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自閉症の科学50:感覚異常と抑制性介在神経細胞 (1月5日号Science Translational Medicine掲載論文)

2022年1月16日
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(この記事は、1月9日論文ウォッチで紹介したものに加筆してよりわかりやすくし、自閉症の科学50として再掲したものです。)

典型人と比べたとき、自閉症スペクトラム(ASD)では脳ネットワークに何か共通のの違いがあることは疑う人はいない(共通の違いという点が重要!個別に見れば脳ネットワークは一人一人違っている)。

ASDはスペクトラムと称されているように、多様性が高く、神経多様性概念が拡がるきっかけになった。また、遺伝要因や個人の変異を調べるゲノム研究でも多様性が明らかで、多くの頻度の高い遺伝子多型とともに、希な変異も発症に関わる、多様な状態であることもわかっている。

このような多様性にもかかわらず、ASDには、社会性、言語能力、行動などで共通の症状が存在している。すなわち、このような症状の元になる脳回路の変化が存在する。にもかかわらず、現在まで「これが典型児との違いです」と病理学的に明確な変化が示されたことは全くない。

ただ最近になって、典型児と比べたときASDではGABA作動性の抑制性介在神経の数や活性に違いがあるのではと言う証拠が示されるようになってきた。

注1) GABA作動性抑制性介在神経は、短い範囲をカバー(神経軸索の長さが短い)するニューロンで、GABAを神経伝達因子として用いて、シナプス興奮を抑える役割を持つ。これにより、神経興奮と抑制のバランスが維持される。発現している分子(パルブアルブミンとソマトスタチン)の差で2種類に分けられる。

幸い最近、ASDと介在神経についてまとめた総説がシカゴのノースウェスタン大学から発表されたの図1)。まずこれにもとづいて、ASDの介在神経異常についてまとめ、その後で新しい論文を紹介してみよう。

  1. ASD死後解剖例の解析から、解剖学的にはほとんど異常は認められないが、パルボアルブミン(PV)陽性介在神経の低下が見られる。
  2. ASD様の症状を発症する遺伝子欠損マウスモデルでも、介在神経数の低下が見られる。
  3. 遺伝子多型解析でASDとの相関が認められる多くの遺伝子が、介在神経とその発生途上で発現が見られる。
  4. MECP2遺伝子欠損によって起こるRett症候群などでは、介在神経機能低下による、脳領域の過興奮(時にてんかん)や、同期的興奮が見られる。
  5. 介在神経が強く関与する振幅の短いγ波がASDでは上昇し、感覚異常やコミュニケーション異常に関わっている。

以上がまとめで、ASDに見られる感覚異常とGABA作動性介在ニューロンがつながってきたことは、薬理学的治療の可能性まで視野に入る重要な進歩だと期待されている。

このHPでも、脳内には到達しないGABAシナプス刺激剤を投与すると、モデルASDマウスの感覚異常が改善され、ASD様症状が抑えられることを明らかにした論文(https://aasj.jp/news/autism-science/11245)や、細菌叢がASDの症状に関わるのもGABA作動性の抑制神経の活動が低下しているためである可能性を示す論文を紹介してきた(https://aasj.jp/news/watch/10310)。

今日紹介する英国キングズカレッジからの論文は(図2)、ASDのGABA 作動性抑制神経と、感覚異常に注目し、治療可能性まで示した重要な研究で、1月5日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「GABA B receptor modulation of viual sensory processing in adults with and without autism spectrum disorder(ASDおよび正常成人の視覚処理はGABA B受容体により変化させられる)」で、「自閉症の科学50」として紹介する。

この研究を紹介する前に、Spatial Suppressionと、プロトンMRSと呼ばれる脳内分子測定法について少し解説する必要がある。

注2)Spatial suppression:図3に示すように、コントラストの差や、背景と対象物のパターンの類似性などにより、対象物の見え方が異なる。このように、背景や対象物を変化させて、同じ対象物でも見づらくなることを、spatial suppressionと呼んでいる。不思議なことに、ASD児ではspatial suppressionにあまり影響されないことが知られている。

注3)プロトンMRS:正直、原理については私も理解できていないが、特定の場所に含まれる分子を、組織を傷害すること無く核磁気共鳴を用いて測定する方法で、代謝や神経伝達物質の測定に用いられる。この研究では視覚野でのGABAの量を測定している

例えば対象物のコントラストを下げたり、逆に背景のコントラストを落としたりしてspatial suppressionにより視覚認識を邪魔すると、典型人の認識力はsuppressionが高いほど当然低下する。ところが、ASDの人では、このような低下があまり認められないことが知られていた。

この研究の目的は、ASDでspatial suppressionが低下することを確認することと、GABA作動性ニューロンの活動低下が相関しているか調べることだ。このため、実験では典型人、ASDを3群に分け、1群は何もしない、2群は少ない量のGABAシナプス刺激剤、そして3群に高量の刺激剤を服用してもらい、spatial suppressionテストを行ったときの脳波を記録、視覚認識が低下するかどうかを調べている。

この実験により、

1)典型人でspatial suppressionによる視覚認識低下がGABA刺激で改善するのか、

2) ASDで予想されるspatial suppressionの感受性低下がGABA刺激で改善するのか、

について答えることができると期待される。

結果だが期待通りで、GABA刺激剤を投与していない場合、典型人ではspatial suppression が高めると、視覚野での脳波の変化をキャッチできるが、ASDではこの変化が見られない。すなわち、ASDの視覚認識は、spatial suppressionに影響されない。

