昨日に続いてユニークな生物についての研究を紹介する。今日紹介する北京プロテオーム研究センターからの論文は、クマムシがなぜ放射線照射に強いかを、ゲノムをはじめとする様々なオミックスを組み合わせて調べた研究で、クマムシの驚くべき強さを知るという意味では、かなり面白い研究だと思う。タイトルは「Multi-omics landscape and molecular basis of radiation tolerance in a tardigrade(クマムシの放射線耐性のマルチオミックスから見た分子基盤)」で、10月25日 Science に掲載された。
クマムシはなんとなく一種類という先入観があるが、実際には何種類も存在し、この研究では long read も加えて新しく解読したゲノムをこれまでのデータと比べ、系統樹を描いている。これにより、遺伝子発現を調べるための基盤が作成できるとともに、各遺伝子の保存状況が明らかになり、重要な機能をゲノムから推察することができる。
さて驚くのはここからで、放射線を 200Gy、2000Gyと照射したときに誘導される遺伝子を調べている。しかし、2000Gy も照射して生きているというのが驚きで、しかも照射によって2801個もの遺伝子の発現が変化し、その多くは発現が落ちるのではなく、上昇する。 さらに驚くのは、200Gy から2000Gy へ線量を上げると、変化するのは同じ遺伝子だが、発現量がさらに上昇する。すなわち、線量を感知して発現を上昇させることができる。このように、多くの遺伝子を線量に合わせて放射線への耐性を獲得している。
研究では2801個の中から、おそらくバクテリアなどから水平遺伝子伝搬してきて放射線で強く誘導される遺伝子の中から 4,5-DOPA dioxygenase1 (DODA1) に着目してその機能を調べている。この酵素は betalain と呼ばれる植物の赤い色素を合成する酵素で、この合成系を導入するとヒト細胞でも betalain を合成するようになり、その結果放射線耐性が獲得され、放射線による DNA 分断が大きく減少する。この効果の一つは直接 DNA 損傷を抑えることだが、もう一つは活性酸素の誘導も強く抑えることができ、結果として DNA 損傷が抑えられる。このように、重要な酵素を水平伝搬により獲得し、クマムシの放射線耐性が実現している。この研究のゲノム解析から、クマムシでは459種類の遺伝子が水平遺伝子伝搬により獲得されたと考えられ、他からの遺伝子を積極的に使うことが放射線耐性に大きく寄与している。
次に 2000Gy を照射したときにクマムシ特異的に誘導される遺伝子の中から、放射線抵抗性やストレス反応に関わるとされている3次元構造がとりにくい分子を探索し、TRID1 を特定し、その機能を探っている。これも驚くべき分子で、それ自身で相分離することで、DNA 損傷箇所の分子コンプレックスの濃度を上げる役割があり、この分子をノックダウンするとクマムシも放射線で死ぬことを明らかにしている。
このようにクマムシ特有のメカニズムだけでなく、放射線照射で誘導される遺伝子の中には、ミトコンドリア呼吸チェイン分子群の発現上昇が目立つことに注目し、ヒト培養細胞にこの遺伝子の一部を導入することで、放射線耐性が生まれることを示している。この酵素群では NAD が合成され、DNA 損傷箇所に PARP1 をリクルートして修復を高める役割を持つことを明らかにしている。
以上が結果で、ここで示された3種類の経路は、それぞれ放射線抵抗性獲得に大きな寄与があることが示されることが証明された。実際には検討されなかったもっと多くの遺伝子が、放射線照射で誘導されることを考えると、おそらく他のメカニズムも動員され寄与している可能性は高い。このように、多くのメカニズムを放射線に反応して誘導し、集中的に DNA 損傷を抑えているクマムシの像がよくわかった。