9月13日 相分離した線虫P granuleの安定化(9月10日号 Science 掲載論文)
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9月13日 相分離した線虫P granuleの安定化(9月10日号 Science 掲載論文)

2021年9月13日
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これまで何度か相分離と生命現象に関する論文を紹介してきたが、オルガネラ形成メカニズムに相分離の関与が最も早く示されたのが、線虫の生殖細胞発生過程で生殖系細胞に偏在し、大きさや分布の動態が大きく変化するP granuleだろう。特に、受精後の最初の分裂で将来の生殖細胞系列だけに非対称的に分配されるダイナミックスは多くの研究者を引きつけてきたが、この動態に合わせて相分離がどう調節されているのかについては明らかではなかった。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、P granuleを形成する相分離したPGL分子の表面安定性をMeg3分子が維持することを示した面白い研究で9月10日号のScienceに掲載された。タイトルは「Regulation of biomolecular condensates by interfacial protein clusters(生物分子の凝集体を界面分子クラスターで調節する)」だ。

相分離は工業的に古くから利用されており、相分離した凝集体の界面でこれを安定化させる分子の利用はピッカリング因子として、1907年から知られていたらしい。わかりやすく言うと、カゼインにより乳脂のエマルジョンが安定化される現象もこれに当たる。

この研究ではP granuleの主成分と言えるPGLが相分離したとき、界面を安定化させる分子としてMeg3が働くのではと着想し、まず細胞内、および試験管内でのPGL 凝集体と、Meg3との関係を高解像度顕微鏡で調べると、Meg3がPGL凝集体の表面でクラスターを形成し、ピッカリング因子の働きをしている可能性を発見する。実際、Meg3がないと、凝集体が固くなり、また凝集体同士の融合が起こる。すなわち、Meg3はPGL凝集体をしなやかに保ち、凝集体同士の融合を抑える、ピッカリング因子としての役割を果たしていることを明らかにする。

この発見が研究のハイライトで、このような凝集体の調節により、凝集体自体と周りの環境との分子の交換は阻害されないまま、安定な相分離帯を形成できる。特に、PGLはリン酸化により融合が高まるが、Meg3によりこの融合を強く抑えることができる。これにより受精後PGLがリン酸化されることで凝集したがる傾向を、Meg3が押さえ、P granuleを次の段階で、片方の細胞だけに分布させられるように、至適条件を保っている。

実際、Meg3が存在しないと、最初の分裂前から大きなPgranuleができてしまい、その結果P granuleが片方の娘細胞にだけ分布して生殖細胞を決定することができない。

結果は以上で、まとめるとMeg3というピッカリング因子が存在することで、凝集体のサイズや固さを安定化させ、PGL自体の分子変化がおこっても、凝集体が維持できることが、P granuleの非対称的分布に必須であることを示し、相分離の研究が、その微細な調節機構解明へと進んでいることを示す面白い論文だと思う。

しかし、このような界面化学が工業的に利用されていることを知ると、進化の中で同じ制御過程が生まれていることに感心する。

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9月12日 コロナウイルス感染のエピジェネティックス(9月3日号 米国阿アカデミー紀要 掲載論文)

2021年9月12日
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リンパ球の免疫記憶やマクロファージの免疫トレーニングのcovid-19への関与を見ていると、当然のことながら、新型コロナウイルス感染やサイトカインストームと、エピジェネティックスの論文を紹介していても良さそうなのだが、これまで紹介する機会はなかった。

今日紹介するミシガン大学からの論文は、タイトルにSETDB2と呼ばれるヒストンメチル化酵素が記載されており、これはエピジェネティックス論文だなと、取り上げることにした。タイトルは「Coronavirus induces diabetic macrophage-mediated inflammation via SETDB2(コロナウイルスはSETDB2を介して糖尿病患者のマクロファージの炎症を誘導する)」だ。

肥満、糖尿病、そして老化の背景にインフラマゾームを介する炎症があることは何度も紹介したが、高齢者や糖尿病、肥満などの基礎疾患がある人はcovid-19感染により重症化しやすいのは、この慢性炎症が関わると考えられてきたが、明確な分子基盤を特定するまでには至っていない。

