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3月21日 細菌の腸内での適応性を決める相分離(3月21日号 Science 掲載論文)

2023年3月21日
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相分離は分子を液相の中で濃縮できる生命にとっても便利な物理現象で、おそらく生命誕生時にも起こったのではないかと思う。これまで相分離現象は主に真核生物で研究されてきたが、当然細菌でそれが起こっても不思議はない。

今日紹介するイェール大学からの論文は、腸内細菌叢のかなりの部分を占める細菌の一つBacterioides thetaiotaomicron(Bt)の転写調節に関わるRho分子が相分離することで腸内環境への適応性を獲得していることを明らかにした研究で、3月17日号 Science に掲載された。タイトルは「Bacteria require phase separation for fitness in the mammalian gut(哺乳動物の腸内環境へ適応するためにバクテリアは相分離を必要とする)」だ。

バクテリアは、新しい環境で炭水化物摂取量が減ると、リボゾーム合成が低下するので、転写を途中で止めるファクターRhoが働いて余分なmRNAが作られない様にすることが多い。この研究では他の細菌のRhoと比べた時、BtのRhoに相分離を誘導すると想定される規則性のない長いアミノ酸配列が存在することに着目し、この部分を除去したRho(ΔRho)とRhoを様々な条件において相分離を起こすか調べると、Rhoは相分離するのにΔRhoは相分離を起こさないことを発見する。

また、細菌内の相分離体を電子顕微鏡で調べると、正常Btでは見られる相分離体がΔRhoBtでは見られないことから、予想通り不規則配列がバクテリアの中でも相分離に関わっていることを確認している。

次に、BtのRho遺伝子をΔRhoに置き換え無菌動物に移植すると、正常Btと比べて腸内での生存率が低下することを発見している。すなわち、相分離がBtの腸内への適応性を決めていることがわかった。

後は、Rho相分離により適応性が上昇するメカニズムを探り、以下のシナリオを得ている。

Rhoは元々転写の停止に関わるが、炭水化物が低下する様な新しい厳しい環境では相分離を起こして濃縮し安定化することで、通常なら転写停止に関わらない部分のRNAに結合して転写を止めることで、停止効率を大きく高める。この結果、細菌内の遺伝子発現のリプログラムが起こり、例えば自分では合成できないビタミンB12の吸収システムなど、腸内環境適応に必要な様々な遺伝子が優先して合成され、腸内で優位を占める様になった。

以上、バクテリアで相分離が起こること自体には驚きはないが、それを利用して腸内と行った新しい環境適応に使っていることには驚く。また、この遺伝子をうまく使えば、他の細菌の適応性を高めることも出来るかも知れない。面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月20日 アナフィラキシーショックで体温が低下するメカニズム(3月17日号 Science Immunology 掲載論文)

2023年3月20日
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アナフィラキシーショックは、特定の抗原に対するIgEを表面に持つ全身のマスト細胞に摂取された抗原が結合して、マスト細胞から様々な生物活性分子が全身で遊離されることで、血管が拡張し、透過性が上昇することで、致死的なショック症状が起こると考えられている。そして、命に関わる症状として、血管拡張と透過性上昇による血圧低下、それに体温低下が挙げられている。実際、マウスの実験では、アナフィラキシーは体温低下を指標に診断することが多い。

今日紹介するデユーク大学からの論文は、体温低下が単純に血管拡張や透過性上昇に伴う症状ではなく、感覚神経から体温中枢を介する神経反応であることを示した研究で、3月17日号 Science Immunology に掲載された。タイトルは「A mast cell–thermoregulatory neuron circuit axis regulates hypothermia in anaphylaxis(マスト細胞と体温調節神経回路がアナフィラキシーでの低体温を調節する)」だ。

私もアナフィラキシーでの低体温は血管拡張のせいと単純に考えていたが、このグループは体温が下がるからには必ず体温中枢が関わるはずと考え、興奮神経に特定の遺伝子を発現させるTRAP法と呼ばれる神経操作法を用いて、化合物CLZに反応するチャンネルをアナフィラキシーショックを起こした時に興奮した神経に発現させ、この神経を特異的にCLZで刺激すると体温が低下するかどうかを調べている。

