自分の分野ではなかったが、現役時代パラダイムシフトを感じた一つが動脈硬化だった。一種の老化かななどと済ませていた変化を、動脈硬化は炎症であると新しいパラダイムを示したのが Peter Libby だった。初めて聞いたときはなるほどと納得しただけだが、これがきっかけになって、糖尿病から老化まで、あれよあれよという間に自然炎症の概念は拡大していった。
今日紹介するミュンヘン大学を中心とする26施設が共同で発表した論文は、動脈硬化=炎症というパラダイムの上に、動脈硬化の自律神経ネットワークへの統合が重なった研究で4月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Neuroimmune cardiovascular interfaces control atherosclerosis(心臓血管と神経免疫インターフェースが動脈硬化を調節する)」だ。
この研究は最初から動脈硬化巣に自律神経が新しく結合して、中枢神経支配が成立するはずだという仮説に基づいて始めている。動脈硬化が促進される ApoE ノックアウトマウスの動脈硬化巣を組織学的に調べ、痛み受容体を発現している感覚神経と交感神経が動脈硬化巣のある血管外膜で増加していること、そしてこの増加は、動脈硬化の進行とともに新たに成立していく神経結合であることを明らかにしている。
次に、狂犬病ウイルスを用いる神経結合追跡法を用いて、感覚神経系は脊髄の黄昏神経核を介して傍小脳核や扁桃体へ投射し、一方自律神経の方は腹腔神経節を介して投射しており、端末部分がともに動脈硬化とともに何十倍にも投射が増えることを示している。さらに、神経投射部を調べると、T 細胞やB 細胞を含む強い炎症が起こっており、さらに第三次リンパ組織と呼ばれる構造化された炎症が起こっていることを示している。
このように、動脈硬化巣が新しい神経支配の再構成を誘導することが明らかになったが、神経支配が動脈硬化にとって持つ意味が次の問題になる。これを明らかにするため、外科的に動脈への迷走神経支配を遮断すると、生理的にはほとんど変化は起こらないが、T細胞やB細胞が急速に消失し、第三次リンパ組織様の構造が完全に消失することを観察している。
さらに、将来の治療可能性を考え、腹腔神経節を切除した後 ApoE ノックアウトマウスで動脈硬化の進展を調べると、コレステロール等の値はそのままで、動脈硬化へのリンパ球の浸潤と、それによる第三次リンパ組織の形成、動脈硬化プラーク形成、さらにプラークの不安定性が抑えられることを示している。
以上が結果で、どちらが結果でどちらが原因かというわけではなく、炎症が存在し、そこに免疫系が関わってくると、神経系も巻き込んだサイクルができあがってしまうことを示している。さらに、ひょっとしたら迷走神経系を標的にした動脈硬化治療も可能になるかもしれない。
この論文を読んで思い出したのが、2014年にこの HP で紹介したシロクマの進化だ(https://aasj.jp/news/watch/1531)。シロクマとヒグマのゲノムを比べ、なんと ApoB や LDL などコレステロール代謝に関わる分子が、動脈硬化型へと変化していることを示した論文だ。すなわち、私たちの敵である動脈硬化も、極寒の北極で生存するため、血管を温めるためにか積極的に利用している。しかし、私たちのように一方的に動脈硬化が悪くなるのでは困るから、温度などで調節して油をためたり、減らしたり出来る必要があるだろう。神経支配も、ここでは大活躍しているかもしれない。