古代エジプトといえばピラミッドとミイラといえるだろう。ピラミッドはエジプトに行かないと見れないが、ミイラは多くの博物館で展示されており、人気も高い。ミイラ造りには腐敗や分解を止める必要があり、最も簡単なのは腐敗がしにくい低温で乾燥させてしまうことだろう。しかし、暑いエジプトではさまざまな防腐技術を発達させ、ミイラ造りが行われていた。
今日紹介するミュンヘン大学からの論文は、ミイラ造りがどのように行われていたのか再現しようとした調査研究で2月1日号 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Biomolecular analyses enable new insights into ancient Egyptian embalming(生物分子解析により古代エジプトの防腐処理技術についての新しい理解が可能になる)」だ。
古代エジプト文化についてはほとんど知識がないので、論文の全てが驚きだ。この研究は、ナイル川流域の多くのピラミッドも集まる有名な埋葬地の一つ Saqqara に、紀元前664−525年ごろ存在したミイラ作成工房の遺跡を解析している。
この時代はミイラ造りが王侯貴族の特権ではなく、一般にも普及していたようで、この工房では地上のミイラ造り工房(防腐処理に必要な試薬を入れたと思われるツボやビーカーが出土)と共に、地下深くにミイラの埋葬場所がセットになっている。ミイラ造りと言うと、埋葬士がしめやかに死体を処理するといったイメージを浮かべてしまうが、じっさいに多くの死体が集められ、内臓が取り出され、保存処理が施される、工場化された屠殺場に近いイメージだったことがわかる。
この研究ではこのツボやビーカーに残る化合物の解析から、防腐処理に使われた試薬を探っている。この解析から、防腐処理に用いられたのは、エジプトには存在しない、匂いの強い針葉樹を含むさまざまな植物から採取された樹脂や、動物油、そして木材から得られるタールなどを混ぜた処理剤だった。
具体的には、ピスタチア・レジン、エレミ油、ダンマル樹脂、アスファルト、蜜蝋は、バクテリアやカビの増殖を防ぎ、しかも悪臭を防ぐ効果がある。また、タールや樹脂、アスファルトは皮膚の穴を塞ぐために用いられた。いずれにせよ、これらの物質の特性を熟知した専門家集団が生まれていたことを物語る。
これらの材料からわかるのは、ほとんどが地中海沿岸、アフリカやアジアなどから輸入していたことで、ミイラ造りのための膨大なコストを厭わなかったことがわかる。
以上が結果で、古代エジプト人が死後のために支出を惜しまず、それを実現するために経済力を高めると共に、ゾッとするような作業を行うプロ集団までが生まれていたことがよくわかる。この論文を読んだ後では、もはや荘厳なミイラ作成のイメージは飛んでしまった。