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12月6日 中世ヨーロッパのユダヤ人(11月30日 Cell オンライン掲載論文)

2022年12月6日

日本でもよく知られるロシア出身のピアニストで、現存の大御所筆頭はウラジミール・アシュケナージさんだと思うが、このアシュケナージという名前は文字通り、ヨーロッパ系のユダヤ人を意味している。もう少し説明すると、アシュケナージとは、ヘブライ語でゲルマン(ドイツ)をさしており、先祖が10世紀ライン川沿いに移住してきたユダヤ人であることから名付けられた。

このポピュレーションは現在世界中に拡がっており、またゲノム研究が詳しく行われている。その結果、ヨーロッパに移住した2つのユダヤ人の流れがアシュケナージを形成したことが示されており、また起源ゲノムがよく保存され、その結果アシュケナージ特有の疾患遺伝子が維持される、医学的にも重要な対象になっている。ただ、ユダヤ人の歴史はそのまま迫害の歴史でもあり、現在のアシュケナージゲノムだけからは判断できない疑問も多い。

今日紹介するイスラエル・ヘブライ大学と、ハーバード大学からの論文は14世紀のエアフルトに暮らしていたアシュケナージのゲノムから、より詳しいアシュケナージの歴史を明らかにしようとした研究で、11月30日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Genome-wide data from medieval German Jews show that the Ashkenazi founder event pre-dated the 14 th century(中世のドイツ在住ユダヤ人のゲノムは14世紀以前のアシュケナージの先祖を明らかにする)」だ。

ドイツ中部のエアフルトのユダヤ人の歴史は研究が進んでおり、1349年の虐殺・迫害により消滅する前まで、ユダヤ人コミュニティーが形成されていた。そして迫害後、1354年からコミュニティーが再度形成され、ドイツの中では大きなユダヤ人コミュニティーとなっていた。

このコミュニティーの墓地の発掘が2013年から進められ、14世紀に埋葬されていた遺骨の DNA解析が行われ、現在のアシュケナージや、ヨーロッパの各民族との比較が行われた。

  1. 最初の発見は、700年離れていても、世界に散らばるアシュケナージと、14世紀エアフルトのアシュケナージは極めて良く似ていることだ。すなわち、ユダヤ人社会は外部との交雑が極端に低い。
  2. 最も驚くのは、現代のアシュケナージと比べ、エアフルトのアシュケナージ(EAJ)は、もっと多様で、ヨーロッパ系統と、コーカサスやレバノンなど東系統の2つに大きく分かれる。
  3. これまでアシュケナージの起源については。、南イタリア説、地中海説など様々な説が存在する。この研究では、西ヨーロッパ起源は否定できるが、イタリアや地中海説はどちらもフィットすることから、どちらと決めることは難しいことを示している。
  4. EAJ の祖先を探ると、現代ユダヤ人と同じで、1000年前に存在した小さな集団由来であることが、様々な解析方法から確認できる。そして現在のアシュケナージゲノムは EAJ に加えて、まだ特定できないもう一つのグループが存在し、この二つが一旦収束した後、現在のアシュケナージを形成したと考えられる。
  5. 先祖集団数は、様々な指標からかなり少ないと考えられる。

以上、基本的にヨーロッパのユダヤ人史をゲノムを用いて解析すると、残された記録と一致しており、迫害と、限られてはいるが非ユダヤ人との交雑でゲノムが形成されたことを示している。現代アシュケナージは、エアフルト系統と、もう一つの系統が何らかの原因で収束した小さな集団から始まるため、多様性が EAJ より低下しているが、このイベントを特定するのは今後の重要な課題だろう。いずれにせよ、Cell の論文から歴史を学ぶことが出来るようになったのは感慨深い。

ただ読み終わって二つの疑問が湧いた。まず、現代の歴史学の人たちも Cell を読むのかという問題と、我が国の歴史がいつか Cell に発表される日はあるのかという疑問だ。すなわち、歴史学と様々な科学的古代解析研究が、どう統合されていくのかという問題で、今後を見守っていきたい。

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