この研究ではサイトカインストームで上昇するサイトカインを調整するNFκb結合領域がH3K9ヒストンにより抑制されているのに着目し、H3K9のメチル化に関わるSETDB2の発現を、covid-19感染者からマクロファージを採取して調べると、他の病気でICUで治療を受けている患者さんのマクロファージと比べて、SETDB2の発現が強く抑制されていることに気づく。また、マウスに肝炎コロナウイルスを感染させる実験でも、同じようにマクロファージのSETDB2発現が低下していることがわかった。

ではSETDB2が炎症に関わるのかを調べる目的で、マクロファージ特異的にSETDB2をノックアウトする実験を行い、SETDB2ノックアウトマクロファージでは、コロナウイルス感染によりTNFやIL6の分泌が強く亢進することを示している。また、骨髄マクロファージにウイルスを感染させると、これらサイトカインの調節領域に結合しているH3K9が低下していること、すなわちSETDB2によるメチル化が低下していることを示している。

次に、SETDB2の発現を誘導するシグナル経路を解析し、通常ウイルス感染で最初に誘導されるIFNβによりマクロファージが刺激されると、Jak1/Stat3を介してSETDB2の発現が誘導されることを示している。すなわち、covid-19重症者では、この経路がうまく働かず、SETDB2が低下し、これがNFκb依存性のサイトカイン調節を高める結果を生んでいると結論している。

最後に、糖尿病とSETDB2との関係を調べ、

  1. 糖尿病患者さんではもともとSETDB2のレベルが低いこと。
  2. その結果感染により、INFやIL6などが上昇しやすいこと。
  3. TNF, IL6調節領域でのSETDB2結合を調べると、糖尿病で元々低く、感染によりほとんど結合が失われること。

を示し、少なくとも糖尿病でサイトカインストームが起きやすいのは、SETDB2の機能不全が起こっているからだと結論している。

以上をまとめると、1型IFNのシグナルがウイルス感染により伝わりにくくなる結果、SETDB2の発現が低下し、サイトカインストームが起こりやすい状態になることが重症化の一因であることが示唆される。そこで最後に、IFNβを投与する実験を行い、期待通りSETDB2の発現が戻っている。ただ、有意差はあるとしているが、サイトカインストームを抑える効果は、明らかだとは私には思えない。

以上が結果で、最後は少し尻すぼみといった感じだが、しかし糖尿病と局所の炎症をつないでいくエピジェネティックス研究は今後も重要だと思う。

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9月11日 白斑症組織での複雑な細胞動態をsingle cell RNA sequencingで解析する(9月8日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年9月11日
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現役時代、当時大学院生だった西村栄美(現東大医科研教授)さんは、色素細胞の分化段階に応じてカドヘリンの発現が環境依存的に変化し、これによって神経堤から皮下組織に分布した後、上皮細胞層に移動し、最後に毛根のバルジ領域へ定着できるという論文を発表したが、そのとき色素細胞維持の複雑性に本当に感心した。

この色素細胞を上皮層に維持する過程が傷害され、上皮層の色素細胞が脱落する白斑症は、自己免疫性炎症疾患であることはわかっているが、なぜ局所的に白斑が起こり、他の場所では色素が維持されるのかなどわからない点が多い。

今日紹介するマサチューセッツ医科大学からの論文は、この難問に患者さんの皮膚から採取した細胞のsingle cell RNA sequencing(scRNA-seq)でアプローチした研究で9月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「scRNA-seq of human vitiligo reveals complex networks of subclinical immune activation and a role for CCR5 in T reg function(人の白斑症のscRNA-seqによる解析は、臨床的症状が出る前に成立した複雑な免疫活性ネットワークと抑制性T細胞(Treg)のCCR5の機能を明らかにした)」だ。