結果は期待通りで、アナフィラキシーを起こさなくても、この神経細胞を刺激するだけで体温低下が起こる。ただ、アナフィラキシー時と比べると低下は強くないので、おそらく血管拡張も体温低下に関わると結論している。

さて、体温低下を調節する神経集団が決まると、あとは末梢から中枢への回路を探索することになる。その結果、

  1. 高い温度を感じた時に身体を冷やすTRPV1陽性感覚神経を介してシグナルが体温調節中枢へ伝わること。
  2. 体温調節中枢は褐色脂肪組織に働いて、熱の生成を抑えること。
  3. TRPV1の直接刺激によっても体温は低下すること。例えば唐辛子成分を投与してもマウスでは体温が下がる。
  4. ただ、アナフィラキシー時のTRPV1神経刺激は、神経細胞が発現するPAR1受容体に、マスト細胞から遊離したキマーゼ蛋白分解酵素が作用し、活性化することで起こっていること。

などを明らかにしている。

以上の結果は、アナフィラキシーショックの一部の症状は、末梢での血管反応に加えて、中枢性の調節機構も関わることをはっきり示している。個々では体温低下だけが研究されているが、他の中枢性の調節機構も見つかる可能性もある。とすると、将来ノルエピネフリン以外にも、予防的に投与して問題がない薬剤が開発できるかも知れない。

最後に独り言。唐辛子を食べると体温が上がると思っていたが、逆に体温を下げるとは驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月19日 肺ガン組織のミトコンドリアマップ(3月15日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月19日
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ミトコンドリアは、細胞の代謝の要求性に応じて活性や形態を変化させることがわかっており、その分子基盤の理解は急速に進んでおり、ミトコンドリアを知ることがガン治療を考えるときの最も重要なファクターの一つになっている。

今日紹介するカリフォルニア大学ロサンゼルス校からの論文は、肺ガンをモデルにミトコンドリアの活性をガン組織内のミトコンドリアマップとして表現しようとした研究で、3月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Spatial mapping of mitochondrial networks and bioenergetics in lung cancer(肺ガンでのミトコンドリアのネットワークとエネルギー代謝の空間的マッピング)」だ。

非小細胞性肺ガンは組織学的に大きく腺ガンと扁平上皮ガンに分けられるが、このグループはこの違いをミトコンドリアの活性から分類できるか調べて、細胞レベルで腺ガンはミトコンドリアの参加的リン酸化反応が高く、逆に扁平上皮ガンでは低いこと、一方でブドウ糖の取り込みと分解活性は逆の関係にあることを明らかにしていた。

この研究ではまず、この違いを指標に、生体内でガンの鑑別が可能か調べている。このために、酸化的リン酸化の指標になるミトコンドリア膜の電位を調べるPET試薬、およびブドウ糖の取り込みを調べるPET試薬を用いて、肺ガンを移植したマウスのPET検査を行うと、見事に腺ガンは酸化的リン酸化が高く、ブドウ糖の取り込みが低く、扁平上皮ガンは逆であることが明らかになった。すなわち、生体内の組織レベルでミトコンドリアの活性が違っていることが確認された。

こうしてPET検査を行なった腫瘍を取り出し、今度はミクロレベルのCTで腫瘍内の細胞レベルの構造の断層写真を撮影、それぞれの断層に対応する組織切片を作成し、今度は電子顕微鏡で細胞内のミトコンドリアの位置や形態、さらには他のオルガネらとの関係を明らかにし、最終的にガン組織全体のミトコンドリアマップを作っている。言ってみれば都市全体のエネルギーステーションマップを作っている。

