生物が誕生するには有機物が必要だが、有機物が出来たとしても、生物が誕生するまでには確率の低い過程が積み重なる必要がある。従って、有機物の存在を、そのまま生物の証拠を示すと早とちりしてはならない。
今日紹介する米国カーネギー研究所からの論文は、1984年南極で発見された火星から飛来した隕石の中の有機物を詳しく解析し、その形成過程を調べた研究で、1月14日号のScienceに掲載されている。タイトルは「Organic synthesis associated with serpentinization and carbonation on early Mars(初期の火星で起こったserpentinizationと炭化に伴う有機物生成)」だ。
この研究が対象にしたのは、アランヒルズ84001と呼ばれている南極で発見された隕石で、解析の結果から40億年前に形成された岩石で、1300ー1600万年前の小惑星の衝突で隕石となり、約13000年前に南極に飛来した。すでに多くの論文が発表されており、1996年には、火星の生物の痕跡があるという論文までScienceに発表されている。
1996年当時と比べると分析方法は大きく進歩しているようで、私の知らない分析方法のオンパレードだ。まずこの隕石の断片から、イオンビームを用いて切片を作り、これを電子顕微鏡や、切り出した結晶の割れ方の解析、走査型X線顕微鏡解析、そして二次元二次イオン質量分析装置などを組みあわせて、微少な切片の中の有機物の組成を調べている。実際には、3カ所から調整した切片を分析し、総合的に考察している。
鉱物学には全く素人で、論文を読むのも苦労しているので結論だけを紹介する。有機物の生物由来説についてはあまり考慮に入れていないようで、イントロダクションで触れてはいても、後は全く考慮していない。基本的には、炭素化合物が岩石と相互作用して、有機物が形成されるための水が存在し、岩石と水との相互作用が起こったかが問題になる。
この岩石と水との作用が起こり有機物が形成される過程をserpentinizationと呼んでおり、現在の地球でも例えば熱水噴出口などで起こっている。この過程で起こる様々な現象が今回の分析片にも存在することから、基本的にこの隕石の有機物はserpentinizationが関わっていることを示唆している。これとともに、2つの切片では鉱物が水に溶けた二酸化炭素と反応する炭酸飽和有機物が形成されていることも示している。いずれにせよ、「水と鉱物相互作用でこの隕石の有機物が生成された」がこの研究の結論になる。
以上のことから、長期にわたって火星に水が存在し、有機物の合成が続いたことが想像できる。昨年火星上で観測された地震から明らかになったように、火星内部は液体状、すなわち高温であることを考えると、地球上と同じ熱水噴出口も出来ていたのではと考えられる。その意味で、火星に生物が存在した可能性は十分あると思う。ただ、生物由来かどうかを火星の条件で解析できる方法論の確立は、火星探検が急速に進みつつある今最も重要な課題かもしれない。