皮膚は安全に細胞の採取ができる組織で、single cellレベルでRNA発現を調べるscRNA-seqを病態解析に利用しやすく、この技術で薬剤過敏性症候群の治療法が明らかにした論文は(https://aasj.jp/news/watch/12272)、以前紹介した。

この論文では、健常人、患者さんの正常皮膚、患者さんの白斑部位の3カ所から細胞を採取し、これをscRNA-seqで解析して、色素細胞が白斑部位でなぜ脱落しているのかを解析している。ただ、一般的な皮膚組織のバイオプシーの代わりに、suction blister biopsyと呼ばれる、皮下に液を注入し、そこに遊離してくる細胞を吸い出すという方法で細胞を採取している。おそらく、ケラチノサイトや色素細胞の収量は落ちるが、single cell suspension 回収という点ではいいのかもしれない。実際この方法では皮下組織の細胞はほとんど混入してこないようだ。

このように主に上皮内の細胞に限るという条件でscRNA-seqが行われ、膨大なデータから、以下のことが明らかになった。

  • これまで白斑の重要な原因であると考えられていたインターフェロンγ(IFNγ)は、ケラチン細胞で最も合成が多いが、これは健常皮膚と白斑では差がない。
  • 一方、T細胞では、Tregを含めた全てのサブセットでIFNγが上昇している。この上昇は白斑を問わず患者さんの皮膚全体で見られるが、白斑部位では特に上昇が激しい。すなわち、T細胞の活性化という点では、すでに病気は始まっているが、何らかの要因で白斑部位でさらにIFNγが上昇する。
  • 白斑部位の各細胞の遺伝子発現から、様々な細胞同士で相互作用が進んでいることがわかる。色素細胞について注目すると、ケラチン細胞が作るマトリックスにより接着する仕組み、およびTGFβとその受容体によるシグナルの変化などを捉えることができる。以上のことから、炎症によりケラチン細胞との関係が変化して色素細胞が脱落することが強く示唆される。
  • 一方、直接T細胞やNK細胞により色素細胞が傷害される可能性も高く、特に白斑局所ではMHCの発現が高まっている。
  • Tregは白斑を抑える働きがあることが知られているが、白斑部位ではIFNγを発現し、炎症により遺伝子発現プログラムが変化している。特にCD8T細胞と相互作用する時に使われるCCR5ケモカイン受容体の発現が高まっている。
  • マウスの実験でCCR5は、TregがCD8T細胞機能を抑制するのに必須であることがわかっている。従って、CCR5が白斑局所のTregで上昇しているのは、このシグナルが何らかの契機で伝えられにくくなっているのか、あるいはこのシグナルが細胞遊走ではなく、Tregが炎症を悪化させるシグナルとして働いている可能性を示唆する。

以上が主な結果で、少し私自身の勝手な解釈を加えているが、病気が全身病であること、ただ白斑局所ではさらに強い炎症が起こっていること、そして何よりもそこで起こる細胞間相互作用は超複雑だが、それだけ新しい治療標的が見つかる可能性が大きいことがよくわかった。

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9月10日 抗体依存性ガン貪食治療の効率を高める分子のスクリーニング(9月8日 Nature オンライン掲載論文)

2021年9月10日
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ガンの免疫療法というと、現在ではCAR-Tやチェックポイント治療になってしまうが、実際にはガンに対する抗体を用いてガンを貪食させる治療も主流の一つで、Bリンパ腫に対するcCD20抗体などは最もポピュラーな免疫治療と言っていい。

抗体によるガン細胞の障害性は様々なメカニズムが動員されると考えられるが、最も重要なのはマクロファージによる貪食で、これを高めることでより抗体の効果を促進することが期待される。その典型が、マクロファージの貪食を阻害するdon’t eat meシグナルCD47で、抗体でこの機能をブロックすると貪食能が促進する。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CD20抗体で誘導する抗体依存性貪食(ADCP)を促進したり抑えたりする分子をクリスパーでスクリーニングし、ADCP治療の分子標的を探索する研究で、9月8日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Inter-cellular CRISPR screens reveal regulators of cancer cell phagocytosis(細胞間でのCRISPRスクリーニングによりガン細胞貪食に関わる調節因子が明らかになった)」だ。