このマップを酸化的リン酸化が高い腺ガンと、低い扁平上皮ガンで比較すると、いくつかの面白い特徴が見えてくる。

  • まず、ミトコンドリア自体の形態に大きな違いが見られる。腺ガンでは融合型で長いミトコンドリアが中心だが、酸化的リン酸化活性が低い扁平上皮癌では分裂した小さなミトコンドリアが中心になっている。
  • 腺ガンではミトコンドリアが細胞全体に分布しているが、扁平上皮ガンでは核の周辺に分布している。
  • 腺ガンではミトコンドリア 内の突起、システルナの数が多く、形態的にも正常だが、扁平上皮ガンではシステルナの数は少なく、形態的にも異常が認められる。
  • ミトコンドリアの酸化的リン酸化活性が上がると、脂肪代謝も上昇するが、これを反映して腺ガンミトコンドリアに接して多くの脂肪液滴が認められるが、扁平上皮ガンではこのような構造は存在しない。
  • 扁平上皮ガンで見られる核周囲のミトコンドリア分布はブドウ糖の取り込みを抑制すると解除され、細胞全体に分布する。すなわち、ミトコンドリアの分布はブドウ糖代謝に合わせて調節されている。

以上が結果で、皮肉な見方をすると、全組織のマップまで作る必要はないのではと思ってしまうが、しかし今回作成されたマップのおかげで、今後見えてくることもあるのではと期待される。しかし、腺ガンと扁平上皮ガンでこれほど大きな差があることに驚くとともに、今更ながら形態の重要さを実感した。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月18日 マンノースグリカン型糖鎖修飾はγδT細胞を刺激し自己免疫病を誘発する(3月15日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年3月18日
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糖鎖修飾については、重要であることはわかっていても、何種類もの糖添加酵素が順番に働いて、タンパク質に複雑な糖鎖構造をつけていくこと、そしてマンノース中心の修飾と様々な糖が参加した複合型の修飾など、酵素の働き方によって異なるタイプの修飾ができてしまうことぐらいしか知らない。

今日紹介するポルトガルのポルト大学からの論文は、自己免疫病では糖鎖修飾の異常が生じた結果、複合型の修飾がマンノース型優勢に変わった結果、これを認識するγδT細胞が炎症を増強することを示した論文で、3月15日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Host-derived mannose glycans trigger a pathogenic γδ T cell/IL-17a axis in autoimmunity(ホスト由来のマンノースグリカンはγδT細胞のIL-17a分泌を介して自己免疫経路の引き金を引く)」だ。

このグループは、SLEなど自己免疫病で、原因はわからないが糖鎖修飾が変化し、細胞表面にマンノースグリカンの割合が増加することを見出していた。この研究では、この修飾の変化が自己免疫病を増悪させる原因になる可能性を追及している。

まずループス腎炎の組織を調べると、マンノースグリカンの発現が上昇しており、これに応じてαβT細胞ではなく、通常はほとんど存在しないγδT細胞細胞の浸潤が見られることを発見する。この像から、γδT細胞がマンノースグリカン結合生の受容体を発現し、これがγδT細胞を刺激、炎症を誘導しているのではないかと着想し、試験管内でγδT細胞の刺激実験を行い、これを確認する。すなわち、γδT細胞の抗原特異性とは関係なく、たまたま発現しているマンノースグリカンを認識するDC-SIGN受容体を介して刺激され、IL-17aを分泌するというシナリオだ。

つぎに糖鎖修飾の変化自体の効果を調べるため、糖鎖修飾が成熟せず、マンノースグリカン優勢の修飾でとまる、糖添加酵素モノアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼが欠損したマウスを調べると、15ヶ月目でなんと6割のマウスが自己抗体を伴うSLE様の自己免疫病を発症することを発見する。すなわち、糖鎖修飾異常によりγδT細胞細胞が活性化し、炎症が持続すると完全な自己免疫病に発展することを示している。

この研究のハイライトは、この糖鎖成熟がうまくいかないモデルマウスの自己免疫病発症を抑える可能性を示したことだろう。同じ機能の酵素は2種類存在し、マウスにGlcNac(Nアセチルグリコサミン)を投与することで、他の経路が活性化し成熟型の糖鎖修飾が増加すること、この結果γδT細胞のマンノースグリカン受容体発現が低下すること、そしてその結果自己免疫病発症を予防できる、あるいはすでに発症したマウスの症状を抑えることができることを示している。

