10月25日 大蛇の腸の中(10月18日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)
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10月25日 大蛇の腸の中(10月18日 米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2024年10月25日
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考えたことはなかったが、言われてみると蛇の消化器は面白そうだ。というのも、我々のようにかみ砕いて胃に送るのではなく、大きな動物でもまるごと飲み込んで消化する。従って消化に何日もかかると言うことは知っていても、いつどこでどう消化するのかは考えたことがなかった。いずれにせよ、丸呑みにした餌は長く胃にとどまり、骨まで溶かされ、そこから小腸へ少しづつ移動すると想像できる。

今日紹介するテキサス大学アーリントン校からの論文は、解剖学的構造を説明せず、消化に何日もかかる大蛇パイソンの食後の腸の細胞構成変化に注目して、single cell RNA sequencing を用いて解析した研究で、蛇の消化器についの知識不足のため、よく理解できない点は多かったが、蛇という特殊なボディープランをもつ脊椎動物の特殊性と共通性を学べる論文で、物知りになった気分になる。タイトルは「Single-cell resolution of intestinal regeneration in pythons without crypts illuminates conserved vertebrate regenerative mechanisms(Single cell 解像度のクリプトの存在しないパイソン小腸再生は背椎動物共通の再生メカニズムを明らかにする)」だ。

腸の再生というと我々はクリプトに存在する幹細胞の活動を思い浮かべるが、パイソンの腸にはそのようなクリプトは全く存在しないようだ。しかも、消化管に食物が存在しない時期には文字通り痩せ細ってしまう小腸は、食物が入ってくると急に活性化し、ものを飲み込んだあと48時間で小腸の大きさは2倍になり、絨毛の長さは5倍にもなるらしい。ただ、消化管の細胞構成は、我々と大きく異なってはおらず、幹細胞とパネット細胞からなるクリプトの幹細胞システムのようなファインな仕組みはよくわかっていないが、ゴブレット細胞や消化管ホルモン産生細胞などが小腸上皮の中に散らばって存在している。

丸呑みにした餌は胃の中で消化されて少しづつ腸へ送られると想像するが、胃からの刺激で小腸組織の大きな再構成が誘導されるのだろう。ただこの点には言及がない。研究では、食事をおそらく詰め込んだあと、6時間、12時間、1日と極めて短時間の変化を single cell RNA sequencing で調べ、細胞がどう変化するかを調べている。

6時間という極めて早い時間で調べると、最も大きな変化が見られるのが間質細胞で、特に急速に多様化する。例えば、PDGFRα を発現した細胞が現れて絨毛の伸長を助ける点は、我々の絨毛が伸びるのとよく似ており、線維芽細胞が大きな変化の先導役を務めていることがわかる。

この先導役線維芽細胞に導かれ、ゴブレット細胞や上皮細胞の中に幹細胞様の遺伝子を発現した細胞が見られこれが増殖を支えている。このとき、我々の腸の幹細胞と同じで、Wnt シグナルが働いている証拠も認められる。これと平行して細胞の遺伝子発現パターンが大きく変化し、上皮細胞ではこれから襲ってくるストレスに耐えるための遺伝子と、上皮内で脂肪を処理するための遺伝子発現が誘導される。

これも全く知らなかったが、BEST4 細胞として知られる上皮の増殖が他の脊椎動物と比べて特に上昇している点で、発現しているシグナル分子を調べると、上皮以外の様々な細胞の増殖を誘導するための相互作用のハブになっており、特に脂肪吸収に必要なリンパ管形成に重要な働きを演じていることがわかる。我々人間では、この BEST4 細胞は神経刺激、炎症刺激を調節する上皮と考えられているようだ。ただ、タイトルにあるように、増殖要求性や転写因子は我々人間に至るまで共通性も多い。

以上が結果だが、具体的解剖学の理解がないのと、組織学的に示されないと、やはり浅い理解で終わる。いずれにせよ、パイソンの腸を考えてみるという希有な機会になった。

カテゴリ:論文ウォッチ