ともかくクリスパーを用いる機能分子探索法を駆使した研究だ。

まずBリンパ腫をCD20抗体で治療する設定で、ガンの方の遺伝子をクリスパーで網羅的にノックアウトするスクリーニング法を用い、ノックアウトされることで、より貪食されやすくなる分子を探索している。当然CD47は一番に出てくるが、それ以外にもいくつか分子がリストされてくる。

次に、クリスパーを用いてプロモーターを活性化させるスクリーニングを行い、発現するとマクロファージに貪食されにくくなる分子を探索し、これまで知られていないいくつかの分子をリストするのに成功している。

こうしてリストされた分子は、今後、治療標的になり得るか個別に検討することになるが、スクリーニング自体が妥当なものかどうか調べる意味で、このリストの中から、両方のスクリーニングでリストされた、すなわちノックアウトすると貪食が促進し、発現すると貪食が押さえられるAPMAPを選んで、あとはこの分子からのシグナルについて検討している。

遺伝子ノックアウトを用いて、スクリーニングの結果を確認した後、APMAPの作用はCD20抗体だけでなく、ADCPを誘導する様々な抗体、また様々なガン細胞、そして移植したガンでも同じ効果を示すことを確認している。

そのあと、この分子を認識するマクロファージ側の分子の探索を、これもクリスパーを用いて行っているが、スクリーニングの仕方は面白い。すなわち、APMAPノックアウトで食べやすくした腫瘍細胞と、CRISPRでマクロファージ細胞表面上の受容体を網羅的にノックアウトしたマクロファージプールと培養し、腫瘍を取り込んだマクロファージと、取り込めなかったマクロファージをFACSで分別する方法を用いて、最終的にAPMAPノックアウト細胞特異的に貪食が高まる分子としてGPR84を特定している。

GPR84はカプロイン酸や中鎖脂肪酸により活性化されるG共益型受容体で、これがAPMAP欠損によりなぜ刺激されるのかは難しい。しかし、GPCR84を活性化してやると、抗体依存性の貪食能を高めることができることから、APMAPは何らかの経路でGPR84のリガンド合成を阻害し、これにより貪食を阻害していると考えられる。

以上が結果で、まとめると、通常APMAPにより中鎖脂肪酸やカプロイン酸の分泌が阻害されており、この抑制が外れるとマクロファージ側のGPR84が活性化し、これがガン抗原と結合した抗体を認識するFc受容体シグナルと強調してマクロファージの貪食能を高めているという結論になる。とすると、GPR84単独の活性化も抗ガン剤として抗体薬と併用する可能性が考えられる。

また増殖能を活性化する方法の開発は、ガンへの応用にとどまらず重要な分野に発展すると思う。

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9月9日 新型コロナ感染予防の社会実験を検証する(8月19日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年9月9日
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我が国でもTVで専門医がステイホームやワクチン接種を呼びかけるキャンペーンを流しているが、一方で緊急事態宣言がでても、人の流れが低下しないことも報道されている。しかしこの矛盾だけから、キャンペーンの効果がないとは結論できないし、ましてや緊急事態宣言の影響も、正確に評価しようとどれほどの努力が行われているのか、少なくとも論文という形では見えてきていない。

ブルームバーグNY市長時代、政策の効果を誰も読まない内部レポートではなく、査読のある論文としてまとめろと命令し、彼の在任期間に300以上の公衆衛生に関わる論文が発表されたことをレポートした論文を、以前紹介したことがあるが(https://aasj.jp/news/watch/891)、世界規模の感染症に政府が行った介入の効果についても、世界に役立つ形で検証され発表される必要がある。

例えば、英国がロックダウン解除前に、数千人規模のロックコンサートを許可して、ワクチンや検査の効果を調べたことが報道されていたが、いつかトップジャーナルにこの社会実験の論文が発表されると予想している。