最後に、この戦略がヒトでも可能かどうか調べるため、ループス腎炎の組織にGlcNacを添加し培養すると、γδT細胞の数が低下し、炎症性サイトカインの分泌が低下することを示している。

以上、自己免疫現象が抗原特異的ではなく、糖鎖修飾の変化でポリークローナルに誘導されるという結果は衝撃的だ。おそらくエピジェネティックな変化が起これば、このような糖鎖修飾の変化は様々な場所で考えられる。その結果、炎症が起こり、さらにそれが引き金になって自己抗原に対する反応が誘発されるとすると、この可能性を念頭に置いて今後は考える必要があるだろう。

最後のループス腎炎組織の結果は、少し強引すぎるとは思うが、GlcNac摂取でこの可能性が軽減されることを示していることで、ホッとしたが、面白い研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月17日 人工甘味料スクラロースはT細胞抗原刺激反応を抑制する(3月15日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月17日
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科学の社会的責任を重視することを明確に示すためとだ思うが、これまで読んできて Nature は人工甘味料などが生体に及ぼす影響についての論文を、比較的多く掲載する雑誌に思える。おそらく様々な専門誌には、添加物等々の影響についての論文は数多く存在すると思うが、調べる意思がないと、普通はそこまで論文を検索しない。その意味で、一般のトップジャーナルにこのような論文が掲載されることは、影響力が大きい。

今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文は、高濃度の人工甘味料の一つ、スクラロースが、T細胞の抗原刺激シグナルを抑制することを示した研究で、実験自体は古典的なものだが、おそらく社会的に重要と考えて、3月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The dietary sweetener sucralose is a negative modulator of T cell-mediated responses(食品に含まれる人工甘味料はT細胞反応を抑制する)」だ。

この HP でもトップジャーナルに掲載された人工甘味料の生体への影響についての論文は、優先的に紹介してきたが、結論的にいうと、この論文で示された結果は、あまり心配する必要がないように思う。

所属を見るとクリック研究所の p53&Metabolism 研究室とあるので、スクラロースの発ガン性などを研究していたのではないだろうか。FDAや欧州食品安全基準上限レベルのスクラロースをマウスに投与する実験を行なって、摂取したスクラロースは確実に血中に取り込まれることを確認した上で、様々な指標についてその影響がないか調べている。

この上限がどのぐらい甘いかわからないが、腸内細菌叢に至るまで、ほとんど影響がないと言っていい。その中で、ようやく見つけたのが、T細胞の数が減っていることで、これを確かめるため、スクラロースを飲ませた免疫不全マウスに成熟リンパ球を移植する実験まで行い、成熟後のT細胞の増殖が落ちていることを発見する。

成熟後のT細胞の増殖は基本的に抗原刺激が最も大きな役割を持つので、抗原によるT細胞刺激実験にスクラロースを添加して、抗原受容体刺激、PLCγ活性化、そしてCaの細胞質への遊離へと至る経路、すなわちT細胞の抗原刺激経路が抑制されていることを明らかにしている。残念ながら、このメカニズムはほとんどわかっていない。

代わりに生体内で免疫抑制が起こるかどうか、ガン免疫と感染について調べている。結果は期待通りで、スクラロースを摂取しているマウスでは、膵臓がんの増殖が促進し、また感染によるCD8T細胞の反応が低下する。ただ、スクラロースをやめると、この効果は改善する。

このように免疫機能が低下することは問題だが、自己免疫病のような免疫が高まる病気については良い効果が得られる可能性がある。そこで、1型糖尿病自己免疫モデルでスクラロースを摂取させると、驚くことに糖尿病の発症を強く抑えることができる。また、ホストをアタックするT細胞を移植する腸炎モデル系でも、移植したCD4T細胞の刺激を抑える効果があることを示している。

