRIは、活動している脳領域の血流が上昇することを利用して、脳の活動を調べる方法。言葉の場合、読んだり聞いたりしているとき、あるいは言葉を使って書いたり話したりしているとき、いずれも、脳のどこが活動しているかがわかる。測定時に頭を固定する必要があるため、じっとできる大人では起きているときに測定することができるが、それが難しい幼児では通常睡眠時に測定する。睡眠中でも、音を聞くと脳は反応し、fMRIで記録することができる。

この研究ではまず、

  1. 比較的淡々とした文章、
  2. 少し心を込めた文章、
  3. Motherese文、

を女性に読んでもらったテープを作成し、これらを聞かせたときの印象や脳の反応を調べている。

それぞれの語り方を成人に聞かせると、成人もMothereseを聞いたときに最も気持ちがこもった印象を持つことを確かめている。すなわち、それぞれの語り方にこもった感情の違いを感じることが出来る。

ところが、3種類の語り方を聞かせたときの典型成人と幼児の脳(言語に関わる領域)の反応をfMRIで調べると、それぞれの語りかけに対する言語領域の反応はほとんど変わらない。ちょっと不思議な気がするが、感情と言語とを別々に処理していると解釈できる。

ところが、2歳前後の典型児およびASD児の睡眠中に同じテープを聴かせ、典型児とASD児の言語領域の反応の違いを調べてみると、ASDの幼児では全ての語り方に対する言語野の反応が低下している。

以上の結果は、感情がこもったMonthereseですら、言葉に対してASDの子供の言語領域がうまく反応してくれないことを示しており、ASDの幼児には感情を込めて話しかければいいという単純な話が通らないことを示している。睡眠中の実験であることを考えると、生まれついて語りかけられる言葉に対する反応に問題がある可能性が高い。

とは言え、典型児ですら言語領域の反応はばらついている。そこで、個々の児童の言語領域の反応と、Vinelandと呼ばれるコミュニケーションや、社会性を評価する指標の相関を調べてみると、典型児でも、個々人のレベルでは特に左側の言語領域の反応が、個人の社会性や言語能力と相関していることがわかった。

そこで、ASD児でも、それぞれの話しかけに対する行動学的な差がないかを調べるため、テープが聞こえる方向に視線を向け、固定するかどうかについてアイトラッカー(視線の変化を記録できる装置)を使って調べると、典型児ではMothereseの方により強い関心を示すのに、驚くことにASD児では、他の語り方に比べてMonthereseに対する反応がさらに低下していることがわかった。すなわち感情がこもっている言葉と他の言葉を区別できているのに、感情がこもっている方を嫌っている印象がある。

このように、個々人の行動を調べていくと、期待したように典型児ではMothereseに対する関心が高いことがわかったので、Mothereseに関心を示す程度を指標化して、fMRIの反応の違いと相関させてみると、これまでのテストでは感情と相関しないように見えた言語領域、特に左側の反応が、典型児でも相関を示すことが分かった。ところが、このような相関はASD児では全く認められない。

以上の結果から、平均値で比べると感情と言語に対する反応が相関しないように見える典型児でも、個々人を比較すると、ある程度の相関が見られることがわかる。しかし、ASDではMothereseを嫌っているように見えるが、それが脳の言語に対する反応とはっきり相関しない。

そこで最後に、fMRIでの脳の反応、言語能力や社会性について調べた指標、アイトラッカーによるMothereseへの関心、など様々な要因を統合できるSNF-Louvainアルゴリズムを用いて個々人を分類すると、典型児からASD児までを4群に分けることが出来、それぞれの群は、この研究で調べた様々な指標をうまく反映できていることを明らかにしている。

結果は以上で、正直私にとっても理解しづらい論文だという印象が強かった。ましてや、一般の方がそれぞれの結果をすっと飲み込むのはさらに難しいはずだ。しかし、読み終わってからじっと考えてみるといくつか重要なポイントが浮かんでくる。

