一般受けを狙った論文は中国からのものが多い印象を持っているが、もちろん日本も含め、世界中から「え!」と驚く論文は出てくる。マウスの話だとしても、今日紹介する若いマウスの脳脊髄液を注射された老化マウスで、認知機能が戻るというスタンフォード大学からの論文は、誰もが驚くとともに、人間に応用することを想像しておぞましいと思う人も多いと思う。
このような論文はタイトルが決め手だが「Young CSF restores oligodendrogenesis and memory in aged mice via Fgf17(若い脳脊髄液は老化マウスのオリゴデンドロサイトの増殖と記憶を Fgf17 を介して回復させる)」というタイトルは、十分なインパクトがある。
若いマウスと血液を交換することでマウスが若返るという論文は数多く存在し、読むたびにドラキュラ伝説を思い出すが、若いマウスの脳脊髄液を老化マウス脳に注射したという実験は、生まれて初めて読んだ。
はっきり言って、これで記憶が戻ると考えるのは乱暴な気がするのだが、老化マウスで低下している恐怖経験に対する記憶が回復することが示され、これが研究の発端になっている。
次に、この若い脳脊髄液がどの細胞に働きかけているのかを調べ、老化とともに減少するオリゴデンドロサイト(ODC)の数が、若い脳脊髄液を注入することで上昇し、この結果、神経のミエリン鞘が再生すると結論している。
次に、若い脳脊髄液により転写が誘導される分子を探索し、若い脳脊髄液の効果が、転写因子の一つ SRF を介していることを特定し、SRF の ODC での発現が老化とともに低下し、一種の白質障害が発生することが脳老化に関わっていること、ただこれは可逆的な変化で、若い脳脊髄液の成分により SRF が誘導されることで、白質障害を正常化させられることを示している。
そして、最後に若い脳脊髄液に含まれるどの成分が ODC の SRF 誘導に関わるかを、SRF の活性をモニターできる ODC を用いてスクリーニングし、脳内で発現している分子の中では Fgf17 が最も高い SRF 誘導能を持つことを突き止める。
そして、Fgf17 を老化した脳脊髄液に混ぜて注入しても、若い脳脊髄液と同じ ODC を増殖させ記憶機能を元に戻すことが出来ることを示している。さらに面白いのは、Fgf17 に対する中和抗体を若いマウスに投与すると、認知機能が抑制されること、すなわち若い脳では常に Fgf17 がはたらいて ODC の機能を維持しているが、老化ではこの機能が低下することを明らかにしている。
以上が結果で、若い脳脊髄液を老化マウスの脳に注入するという少しおぞましい感じの研究から始まってはいるが、老化過程の中でも比較的可逆的な過程として、ODC によるミエリン化の傷害を特定し、これを正常化する分子を特定したことは面白い。おそらく老化だけでなく、他の白質障害についても重要なヒントになるかもしれない。