以上が結果で、最初に述べたように現象論で、また古典的な実験だが、高濃度であっても、摂取可能な濃度でT細胞の抗原刺激を抑制することは驚きだ。ただ、タイトルのインパクトと比べると、それほど心配することはないように思う。ただ、ガンや感染症のような免疫が落ちると困る場合は、スクラロースはやめた方がいい。しかし、自己免疫抑制効果は捨て難いので、もう少し調べてもいいような気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月16日 tau変異は脳の自己免疫反応を誘導しアルツハイマー病を発症させる(3月8日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月16日
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アルツハイマー病 (AD) では、アミロイド沈着や、tau分子の沈殿によりミクログリアやアストロサイトが活性化され、自然免疫刺激による炎症が起こることで病気が進展することは広く認められる様になり、この過程を標的としてADを制御する試みが進んでいる。ただ、自己免疫反応が誘導されるとまでは考えてこなかった。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、変異tauを誘導してtau異常症を発症させたマウスでは、おそらく自己反応性のT細胞が誘導され、病気の進展を促進することを示した研究で、3月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Microglia-mediated T cell infiltration drives neurodegeneration in tauopathy(ミクログリアにより媒介されたT細胞浸潤がtau異常症での神経変性を駆動する)」だ。

この研究ではtau遺伝子の変異により、tau異常沈殿が起こり、早期にADが発症するマウスを用いている。このマウスに、さらにADのリスクファクターであるAPOE4遺伝子を掛け合わせると、アミロイド沈殿なしにADが急速に進む。

おそらく最初はtau異常症による自然免疫系の反応を調べる目的で始められたと思うが、アミロイド異常症、tau異常症を示すマウスの脳細胞について、single cell RNA sequencingを用いて調べると、全く予想に反して、変異tau導入マウスのみT細胞の数が上昇していることを発見した。一方B細胞を含む他の細胞は変化が見られない。

T細胞は脳実質に浸潤しており、tau異常症の進展とともに、増加してくる。そして、抗原刺激による活性化を示すマーカー分子を発現しているとともに、抗原受容体遺伝子でクローナルナ増殖が起こっていることを確認できる。すなわち、抗原特異的T細胞がtau異常症で誘導されることが明らかになった。

残念ながら、自己免疫反応を誘導する抗原については特定できていないが、T細胞を除去するためにCD4とCD8に対する抗体注射を9ヶ月頃から続けると、病気の進行を止めることが出来る。すなわち、自然免疫だけでなく抗原特異的T細胞反応がAD進行に関わることが明らかになった。

このようにT細胞を除去したマウスでもtau異常症マウスではミクログリアが活性化され、様々なケモカインが分泌されている。さらに、ミクログリアの活性化を抑えたり、ミクログリアによる抗原提示を増強するインターフェロンγを抑えると、やはり病気の進行を抑えられることから、tau異常症がまずミクログリアを活性化し、T細胞の浸潤を促すとともに、様々な神経細胞分子を抗原ペプチドとして提示し、T細胞を活性化して自己免疫が起こることがわかる。

以上がシナリオだが、いくつかさらに研究が必要な点も明らかになっている。

まず、T細胞を除去したマウスでは、異常tauの成熟が抑えられている。すなわち、tauの沈殿自体が、自己反応性のT細胞により促進されており、メカニズムの解析が待たれる。

また、PD-1抗体によるチェックポイント抗体注射実験も行っている。当然免疫が増強されると思いきや、なんとPD-1抗体投与により脳内の抑制性T細胞が増加し、免疫反応が低下する結果、病気の進行が抑えられる。一般的にチェックポイント治療は免疫反応の最後、エフェクター段階で効果を持つが、ひょっとしたら免疫早期では、異なる効果を持つ可能性がある。これもメカニズム解析が待たれる。

いずれにせよ、この結果が正しければ、tau異常症によるアルツハイマー病の治療も大きく変化する可能性がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月15日 バクテリアを殺して炎症も鎮める抗菌ペプチド目薬(3月8日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年3月15日
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生物由来の様々な抗菌ペプチドが存在し、バクテリアや真菌類の細胞膜を破壊し、あるいはアジュバントとして免疫機能を高めることが知られている。中には、人間の蛋白質が処理されて合成されるペプチドも知られており、臨床応用が期待されるが、実際には応用まで進んでいるペプチドはほとんどない。

