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2月11日 多くの人にすぐ利用できるユニバーサルCAR-Tの開発が進んでいる(1月23日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年2月11日
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今日は論文紹介というより、感想を交えた総説風に書いてみた。

ガンの免疫治療のアイデアは、私がまだ医学部の学生の時から耳にしていた。また、研究を始めてさまざまな会議に出ると、必ずガン免疫についてのセッションがあったし、リンパ球やNK、樹状細胞などを患者さんに移植する免疫療法も行われていた。しかし、私も含めて多くの研究者は、ガンの免疫療法には懐疑的だったと思う。というのも、ガンに対する免疫が存在することは確信していても、それを人為的にコントロールすることの難しさがわかっていたからだ。

この雰囲気を変えたのが、本庶先生やAllisonにより開発されたチェックポイント治療とCAR-Tが臨床に利用され大きな効果をあげたことだ。もちろんチェックポイント治療は、ガン免疫成立過程を標的にしているわけではないが、この成功は、これからのガン治療は間違いなく免疫治療になることを確信させてくれた。そして、CAR-Tの成功は、ガンのエフェクターを人為的にコントロールできるという確信を生んだ。

抗原特異的免疫を操作するという意味では、CAR-Tは免疫治療の要件をほぼ完全に満たしている。したがって、今後ガンのワクチンとチェックポイント治療を組み合わせる治療との競合を考えた時、もしガン特異的抗原を見つけることができれば、CAR-Tに収束する可能性がある。だからこそ、さまざまな問題があるにもかかわらず、CAR-Tに賭けけるキャピタルが存在し、驚くべき額でCAR-Tベンチャー企業のM&Aが行われている。

さて、現在CAR-Tと他の治療との競争の主戦場は末期の骨髄腫治療にあるように感じる。もともと、骨髄腫には抗体を含む様々な治療法が開発され、生存期間延長に大きく役立ってきた。ただ、どの治療もいつか効果がなくなり、現在骨髄腫が発現するBCMA抗原に対する抗体を用いた治験が行われている。例を挙げると、抗体に薬剤を結合させた治療、CD3に対する抗体と合体させたキメラ抗体を用いて、キラーT細胞をガンに向ける治療、そしてBCMA抗原認識のCAR-Tが、それぞれDAの認可を受け、いずれも治療法がなくなった骨髄腫に対し効果を示し、横一線の競争になっている。

価格の話を別にすると、これまで何度も紹介してきたように、CAR-Tには2つの大きな難点がある。一つは固形ガンへの利用のための戦略が立っていないことと、患者さんのリンパ球を増やし、遺伝子導入を行う必要があるため、調整に時間がかかる点だ。

固形ガンに対しての戦略については、少しづつ進展が見られるが、あらかじめ大量に作ったCAR-Tを多くの人に使うというためには、アロ細胞同士の反応、GvHとHvGを克服する必要がある。

これに最初に取り組んだ細胞が、CD19に対するキメラT細胞受容体遺伝子を導入するとともに、 TALENという遺伝子編集法でホストのT細胞受容体遺伝子とCD52遺伝子をノックアウトして、リンパ球を除去する薬剤耐性を獲得させたアロのCAR-TでCAR-Tを作成する時間的余裕のない二人の小児白血病患者さんに使われ、二人とも5年間再発がないという大きな成果を示した。

その後、大人と子供のリンパ性白血病を対象に第一相の治験が行われ、安全性とともに一定の効果があることが示された(The Lancet , 396:1885, 2020)。

前置きが長くなったが、今日紹介する米国スローンケッタリングガン研究所からの論文は、ほぼ同じアロCAR-TのフレームワークをBCMA陽性の末期の骨髄腫患者さんに使った第1相の治験で、1月23日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Allogeneic BCMA-targeting CAR T cells in relapsed/refractory multiple myeloma: phase 1 UNIVERSAL trial interim results(BCMAを標的にするアロジェニックCAR-Tによる再発・治療抵抗性の治療:第一相UNIVERSAL治験中間報告)だ。

第一相なので、安全性を調べるのが中心だが、なんといってもリクルートを決めてから、リンパ増殖抑制処理を含めて平均5日で治療を始められることが大きい。

もちろん、リンパ増殖抑制による副作用、CAR-Tによる副作用は明確に現れる。一方、56%の患者さんが治療に反応し、3億個の細胞を投与したグループは、71%の反応、そのうち半数が経過が大きく改善、さらに25%では完全寛解という結果が示されている。

以上の結果から、リンパ性白血病の治験と同じく、同じロットのCAR-Tを多数の人に利用するという大きなフレームは完成しつつあるように思える。

とはいえ、自己CAR-Tと比べると、反応率は低く、他の治療法と比べた時に優位性は認められないと判断される可能性がある。したがって、できればリンパ球増殖を抑える処置の必要がないような、アロCAR-Tの技術開発が重要だと思う。結論的には、現時点では少し劣勢だが、5日以内に治療が開始できること、また遺伝子編集技術が活躍できる可能性が高いことから、最終的な勝ちを目指して、開発が加速するように感じる。

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