今日紹介するハーバード大学からの論文も、感謝祭とクリスマスで人が旅行するのをFacebookを通して流した、医師と看護師のStay Homeの訴えが、どの程度の効果があるか検証した研究で、8月19日号のNature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Effects of a large-scale social media advertising campaign on holiday travel and COVID-19 infections: a cluster randomized controlled trial(大規模なSNSを通したキャンペーンが国民的休日の旅行とCovid-19感染に及ぼす影響:クラスターごとの無作為化対照試験)。

この研究では、covid-19の感染者が正確に把握でき、またスマホの記録から得られているFacebook Movement Rangeデータベースによる人の移動距離が把握できる地域を選んで、それを無作為的に二分し、同じキャンペーンを一方には高い頻度で(High intensity,大体3/4の人の目にとまる)、もう一方には低い頻度(Low intensity 大体1/4に伝わる)でキャンペーンを流す地域を分け、それぞれの行動や感染状況を調べている。

結果だが、

  1. 自宅からの移動距離は、感謝祭やクリスマス休暇が近づくほど、どちらの地域でも低下しているが、High intensity 地域の方が大体1%ほど低下が大きい。
  2. 自宅にとどまるstay homeが守られているかを見ると、大体3/4の人は何らかの形で外出しており、この数にキャンペーンは影響がない。
  3. このように、移動距離では小さな変化だが、covid-19の感染者数を見ると、キャンペーンを流さなかった地域と比べ、2週間ほどして感染者数が一時的に落ち込みが見られた。ただ、この変化はHigh intensityとLow intensity地域で差はなかった。
  4. この変化に、共和党支持、民主党支持は影響ない。

以上が結果で、これを有効とみるか、効果は低いとみるかは、感染抑制の目標によっても違うだろう。しかし、最初から治験登録を行い、その効果を論文として発表し、世界中でデータをシェアすることが、科学を重視する社会での社会実験であることを示した点で、高い意気込みの研究だと思う。もしこのような研究が我が国で進んでいないとするなら、その根っこに我が国の科学力低下と共通の原因があるように思う。

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9月8日 考古栄養学でローマ時代の食事を再現する(8月25日号 Science Advances 掲載論文)

2021年9月8日
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現在栄養学が急速に進展しているのは、同位元素を用いて我々の基礎代謝や、炭水化物、脂肪、アミノ酸の間での炭素の交換について詳しく計測できるようになったことが大きい(https://aasj.jp/news/watch/17620)。そして、これらの成果を元に、やはり同位元素を用いた考古栄養学が生まれ、最近ではマンモスの移動範囲を接種したアイソトープから推測すると言った研究が実現している(https://aasj.jp/news/watch/17335)。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は紀元前79年、ベスビオス火山の大噴火でポンペイとともに消滅した町、ヘルクラネウムで発見された人骨からコラーゲンを抽出し、さらにそこからアミノ酸を抽出して窒素、炭素の同位元素を比べることで、個人個人の食生活を再現した研究で8月25日号のScience Advancesに掲載された。

古代ローマでは火葬が中心だったので当時の人骨の発見は極めてまれで、その意味で火山から逃げ遅れた人の人骨は貴重な資料になる。この研究では海から少し離れた場所で折り重なるように死亡したと思われる17人の人骨からコラーゲンを抽出し、同位元素解析に回している。

以前紹介したほとんどの研究では、コラーゲン全体の中に含まれる同位元素を調べているのだが、この研究では食生活を知るというより詳しい解析を行うため、コラーゲンからさらにアミノ酸を抽出し、それぞれのアミノ酸の窒素と炭素の同位元素を調べている。

原理だが、アミノ酸の中には炭水化物や脂肪と同じ炭素プールを使う部分(グリコリシスやTCAサイクルで合成される部分)と、食事からだけ摂取して中で炭素が置き換わらないアミノ酸に分けられる。こうして得られたアミノ酸のなかに含まれるδ13C,δ15Nの比は、接種した食事を反映している。そこで、当時の動物や魚の骨から同じ同位元素の比率を測定、痕跡のない穀物については、現在の穀物をベースに推測した値を用い、人間の骨のそれぞれの窒素や炭素が、動物性タンパク質(肉、ミルクなど)、魚、そして穀物から来ているのかについて、得られた遺体個別に調べている。