今日紹介するクリーブランドクリニックからの論文は、細胞骨格分子とサイトケラチン6が分解されて出来る2種類の抗菌ペプチドが目薬として臨床応用する可能性を示した研究で、3月8日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Simultaneous control of infection and inflammation with keratin-derived antibacterial peptides targeting TLRs and co-receptors(ケラチン由来抗菌ペプチドは感染をコントロールするとともにTLRとその共受容体に働いて炎症も抑える)」だ。

このグループはサイトケラチン6aがユビキチン化され分解されたときに出来る10アミノ酸からなるKAMP10及びこの前後に4アミノ酸ずつがつながったKAMP18が、緑膿菌や黄色ブドウ球菌に対する抗菌ペプチドとして働いていることについて研究してきた。そして、この作用を細菌感染による角膜炎の治療のための目薬として使えないか調べてきた。

そして、試験管内で安全性を確かめる培養実験を行う中で、両ペプチドが自然炎症を抑える活性を持つことに気づく。特に白血球をLPSで刺激したときに様々な炎症性サイトカインの分泌を強く抑制するが、例えば2重鎖RNAなどで誘導される炎症には効果がない。

この結果は、KAMPが細菌を殺すだけでなく、細菌成分による炎症も抑えるという一石二鳥の作用を持つことを示し、細菌を処理しても炎症により角膜混濁が起こってしまう角膜炎にとっては重要な発見になる。そこで、この病気にしぼって目薬の開発が可能か調べている。

まずメカニズムだが、LPSなどの細菌成分に反応するTLR2やTLR4の共受容体として働くMD2分子と結合し、TLR2/4の活性化を抑える。また、これらTLRの細胞内取り込みを促し、細胞表面での細菌成分に対する反応性を抑えていることを明らかにしている。

その後マウスモデルを用いた前臨床実験に移り、

  1. LPSや熱殺菌した細菌を使ってマウス角膜の炎症を誘導する実験系にKAMPを点眼すると、炎症を抑えることが出来る。
  2. KAMPで前処理をしたマウス角膜に緑膿菌や黄色ブドウ球菌を感染させると、細菌感染を抑えるだけでなく、白血球の神事順による炎症による角膜混濁を完全に抑えることが出来る。この効果は。同じ殺菌効果を持つが炎症を抑えることが出来ない他の抗菌ペプチドでは得られない。
  3. 細菌を感染させてからKAMPを点眼する、より臨床に近い状況でも白血球の浸潤をつよく抑え、角膜混濁を防ぐことが出来る。

以上が結果で、意地の悪い見方をすると、抗生物質とステロイドを会わせた治療と変わることはない。しかし、抗生物質耐性の菌にも効果があること、自然免疫の初期過程を抑える点などから、臨床応用へ進む可能性は高いと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月14日 代謝経路異常が発ガンに至る様々な経路(3月8日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月14日
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細胞の増殖に関わる分子の変異が、ガンのドライバーや抑制に働くことは容易に理解できても、例えばTCAサイクルの様な基本的な代謝経路に関わる酵素の変異がガンへと発展するメカニズムは理解が難しい。

最も知られた例がグリオーマとIDHで、TCAサイクルの基本酵素の変異により生成する2HGと呼ばれる分子が様々なメチル化反応を阻害することにより、転写のプログラムが狂い、ガンになること明らかにされている。すなわちTCAサイクルでも、単純なエネルギー産生ではなく、それに関わる様々な分子の合成経路が狂うことで、ガンの発生しやすい状況が生まれることが示される。

今日紹介するケンブリッジ大学からの論文も、TCAサイクルのフマル酸からリンゴ酸へと転換する酵素fumarate hydratase(FH)がなぜ悪性の腎臓ガンの原因になるのか、そのメカニズムを調べた研究で、3月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fumarate induces vesicular release of mtDNA to drive innate immunity(フマル酸がミトコンドリアDNAの小胞体輸送を誘導して自然免疫を駆動する)」だ。

おそらくこのグループはFH変異と腎臓ガンや平滑筋腫発生の関係を長く研究していたのだろう。腎臓でタモキシフェン注射でFHが欠損するマウスを作成し、FH欠損の効果を調べたところ、細胞の増殖や代謝に大きな変化が起こるわけではないが、自然免疫に関わる分子の発現が腎臓細胞で起こることを発見する。

