ヒトES細胞から分化細胞を誘導できるようになった後、その機能を確かめるために、マウスに移植して細胞機能を調べる実験が数多く行われた。免疫不全マウスを使うのは当然だが、さらに NK 細胞などの機能を抑制する必要があり、これに適したマウスが開発された。ただ、ヒト細胞とマウス環境とのマッチングがどこまで自然なのかについては疑問が多い。
今日紹介するコーネル大学からの論文は、自閉症スペクトラム(ASD)の方から樹立した iPS 細胞から誘導したアストロサイトを、マウス脳に移植して、ASD で見られる反復行動などが誘導できないかを調べた研究で、面白いのだが解釈は慎重にすべき研究で、4月1日 Molecular Psychiatry にオンライン掲載された。タイトルは「Astrocytes derived from ASD individuals alter behavior and destabilize neuronal activity through aberrant Ca 2+ signaling(ASD の方に由来するアストロサイトは Caシグナル異常を介して行動を変化させ、神経活動を不安定化させる)」だ。
おそらくこのグループは、ASD 由来の iPS 細胞から様々な神経系細胞を誘導し、異常がないか調べていたのだと思う。その過程で、アストロサイトを誘導すると、プロテオーム解析で、Ca シグナルに関わる分子の発現が ASD アストロサイトでは大きく変化しており、生理学的に調べると、ATP を加えたときのCa 活性が ASD で高まっていることを発見する。
これまで ASD 研究は、抑制性神経を中心に回ってきたので、アストロサイトが質的変化を示すという結果は面白い。ただ、試験管内でこの変化の帰結を調べるのは簡単でない。そこで「是非に及ばず」と、誘導したアストロサイトを、マウス脳に移植して見ると、意外にも脳内を移動して広く分布し、神経細胞とも接触することを確認する。
さらに、同じアストロサイトを生まれたばかりのマウス脳に注射、60日待って組織になじました後、カルシウムイメージングでアストロサイトの活動を見ると、ASD 由来アストロサイトだけ Ca 反応が高まっていることが確認された。
そして最後に、このマウスについて行動学的検査を行うと、ASD 由来アストロサイトを移植されたマウスでは、同じ行動を反復する行動が現れ、同時に様々な記憶テストで低下が見られ、また海馬の長期増強が低下することを確認している。すなわち、アストロサイト移植で行動や記憶障害を移行させることが出来る。
また、試験管内の今日培養系で、ASD 由来アストロサイトを加えた海馬では、スパインの形成が低下していることまで調べている。
最後に遺伝子ノックダウンで Ca の活動を低下させ、これを移植すると、Ca 反応性の低下とともに、行動異常や記憶が一部改善することから、ASD でアストロサイトの Ca 反応性が高まっていることが、ASD の行動を作る重要な原因だと結論している。
無論、コントロールアストロサイトではこのような変化は誘導できず、また Ca 反応性を低下させる実験で、なかなか文句のつけようがないのだが、それもこの結論をどこまで支持するか、ちょっと躊躇するのも事実だ。