ところが、高い濃度のGABAを刺激する薬剤を投与したグループでは、この反応パターンが逆転し、ASDではspatial suppressionに強く影響を受けるようになるのに、典型人ではspatial suppressionの影響が消える。

解釈は難しいが、この結果はGABA刺激の量が、spatial suppression の程度を調節していることをはっきりと示している。すなわち、ASDでも典型人と同じレベルにGABA刺激を高めてやると、視覚の認識異常が正常化することがわかる。

典型人で同じ量のGABA刺激剤を服用すると、spatial suppressionが見られなくなるのは、おそらく刺激が過剰になると回路がうまく働かないことを示しているのだろう。すなわち、介在ニューロンの一定レベルの活動が、spatial suppressionには重要で、GABA量が低くても、高くてもうまく働かないが、ASDではこのレベルが低いと結論できる。

このようにGABAの量によりspatial suppressionが調節されていることを確認した後、プロトンMRS技術を用いて、spatial suppression課題を行っているときの、視覚野でのGABA濃度を測定している。結果は完全に期待通りで、spatial suppressionによる脳波の変化と、GABA濃度の間には強い相関が見られる。そして、ASDでは、GABA濃度の上昇が見られない。

以上の結果から、ASDの視覚感覚異常には、GABA抑制性神経の活動の低下が深く関わることが証明されたと思う。以前紹介したように、マウスモデルでは体性感覚野異常にGABA作動精神系が関割ることが示されており((https://aasj.jp/news/autism-science/11245)、おそらくほとんどの感覚で抑制性介在神経異常がASDで見られると考えて言いように思える。

脳内のGABAレベルを上げることが可能かどうか私には判断できないが、 細菌叢への介入を通して、GABA作動性の抑制神経の活動を正常化する可能性を示す論文も存在している(https://aasj.jp/news/watch/10310)。その意味で、GABAを標的にした様々な治療法開発も視野に入ってきたのではと期待している。

正月早々、面白い論文を2編も紹介でき、満足している。

1月16日 嗅覚受容体はマクロファージに発現し、動物脂肪由来の分子を嗅ぎつけて動脈硬化を悪化させる(1月14日号 Science 掲載論文)

2022年1月16日
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つい3日前、嗅覚受容体の一つが乳ガンに発現して、悪性化を誘導するという論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18764)。驚いたことに、ガンだけでなく嗅覚受容体が臭い感知以外にも役割があるのではと考えて研究が行われているようで、今日紹介するLa Jolla免疫研究所からの論文は、マクロファージの一部がマウスではOlfr2、ヒトではOR6A2嗅覚受容体を発現し、動物脂肪酸から合成されるオクターナルを感知して、インフラマゾームを活性化し、動脈硬化を悪化させるという驚くべき結果を示している。タイトルは「Olfactory receptor 2 in vascular macrophages drives atherosclerosis by NLRP3-dependent IL-1 production(嗅覚受容体Olf2はマクロファージに発現し、NLRP3依存性のIL-1合成を誘導して動脈硬化を促進する)」だ。

ガンの悪性化を促すことを報告した論文にも驚いたが、この論文の驚きは機能的メカニズムが明らかにされている点で、さらに大きく、当然研究のレベルが高い。

まず、マウスマクロファージがOlf2を発現しており、しかもその発現がApo2欠損動脈硬化モデルマウスに脂肪の多い西洋型食事を与えることで上昇すること、また人間の動脈硬化巣のデータベースを再検討し、Olf2に対応するOR6A2の発現が上昇していることを確認し、マウスやヒトの動脈硬化巣浸潤マクロファージが嗅覚受容体を介して、動脈硬化に関わる可能性を明らかにしている。

次に、Olf2の発現に動脈硬化の上流シグナルTLR4が関わっており、例えばLPS刺激でOlf2発現が上昇すること、またOlf2ノックアウトマウスでは動脈浸潤マクロファージの数が低下すること、すなわちOlf2が確かに動脈硬化に関わることを示している。

重要なのは、Olf2やOR6A2を刺激するリガンドの一つとしてオクターナルが特定されていることで、オクターナル刺激により誘導された活性酸素がインフラマゾームを介してインターフェロンを誘導し、動脈硬化巣の炎症を誘導することがわかった。実際、オクターナル刺激をシトラール(芳香剤として使われる油)で抑制すると、IL-1βの発現も抑えられる。

しかも、オクターナルの合成経路を調べると、動物脂肪に含まれるオレイン酸由来であること、そして西洋型食事を食べると、動脈でのオクターナルんレベルが上昇する。さらに、Apoe欠損マウスでは、この値がさらに上がっており、また動脈内でのオレイン酸からオクターナルへの転換も上昇しており、リガンド、受容体とも動脈硬化とリンクしているという、ちょっと出来すぎた話だ。

後は骨髄移植の系などを用いて、マクロファージのOlf2を働かなくすると、動脈硬化が抑えられること、またシトラールを長期間投与してOlf2を阻害しても、動脈硬化を抑えられることなどを示し、将来ヒトのOR6A2阻害剤が動脈降下薬として使える可能性まで示している。

読みながら、出来すぎた話だと思い続けていたが、裏返せば驚きの連続の論文で、全く新しい動脈硬化治療に発展して欲しい気がする。

しかし、800種類以上嗅覚遺伝子が存在し、多くは脂溶性のリガンドを認識しているなら、当然進化過程で他の目的に使われても不思議はない。マウスとヒトは進化的に近いので、是非他の哺乳動物で調べてみて、この遺伝子がマクロファージで炎症刺激に使われる過程を明らかにすることで、なぜ動脈硬化プロセスが我々に現れたのかのルーツも理解できるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ
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