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12月5日 血液クローン増殖の遺伝リスク研究 (11月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月5日
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何度も紹介しているが、年齢とともに様々なステージの血液幹細胞に突然変異が起こることで、悪性ではないが、特定のクローンが血液のかなりの割合を占めるようになることが知られている。この状態は clonal hematopoiesis of indeterminate potential(CHIP) と名付けられ、原則血液のエクソームや全ゲノムの配列を調べることで初めて明らかになる。検査は大変だが、CHIP の重要性は、血液に限らず、その後の平均余命と強く相関しており、血液の異常であるにもかかわらず、固形ガンや心血管障害とも関連が指摘されている。

今日紹介するリジェネロン社からの論文は、UKバイオバンク、及び米国医療提供会社 Geisinger Health Systemバイオバンクを会わせた、60万人を超す対象者のデータベースから CHIP を特定し、CHIP発生の遺伝リスクや、他の疾患との相関を徹底的に調べた、ある意味これまでのまとめとも言える研究で11月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Common and rare variant associations with clonal haematopoiesis phenotypes(血液クローン増殖形質に連関するコモン及びレア変異)」だ。

この論文を見てまず驚くのが、全てがリジェネロンにより行われている点だ。リジェネロンは、Covid-19 に対する最初の抗体薬を上梓した創薬企業だが、元々研究力は高い。また、ガイジンガーとは協力して研究を行っているが、ゲノム・データサイエンスをここまでやられると、アカデミアもうかうか出来ない。

この研究では、2つのバイオバンクの参加者のエクソーム解析から、23の CHIP の原因として特定されている遺伝子変異のいずれかを持つ29669人の CHIP患者を特定している。年齢を問わず、60万人に対して3万人近くが CHIP というのは、恐ろしい数字だ。CHIPを誘導する突然変異は、一般的ガン遺伝子と同じだが、メチル化に関わるDNMT3A、 脱メチル化に関わるTET2、ポリコム遺伝子ASXL1、p53誘導性フォスファターゼPPM1D、及びp53遺伝子変異がトップに来る。

CHIPがいわばガン遺伝子変異により誘導される前ガン状態と考えると、問題はこのような変異が起こりやすい遺伝体質は何か、あるいは生活因子は何かになる。

まず生活習慣で言うと、喫煙は CHIP のリスク因子で、納得できる。一方、遺伝リスクを SNP解析で調べると30種類以上のコモンバリアントが特定され、中でもTERT(テロメア逆転写酵素)、PAEP1(DNA修復遺伝子)、ATM(DNA切断チェックポイントセンサー)などとの強い相関は、それぞれの機能から考えるとリスクとして納得できる。

この研究で新しく発見された SNP のある Ly75遺伝子は、樹状細胞に発現し、T細胞の反応に関わることから、ガンに対する免疫反応を介して CHIP を抑える働きがあると考えられる。

最後に、それぞれの CHIP変異に相関する病気との関連を調べると、今回の大規模調査ではこれまで言われていた心血管障害との関係はほとんど認められなかった。

面白いところでは、炎症やホルモンシグナルに関わる遺伝子変異による CHIP は肥満の発生と相関する。また、CHIPの人は、Covid-19で入院する率が高い、そして DNMT3A による CHIP はマクロファージの IL20分泌が影響され、骨密度低下が見られる。

他にも様々な相関が示されているが、このぐらいでいいだろう。CHIPを原因別に分類することで、遺伝リスクや生活習慣リスクとの相関をよりはっきりせせることで、リスクの高い人を特定し、CHIPを予防できる日がくるように思う。

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