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5月30日 前立腺ガンエピジェネティックス研究の一種のお手本(5月25日 Science 掲載論文)

2022年5月30日
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次世代シークエンサーが導入されてから、ガンの研究が、まず、ゲノムの変化とガンの発生や経過を対応させる試みから始まった。これは大きな成果を生み、ガンの標的分子の同定やガン免疫の対処法になるネオ抗原の特定を通して、新しい治療開発をリードしてきた。

一方で、ガンの発生や進行を支えるのはゲノム変異だけでないことも明らかになってきた。特に、前立腺ガンでは、治療によりうまくコントロールされていたアンドロゲン依存性の段階が、医者も気づかないうちに悪性転換を遂げてしまうことがよく知られている。私も友人をこの悪性転換で失ったが、普通の経過観察で病院を受診したとき、もはや治療の方法がないと宣告されるという過酷なものだ。この過酷さについては、亡くなった西郷輝彦さんの闘病経過が報告されることで、広く知られているようになった。

この課題を克服して、悪性転換した前立腺ガンを治療できるようにするには、遺伝子の発現を調節しているエピジェネティックスを調べる必要がある。今日紹介する米国コーネル大学からの論文は、まさにこの課題にチャレンジして、一つの治療標的を発見した研究で、5月25日Scienceに掲載された。タイトルは「Chromatin profiles classify castration-resistant prostate cancers suggesting therapeutic targets(去勢抵抗性の前立腺ガンの染色体プロファイルにより分類することで治療標的が特定できる)」だ。

しかし、この研究を読んで改めて認識したが、最近のガン研究を後押ししている最も有効な技術の一つは、慶応の佐藤さんたちが開発してきた臓器のオルガノイド培養ではないかと思う。この研究でも、前立腺ガンのオルガノイドライブラリーをまず整えた上で、オルガノイドのクロマチンの on/off を何度も紹介している ATAC-seq と呼ばれる方法で解析している。

この結果、前立腺ガンは、ゲノムに特段の変化がなくても、クロマチンの違いで、少なくとも4種類に分類できることを示している。クロマチン変化も、結局は遺伝子発現に反映されるのだから、一般的転写プロファイルで話はすむのではとも言えるが、現在急速に進むゲノムや様々なオミックスに対するインフォーマティックスの進歩の結果、クロマチンと対応させることで、より機能的なガンに関わる転写のネットワークを明らかに出来ることが、この研究でも示されている。そして、この結果、それぞれのガンのタイプを決めている特徴的な転写因子ネットワークやシグナルについて明らかにしている。

また、オルガノイドの解析から導いたそれぞれを特徴付ける転写因子が、そのまま悪性転換した前立腺ガンの患者さんの分類にも使えることを示している。この臨床分類は重要で、例えばアンドロゲン治療に抵抗性が獲得されたとはいえ、まだアンドロゲン受容体が転写ネットワークの中核に存在するガンのタイプは、新世代のホルモン治療組み合わせが、他のタイプと比べてより効果を示すことから、分類に基づく治療が可能になることを示している。

このタイプ以外のガンは、これまで他の方法で特定されていた、Wntシグナルが強く効いているタイプ、神経内分泌系の転写経路が強く発現したタイプに加え、全く新しい幹細胞に見られる転写因子が強く発現したタイプの3種類だが、この研究では新しく見つかった幹細胞型に特に焦点を当てて、解析を進めている。

その結果、幹細胞型のクロマチン変化を誘導する最も重要因子として、AP1 と、それと直接結合するYAP、TAZ、TEAD が存在することを示している。そして、YAP システムや AP1 を阻害することで、このタイプの増殖を強く抑制できることを示している。

以上、極めて単純省略して紹介したが、実際のデータは膨大で、ガンのエピジェネティック研究の方向性を知る意味で重要な研究だと思う。

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