随分昔、2015年6月、神経細胞が興奮すると、トポイソメラーゼ依存性にDNA二重鎖切断が起こり、これがFosなどの興奮直後に起こる転写調節の引き金になっているというMITからの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/3560)。すなわちこの結果は、脳の神経細胞はDNA切断を転写の引き金に積極的に使うという危ない橋を渡っていることを示している。もちろん神経細胞が興奮した後も、生き続けて機能しているということは、この切断が正確に修復されていることを示しており、神経細胞では特別の修復メカニズムが存在する可能性を示唆している。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、神経興奮直後に誘導されるimmediate early geneの一つNPAS4がまさにこの修復に関わることを示した面白い研究で2月15日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A NPAS4–NuA4 complex couples synaptic activity to DNA repair(NPAS4~NuA4複合体がシナプス活性とDNA修復を結んでいる)」だ。
初めに強調しておくが、膨大なデータに基づく力作で、大変な時間がかかっただろうと想像する。実際22015年の論文でも、神経興奮によるDNA切断の結果上昇する遺伝子としてFosとともにNPAS4が示されており、当然これらと修復の関係が研究されてきたはずだが、この論文までに既に8年近く経過していることはわかっていても、研究を完璧に行うことがいかに大変かを物語る。
この研究では神経興奮後に誘導されるNPAS4の機能を調べるため、まずNPAS4結合タンパク質を探索し、ヒストンアセチル化に関わる巨大分子コンプレックスNuA4とNPAS4が結合していることを発見する。また、神経興奮後に、染色体が開いているプロモーターやエンハンサーに、NPAS4-NuA4がリクルートされ結合が始まることを明らかにする。すなわち、NPAS4は興奮により誘導され、NuA4ヒストンアセチラーゼ複合体を転写が行われているゲノム領域にリクルートする働きがあることが明らかになった。
ヒストンアセチラーゼ複合体は、遺伝子発現調節とDNA修復に関わることが知られているので、まずノックアウトによる転写の変化を調べ、NPAS4とNuA4は一体となって同じ機能を担っており、神経細胞からどちらをノックアウトしても、ほぼ同じ遺伝子発現の変化が起こること、またこの複合体により誘導される遺伝子が神経自体の興奮性を抑えるsomatic inhibitionに関わることを示している。
次に、NPAS4-NuA4複合体がDNA修復に関わる可能性を調べるため、実にさまざまな技術を駆使し、膨大な実験を行い、その結果、
- NPAS4-NuA4は、神経興奮によりDNA切断がおこっているまさにその場所に結合している。
- NPAS4-NuA4は、DNA修復に関わるMRE11や RAD50をDNA修復場所にリクルートする作用を持っている。
- その結果、神経興奮後10時間ぐらいでDNA修復が完成するが、NPAS4-NuA4が存在しないと、修復が遅れる。
- このようにNPAS4-NuA4結合部位では切断と修復が繰り返されることになるが、実際老化と共に、この部位に修復ミスによる変異が蓄積する。
- NPAS4-NuA4を欠損させると、マウスの寿命は短くなり、20ヶ月でほとんどが死亡する。
結果は以上で、繰り返すが膨大な研究だ。しかし2015年の研究と併せて考えると、確かに神経興奮に合わせた修復機構という手の込んだ仕組みができているのには感心するが、ここまで危ない橋を渡る必要がある神経細胞の複雑さにつくづく感心する。