様々なガンで、炎症の役割が示唆されており、この結果はFH欠損による腎臓での炎症がガンを誘発する原因である可能性を示唆している。このシナリオを確認するため、まずFH欠損が自然炎症を誘発するメカニズムを探っている。

この結果、FH欠損により細胞内のフマル酸が上昇するだけで、ミトコンドリアからDNAが漏れ出し、これが細胞内核酸センサーを刺激し、TBK1-IRF3経路が刺激されることがわかった。事実、細胞膜を通過できるフマル酸を添加するだけで腎臓上皮細胞の自然免疫が誘導される。

最後に、フマル酸蓄積がミトコンドリアDNA流出を誘導するメカニズムを探り、ミトコンドリア形態の変化などを考慮しながら、最終的にフマル酸がミトコンドリアからの小胞体形成、遊離を誘導し、この中に含まれるDNAがRIG-1やcGASと言った核酸センサーにキャッチされ、自然免疫を誘導することがわかる。

以上の結果は、FHが腎臓ガンの促進因子になる原因は、慢性の炎症および、おそらく細胞死の促進が組み合わさった結果であると考えられる。当然、他の原因による腎臓ガンでも、この経路が阻害されることでより悪性になることが予想される。

しかし、代謝経路と単純にまとめることの間違いを、IDHやFHの例は教えてくれる。勉強になった。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月13日 細胞相互作用を調べる single cell プラットフォーム(3月10日号 Science 掲載論文)

2023年3月13日
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昨年6月クリスパー/Casを用いて網羅的に遺伝子ノックアウトを行った細胞での転写の変化をsingle cell RNA sequencingを用いて調べるPerturb Sequencingについて述べたカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文を紹介し(https://aasj.jp/news/watch/19994)、さらにクリスパーとsingle cell sequencingが合体したまさに現代を代表するテクノロジーなのでYouTubeでも解説した(https://www.youtube.com/watch?v=-Yddv5xuPC8)。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、この技術にマイクロ流体コントロール(マイクロフルイディックス)技術を合体させ、single cellテクノロジーと本来的に相性が悪い細胞間相互作用を研究できる様にし、多発性硬化症の炎症を抑える回路を明らかにした研究で、3月10日号 Science に掲載された。タイトルは「Droplet-based forward genetic screening of astrocyte–microglia cross-talk(液滴培養を用いたアストロサイトとミクログリア相互作用の遺伝的スクリーニング)」だ。

細胞相互作用を調べるためには、少なくとも2種類の細胞が同時に存在する実験系が必要になる。この研究では、マイクロフルイディクスを用いて単一のアストロサイトとミクログリアを一つの液滴の中に閉じ込める方法の条件を至適化して、2−3日間細胞培養が出来る様にし、単一細胞同士の相互作用を、そのままtwo cell mRNA sequencingで調べられる様にしている。

次に、アストロサイトにNFkBレポーターを導入、一方ミクログリアに遺伝子ノックアウト・クリスパーライブラリーを導入、それぞれを一つの液滴に閉じ込め、アストロサイトのNFkB誘導に関わる分子を探索し、4種類のミクログリア分泌分子と、それに対応する4種類の受容体が、アストロサイトの炎症反応を抑えることを発見する。

この研究では4種類のシグナルの内、Amphiregulin分子(Areg)と、その受容体EGFRに焦点を絞り、多発性硬化症モデルでAreg発現を抑えるレトロウイルスベクターを脳に注射する実験を行い、Areg発現が脳で抑制されると、炎症が高まることを明らかにしている。

一方で、アストロサイトとミクログリアが閉じ込められた液滴培養の遺伝子解析から、Aregの発現を高めるアストロサイト因子がIL33であることも明らかにしている。

主な結果は以上で、細胞間相互作用の研究をsingle cell同士のレベルで行い、その結果を網羅的に遺伝子発現として把握するこの系は、まだまだ完全でない細胞間相互作用の研究を前進させる様な気がする。しかし、続々実現する新しいテクノロジーが、合体することでより高いテクノロジーへと発展するのを見ると、我が国の科学が元気になるためには、このような新しいイノベーションにチャレンジする若手研究者が出てくることが必要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月12日 CAR-Tのためのシグナルを極める(3月8日 Nature オンライン掲載論文)

