慢性脊髄損傷の機能を、脊髄硬膜外に設置した複数の電極をコントロールする事で、歩行するところまで回復させる方法については何回か報告した。このHPの検索ツールで硬膜外と打ち込むと、3つの記事を検索することができる。しかし、この方法は基本的に脳と運動神経を結ぶ方法ではないし、歩けるとしても、歩いている感覚が脳にインプットされるわけではない。
今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、同じような脊髄硬膜外刺激が、卒中後の腕の運動機能回復に大きく貢献できる可能性を示したパイロット研究で、2月20日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Epidural stimulation of the cervical spinal cord for post-stroke upper-limb paresis(卒中後の上腕麻痺のための頸部脊髄硬膜外刺激)」だ。
慢性脊髄損傷治療目的では、大脳からの神経投射を受けて、筋肉へ信号を伝える運動神経を硬膜外から刺激するが、今日紹介する方法は、電極を後根に置き、なんと脳へ投射する感覚神経を硬膜外から刺激する方法で、タイトルを見て浮かんだ予想は完全に外れる。
感覚神経を刺激して、どうして運動機能を回復できるのか?読んでみると、これまでサルを用いた研究で、運動野に投射する感覚神経を一定の周波数で持続的に刺激することで、卒中後に残存している運動野の神経が刺激されやすくなり、その結果随意運動がより容易になることがわかっていた。この研究は、この可能性を臨床的に確認することだ。
治療法は脊髄損傷に対する硬膜外刺激のように複雑なものではなく、腕を支配する頚椎3番目から胸椎1番目まで、脊髄後根の前と後ろに硬膜外電極を設置し、これを一定の周波数、一定の強さで刺激し続け、この刺激が患者さんの随意運動を改善することができるかを調べている。従って、リハビリとは全く別物で、設置した時から運動野刺激性が高まり、機能改善が期待できる。
研究では2人の女性患者さんが選ばれ治療を受けている。一人は30代で、視床部の能動静脈異常の出血により運動麻痺が起こり、9年が経過している。もう一人は、中脳動脈が詰まって大きな支配野が失われており、さらに重症の患者さんだ。
もちろん刺激の強さなどは電極設置後調整されるのだが、感覚神経刺激と聞いて心配になる痛みの誘導などの副作用は全くない。したがって、外科的処置が必要だが、副作用はほぼないと考えられる。
さて効果だが、視床出血の患者さんでは、筋力が高まり、腕を上げたり、伸ばしたり、さらに掴んだりする機能が大きく改善する。それも、自分が意図して行う運動が容易になる。一方、より重症の患者さんでは、残っている運動野神経が少ないため、改善の程度は低いが、間違いなく改善していることは確認出来る。
重要なのは予想通り、設置、調整が終わるとすぐに改善が見られること、またリハビリと異なり時間が経過しても効果が変わらないことだ。これらの結果から、卒中後の麻痺に悩む多くの患者さんの運動機能改善に役立つと結論している。おそらくこのまま、上のレベルの治験に進むと思う。
今後のポイントとしては、この方法がリハビリテーションによる回復をさらに促進できるか調べることだろう。時間はかかるが、原理から見て可能性は高い。とすると、さらに大きな機能改善が期待できるのとともに、リハビリに対する意欲も高められるのではないだろうか。期待したい。