同じ肺ガンでも、腺ガンと扁平上皮ガンではブドウ糖の取り込みが全くことなっていることを、以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/21748)。もちろんエネルギー産生だけでなく、糖代謝は様々な過程に関わるため、細胞分化自体にも関わる可能性がある。実際、細胞培養を用いている発生研究者の多くは、培養中のグルコース濃度で細胞分化が大きく変化することを実感している。しかし、正常の発生過程で、グルコース代謝様態を詳しく調べた研究を目にすることは少なかった。
今日紹介するイェール大学からの論文は、マウス原腸陥入期の中胚葉分化過程で、グルコース要求性が上下するという克明な観察に基づいて、細胞分化を支えるグルコース代謝メカニズムを明らかにした研究で、10月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Selective utilization of glucose metabolism guides mammalian gastrulation(選択的グルコース代謝が哺乳動物の原腸形成をガイドする)」だ。
研究ではまず、グルコーストランスポーター Glut1 の発現や、蛍光グルコースアナログの取り込みで、グルコース利用状態を調べ、エピブラストから中胚葉ができて原条が形成される過程、及び原条から離れた中胚葉細胞が移動する時期に、グルコースの取り込みが高まることを明らかにしている。図からその様子を目にしてみると、これほどファインな調節が行われているのかと感心する。
グルコースは取り込まれたあと、メインのグリコリシス経路、糖修飾に関わる Hexosamine 合成経路(HBP)、そして核酸や NADPH 合成に関わる pentose phosphate 経路(PPP)に分かれるが、特異的阻害剤を用いた研究から、最初の原条を通って上皮から中胚葉が分化する過程には HBP が関わっているが、グリコリシスや PPP 阻害剤は影響がほとんどないことがわかった。
試験管内での胚培養や細胞培養の実験から、HBP はエピブラストから中胚葉への上皮間葉転換に関わり、Heparan sulfate proteoglycan を細胞外にマトリックスとして形成することで、発生誘導に必要な FGF など細胞外シグナルの機能を高めることを示している。
まとめ直すと、分化の過程に糖代謝に関わる分子の発現が組み込まれ、これが HBP 経路を介して、中胚葉形成を誘導するマトリックスを形成するという話で面白い。
ただ面白いことに、同じ経路が中胚葉の移動時に見られる第二波のグルコース利用には使われていない。同じく阻害剤を用いた実験から、第二波では、グリコリシス経路をブロックすると、細胞の増殖は維持されたままで、中胚葉細胞の移動が止まってしまう。この過程に関わる分子メカニズムははっきりしていないが、ERK 活性化と様々経路で強調することで、中胚葉が胚全体に広がり、血管や体節を作る発生の一大イベントを支えていることになる。
以上が結果で、グルコース代謝から見るだけで、発生の巧妙なメカニズムの新たな側面が見えてくる。同じような隠された細部が、その後の発生過程のあらゆる段階で明らかになっていくことだろう。