2023年3月12日
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昨日はガンのネオ抗原についての研究を紹介したが、なぜネオ抗原研究が重要かというと、ガンの免疫を完全にコントロールするためには、免疫系が反応してガンを殺せる抗原を患者さんごとに把握し、100%の免疫治療を実現するためだ。同じように、いつかは100%のガン免疫治療を実現できると期待できるのが、特定のガンが共通に発現する抗原を認識する抗体をT細胞受容体 (TcR) につないだCAR-Tだ。

CAR-Tが期待される最大の理由は、抗原から反応に至るまで、最終的には完全にコントロール可能な免疫療法を可能にするからだ。ただ、固形ガンに利用できるCAR-Tが開発できていないだけでなく、効果がはっきりするB細胞白血病でも100%のガン免疫治療にはほど遠いのが現状だ。

そのため100%を目指して、抗原受容体に結合させるシグナルを見直す動きが加速しており、その例がずいぶん前に紹介したSynNotchシステム(https://aasj.jp/news/watch/5863)で、これが固形ガンもカバーできる可能性を持つことも最近紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21145)。

これに対して、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、ほとんどのCAR-Tシステムに使われている CD3ζ部分を完全に見直すことで、高い効果のみならず高い安全性も実現するCAR-Tが可能であることを示した研究で、3月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Co-opting signaling molecules enables logic-gated control of CAR-T cells(シグナル分子を利用することでCAR-Tをコントロールする論理回路が実現する)」だ。

この研究の目的は、ガン特異性を保証するために、2種類の抗原が存在する細胞のみに反応出来るCAR-Tを開発することだ。タイトルの論理回路というのは、コンピュータープログラムでおなじみの、A and B to goといった、AとBが存在すればオンという回路のことで、ガン表面上の二つの抗原を検知したときのみ殺すCAR-Tになる。

このために、CD3ζシグナルと共刺激シグナルを分離する方法や、SynNotchシステムが開発されたが、まだまだ完全ではないと考え、この研究では抗原受容体の下流を完全に見直すことから始めている。

その結果、CD3ζと結合するZap70の下流シグナルのみで、試験管内のみならず、マウスへのガン移植系でも大きな効果があることを示している。圧巻は現在最もよく使われているCD3ζCAR-Tと比べた実験で、試験管内では大きな差を認めないものの、移植ガンのキラー活性でみると大きな差があることがわかった。

ただ、これは一個の抗原でオンになる回路で、2個の抗原で初めてオンになる回路を形成するには、Zap70のさらに下流のシグナルを用いる必要がある。Zap70はLAT分子とSLP76分子を会合させこれによりPLCγシグナルを活性化することがわかっているので、今度はZap70を用いる代わりに、CD19に対する抗体にはLAT分子、もう一つのHER2抗原に対する抗体にはSLP-76分子を結合させ、二つの分子が会合したときだけT細胞活性がオンになるように細胞を設計すると、両方の抗原が存在するときのみ反応するCAR-Tが出来るのだが、一つの抗原にもある程度反応し、副作用の原因になる。

この抗原が揃わなくても一定の刺激がオンになる原因を、両方の分子がGADS分子により橋渡しされるからだと考え、LAT及びSLP-76からGADS結合部分を除いてCAR-Tを設計し、

1)2つの抗原が揃ったときのみ活性化されること、

2)これまで開発されたAND型論理回路のCAR-Tと比べても高いガンキラー活性を示すこと、

をしめし、ついにAND回路で動くCAR-Tが完成したと結論している。

今後固形ガンなどにも効果があるかなどが検討されると思うが、ここまで徹底的にシグナルを見直すグループが存在していることは、CAR-T分野の競争が激烈化していることを覗わせる。

カテゴリ:論文ウォッチ
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