ガンや炎症でエピジェネティック変化が起こり、それまで抑制されていたトランスポゾンなどの反復配列の一部が転写され、それが自然免疫を刺激し、ガンの増殖や免疫に大きな影響があることが知られている。例えば、新しいガン抗原ができて、自然炎症を起点にガンに対する免疫反応が起こると、ガンの進行抑制に働くが、最近ではガンの上皮間葉転換を促し、浸潤や転移を促進することも報告されている。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、内容としてはこれまで示されてきた反復配列転写によるガンとガンの環境変化を扱っているが、組織レベルでがんと周囲組織を調べたという点では全く新しい研究で、10月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Disruption of cellular plasticity by repeat RNAs in human pancreatic cancer(ヒト膵臓ガンの反復配列由来RNAは細胞の可塑性を破壊する)」だ。
この研究のハイライトは、膵臓ガン組織を CoxMx と呼ばれる in situ hybridization を何度も繰り返して細胞レベルで転写を調べる方法で、LINE、ORF、HSAII など数種類の反復配列由来RNAとともに、他の転写RNAを調べ、反復配列がどこで発現しているかを克明に調べた実験で、膵臓ガンが反復配列転写レベルが最も高いこと、線維芽細胞や血液系の細胞では大体半分程度しか検出できないことを示している。
このような反復配列転写物はエクソゾームを介して回りに伝搬されることが知られているが、実際膵臓ガンを中心にその検出レベルが低下するパターンが観察される。そして、LINE を反復配列転写物の指標として、ガン周囲線維芽細胞の転写を調べると、反復配列の高い線維芽細胞は、筋繊維型から炎症型へシフトすることを示している。
あとは、これまでの研究と同じで、エクソゾームを介した膵臓ガンとガン組織の線維芽細胞との相互作用を、主に試験管内の実験で調べている。
まずほとんどの反復配列転写物は筋繊維型線維芽細胞を炎症型に変化させる。ただこれだけで止まらず、膵臓ガン周囲の線維芽細胞の培養上清を膵臓ガンに加えると、膵臓ガンの上皮間葉転換を誘導することができる。このように、ガン組織でガン細胞と周囲線維芽細胞が相互作用を行い、悪性化を進めている。
さらにエクソゾームの中に反復配列転写物が存在することで、一種のウイルスに対する反応が誘導され、これにより誘導されるインターフェロン反応が、線維芽細胞だけでなく、膵臓ガン細胞にも影響を及ぼす。
これまで、いくつかのグループにより膵臓ガンの上皮間葉転換を誘導できるのは、2重鎖をとりやすいセントロメア付近の反復配列であることが知られている。従って、反復配列転写物の中で2重鎖をとりやすい HSAII などは、膵臓ガンと線維芽細胞で異なる反応を誘導し、インターフェロン反応と協調してより複雑なガン組織を形成してしまう。
本来なら、この点こそ組織学的に調べてほしかったのだが、データはあるはずなのに詳しい組織学的解析はできておらず、上皮間葉転換が起こったガンで HSAII が高いという従来の結果を確認するのにとどまっている。他にも、同じ反復配列転写物に対して、膵臓ガンと線維芽細胞では使っているシグナル経路が異なっていることも示している。
いずれにせよ、反復配列転写物の出所が膵臓ガン自体だとすると、このシナリオはなかなか理解しがたい。このような研究を組織レベル、単一細胞レベルでできるようになったのは素晴らしいので、組織データに絞った解析をしてほしかったと思う。しかし技術は着実に進んでいる。