  1. まず、問題はあるにせよ2歳時点で、典型児とASDをかなり正確に分離する方法が見つかったこと。将来医学的な介入を考えるとすると、早ければ早いほど介入が成功する可能性は高い。
  2. 典型児では、Mothereseのように感情がこもった言葉でも、言語領域の反応は、感情が抑えられた言葉に対する反応と変わりが無い。すなわち、言語野の反応は感情とは無関係に反応する。 
  3. アイトラッカーを用いた関心の高さを指標にすると、典型児は言葉にこめられた感情を感知することが出来る。これがあらゆる文化でMothereseが存在する基盤になっている。
  4. しかし、この感情が言語にかぶさって来ることを、ASD児は嫌っている。従って、単純に愛情を持って話せばASD児とコミュニケーションを図れると考える根拠はない。
  5. 眠っているときに言葉に対する反応がASD児で低下していることは、ASD児の脳が生まれたときから持っている、典型児との違いであることを示している。

かなりわかりにくい論文だが、ASD児、特に幼児の理解という点では様々なヒントが得られるような気がする。

次回は、ASDと抑制性神経細胞について考える。

1月14日 アフリカのホモサピエンス化石の時代検定の重要性(1月12日 Nature オンライン掲載論文)

2022年1月14日
SNSシェア

アフリカでホモサピエンスが生まれたことに異論を唱える人はいない。ただ、様々なホミニンが存在していたと考えられるアフリカで、最終的にユーラシアに移動したホモサピエンスが形成されたのかはほとんど分かっていない。というのも、ホモサピエンスが生まれたアフリカ内ですら、ユーラシア移動前のホモサピエンスの化石は数えるしかない。

この中で最も古いと言われているのがモロッコIrhoudで発見された約30万年前の化石で、それに続いてやはり30万年前後のケニアEliye Springの化石が存在し、これから30万年前にはホモサピエンスがアフリカ中に広がっていたと結論されている。ただ問題は、発見された骨は完全で無いため、これが本当にホモサピエンスかどうかも議論が続いている。これらに対し、1966年にエチオピアOmo Kibishで発見された化石は、頭蓋の形態から異論が無いという意味で、現在も最も古いホモサピエンスを代表している。

以上、おそらく現代型のホモサピエンスの前に、初期段階の様々な形態が存在し、これらはネアンデルタール、デニソーワ、そしておそらくハイデルベルグ原人などから70万年前ぐらいに分かれたと考えられている。

今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は、確実にホモサピエンスと誰もが認める化石が出土したOmoKibishの地層を再検討し、これら初期ホモサピエンスが生きていた時代を20万年前と特定した研究で、1月12日、Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Age of the oldest known Homo sapiens from eastern Africa(知られている最も古い東部アフリカのホモサピエンスの時代検定)」だ。

タイトルから、モロッコやケニア出土の化石はまだホモサピエンスと認めないぞといったニュアンスが感じられるが、いずれにせよ、Omo Kibish出土の化石の時代考証は今も議論が続いているようだ。

エチオピアの化石は800kmほど離れた場所から発見されており、発見された地層の岩石に中性子を照射、新しく生成したアルゴン39と、天然の崩壊で出来るアルゴン40を比較して行う年代測定から、それぞれ19.7万年、16万年と算定されていた。

この化石の年代測定の鍵を握るのが、近くのShala湖カルデラの噴火により各地に降り積もった火山灰を、地質学的に相関させる作業で、この研究では大噴火で形成された、様々な土地の地層と、Kibish化石のすぐ上にある軽石地層との相関を決めることに成功している。そして、この噴火による軽石地層から大きさをそろえたガラスクリスタルを調整し、アルゴン法による年代測定で、Kibish化石の年代は、これまで言われていたより3万年ほど古い、23.3万年前と結論している。

以上の結果から、Omo I、IIとひとくくりで扱ってきたエチオピアの化石は、23.3万年前のKibish化石と、16万年前の新しいHerto化石として扱うべきと結論している。

実際には、完全に地質学の研究で、アフリカホモサピエンス形成過程を調べることが、多くの分野が統合されて初めて可能になる大事業かを認識させる研究だった。

カテゴリ:論文ウォッチ
2022年1月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31