研究としては、この測定の妥当性と正確性が最も重要なポイントになるのだが、ここでは割愛して結論だけを述べる。

  1. コラーゲン全体を用いた場合、ほとんど同位元素が由来した食品を推定することはできない。一方、アミノ酸を抽出することで、かなり正確に由来を推定することができる。
  2. 同じ場所で発見されていたが、特に男性で個々人の食生活に大きな違いが見られる。おそらくこれは社会階層などを反映していると考えられる。
  3. 現在もそうだが、ヘルクラネウムでは魚を多く接種しており、タンパク質のうち5−30%が魚由来であることがわかった。面白いことに、女性は男性と比べて魚の摂取量が少ない。一方、動物性のタンパク質の比率は女性の方が高い。
  4. 穀物の消費が少ないのはこの地方の特徴で、現在でもその傾向がヘルクラネウムでは見られる。
  5. カロリー計算にオリーブなどのを含んでいないが、現在の消費量から推計すると、30%近いカロリーをオリーブオイルから得ていた。

以上が結論で、実験の妥当性については評価できないが、ここまで考古栄養学が進んだのかと、感心する論文だ。

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9月7日 全く新しいCAR-T増強法の開発(9月16日号 Cell 掲載論文)

2021年9月7日
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Non-coding RNAと呼ばれる、ペプチドをコードしているわけではないが、細胞の中で重要な機能を担っているRNA(もちろん最も典型的なのはリボゾームRNAやtRNAだが、このほかに様々なRNAがそれ自身で機能をもって働いている)について知れば知るほど、生命誕生前にRNAワールドが間違いなくあったことを確信する。

そのうちの一つRN7SL1は、シグナルペプチドとリボゾームに結合して翻訳を止めるSRP複合体の中核で、7Sと呼ばれるだけあって300bpの大きなRNAだ。もちろんこんなものが裸で存在したら、そのまま自然免疫を誘導するのだが、実際には6種類のタンパク質と複合体を作っており、問題はない。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、このRN7SL1を自然免疫刺激に使って、ガンに対するCAR-Tの機能を高められないか調べた、大変面白い論文で9月7日号Cellに掲載された。タイトルは「The immunostimulatory RNA RN7SL1 enables CAR-T cells to enhance autonomous and endogenous immune function(免疫刺激性RN7SL1はCAR-T細胞自身の活性とともに、ホストの免疫も増強する)」だ。

なぜRN7SL1を使おうとしたのかという点は完全に理解できなかったが、RN7SL1や他のRNAを脂肪粒子に詰めて投与する実験で、普通のRNAは一つのRNAセンサー(RIG1 or MDA5)だけで自然免疫を誘導できるのに対し、おそらく複雑な3次構造のためにRN7SL1は両方のセンサーが働かないと、自然免疫が活性化しない。このため、わかりやすく言うといい塩梅にガン免疫が増強されるようで、移植ガンにRN7SL1を直接注射し、チェックポイント治療と組み合わせると、他のRNAより強い抗ガン免疫を誘導できる。

この方法は、今後ガン免疫を高める方法として利用できるが、この結果をさらに進めて、RN7SL1をCAR-Tで発現させることで、例えば固形ガンでは効果が落ちるCAR-Tを活性化できないか研究を進めている。メゾセリンやCD19に対するキメラ受容体遺伝子とRN7SL1あるいはランダムなRNAを組み込んで、キメラ受容体と同時にRN7SL1が発現するCAR-Tを作成すると、ランダムなRNAと比べて遙かに強い腫瘍抑制効果を示すことがわかった。

面白いことに、CAR-Tは独立して腫瘍を傷害するため、原則他の免疫システムが存在する必要はないはずだが、RN7SL1を発現するCAR-Tの効果は、ホストの免疫細胞が存在する方が遙かに高い。すなわち、RN7SL1を発現するCAR-Tから、何らかの形でRN7SL1が分泌され、周りの免疫システムを巻き込んで免疫を増強している可能性がある。これについて様々な実験を行い、

  1. RN7SL1を発現したCAR-Tは、エクソゾームを介してRN7SL1を周りの細胞へ伝達する。
  2. 詳細は省くが、CAR-Tから移行したRN7SL1は、樹状細胞、白血球などほとんどの細胞に受け渡され、不思議なことに抗ガン作用を助ける方向にホスト免疫系を組織化する。特にチェックポイント治療の効果が高まる。
  3. さらに、このような免疫系の再編成を通して、CAR-Tとは別に、腫瘍ネオ抗原に対するキラーT細胞も動員され、ガンを様々な面から傷害する。
  4. ホスト本来のガン免疫機能を高めることで、CAR-Tが結合する抗原がガンから消失しても、ホストの免疫機能が穴埋めをして、ガンの再発を防ぐ。
  5. CAR-Tがエクソゾームを介してRN7SL1を周りの細胞に伝達することを利用し、mRNAワクチンのように、異なるペプチド抗原をCAR-Tに発現させると、このペプチドはガンで発現し免疫を誘導する。

以上、自分でガンを殺すだけでなく、ホストのガン免疫を活性化し、必要に応じて、新しいガン抗原までも提供するスーパーCAR-Tが可能であることを最後に示している。

RN7SL1を用いたアジュバントの開発、RN7SL1とキメラ受容体コンストラクトによる、ホスト免疫を巻き込むCAR-T治療の開発、そしてガン抗原まで提供できるスーパーCAR-Tと盛りだくさんの研究で、さすが最もCAR-T研究の進んだペンシルバニア大学と感心すると同時に、結構高く売れそうな将来の技術になる気がする。

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9月6日 サルから人間への脳進化をゲノムから探る(10月20日号 Neuron 掲載予定論文)

2021年9月6日
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サルから人間への脳発生過程では様々なイノベーションが起こったことは間違いないが、これを特定するのは簡単ではない。これまで、サルには存在しない新しい遺伝子の出現や、新しい分子機能の発生などについては紹介したことがあるが、この進化に最も大事だと考えられている転写調節領域の進化については、研究は少ない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、この課題克服のために想像を絶するほどの努力を払って、サルから人間の過程で新たに起った転写調節領域の変化を網羅的に解析する手段と資源を開発し、哺乳動物の進化過程で変遷し、かつ人間特有の機能が発生した転写調節領域を特定した研究で、10月20日号のNeuronに掲載予定だ。タイトルは「Rewiring of human neurodevelopmental gene regulatory programs by human accelerated regions(ヒトの神経発生遺伝子調節プロブラムを人間の進化で変化している領域を用いてプログラムし直す)」だ。

繰り返すが膨大な仕事だ。まず、人間とサルの発達期の脳を用いてエンハンサー活性をクロマチン沈降法(H3K27など)で調べ、ヒトで大きく変化している原因になると考えられる配列(HARと呼んでいる)を約3万種類集め、この領域を中心にした人工エンハンサーライブラリーを合成している。こうして作成したエンハンサーを、ミニプロモーターとバーコードをつけたルシフェラーゼ遺伝子と結合させたライブラリーにして、エンハンサー活性をバーコードの出現頻度で検出できるライブラリーにして、これを細胞に導入してエンハンサー活性を網羅的に調べている。

ルシフェラーゼ遺伝子をマーカーに使ってしまうと、蛍光活性と一個一個のエンハンサーを対応させる必要が出てしまうので、網羅的解析には適さない。そこで、トランスフェクトした細胞全体を集めて、転写されているRNAの配列を調べ、そこに存在するバーコードの頻度から、エンハンサーの活性を測定するという、まさにバーコードによる「見るから読む」技術で、何万もの異なるエンハンサー活性を一度に測定することが可能になっている。

人間とサルの同じエンハンサー領域ライブラリーの活性を、神経細胞株で調べると、人間で新たに出現したエンハンサー配列(HAR)の半分は、神経細胞内でサルより高いエンハンサー活性を示す。また、発生途上の神経前駆細胞でも同じように高いエンハンサー活性を示す。

また、発生過程の神経細胞を、クロマチン沈降法によるエンハンサー解析や、HiCなどの染色体相互作用測定法で調べた時に特定できる調節領域と、HARを対応させると、40%近くの調節領域にHARを認める。

このように、HARの活性から、そのエンハンサー部分を持つ転写調節領域を特定すると、自動的に転写活性がサルから人間への過程で変化する遺伝子を特定することができる。この研究ではその例として、調節領域に2つのHARがサルから人間への進化過程で挿入された遺伝子PPP1R17を特定する。そして、実際HARがエンハンサーとしてプロモーターと相互作用していることをHiCを用いて確認している。

後は、この遺伝子の発現をマウス、サル、人間と比べると、マウスからヒトまで小脳のプルキンエ細胞では発現が見られる一方、大脳皮質の発現は人間とサルだけで見られること、また皮質での発現もサルでは生後も長期間持続する一方、ヒトでは胎児期だけに発現している。

結果は以上で、実際2種類のHARがヒト特異的なPPP1R17遺伝子発現の生後の低下に関わっているのかについては確認していないし、この遺伝子の発現を早くオフにすることの脳機能に及ぼす効果が何なのかはまだわからない。この遺伝子がG1-S移行を調節することから、細胞の増殖による人間特異性に関わるのではと想像されるが、まだ研究は必要だ。

しかし、エンハンサー活性をバーコードによりバルクで調べられること、それを用いて、脳発生に関わるエンハンサー活性検出ライブラリーを、ヒトを含む様々な動物で完成させていることに、本当に時代が変わっていることを感じた。

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9月5日 心筋のナトリウムチャンネルリン酸化の機能(8月9日 米国アカデミー紀要オンライン 掲載論文)

2021年9月5日
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このHPを始めてからすでに8年が経過したが、考えてみると、心臓の生理学についての論文は紹介したことがなかったように思う。これは、生理学分野の進展が遅いからではなく、単純に私が一般生理学が苦手なだけだ。しかし、今日紹介するデンマーク、コペンハーゲン大学からの論文を読むと、生理学が臨床に直結する学問として、新しいテクノロジーを取り入れながら発展しているのがよく理解できた。タイトルは「Functional cross-talk between phosphorylation and disease-causing mutations in the cardiac sodium channel Nav 1.5(心筋の電位依存性ナトリウムチャンネルNav1.5の疾患関連変異とリン酸化の機能的相互作用)」だ。

まず、電位依存性ナトリウムチャンネルについて少し解説する必要がある。心臓の収縮は電位依存性の、ナトリウム、カリウム、カルシウムチャンネルが動員されることで、規則正しい鼓動を刻んでいる。その中のNav1.5は、心筋の活動電位のトリガーになっている分子だ。驚くことに、500種類もの突然変異が知られており、心室細動の原因になるブルガダ症候群や、QT延長症候群の原因になるが、多くの変異は無症状で経過することが多い。それでも急死などの原因になるのではないかと疑われている。特に難しいのは、この分子が様々なシグナルによりリン酸化され、特性が変化することで、突然変異もNav1.5がリン酸化された条件で調べる必要がある。

この研究では、Nav1.5の1495番目のチロシンをリン酸化チロシンに変化させ、リン酸化された時、遺伝子変異がチャンネル機能にどのような影響があるかを調べている。この研究の最大のハイライトは、Nav1.5を2本のタンパク質に分けて翻訳させ、それをタンデムタンパクスプライシングと呼ばれるメカニズムを用いて一本にまとめるときに、すでにリン酸化したチロシンを挿入するという、私にとっては初耳のテクノロジーを使って、リン酸化Nav1.5を細胞表面に発現させることに成功している。

これにより、Nav1.5の突然変異と、リン酸化が集まるチャンネル機能への影響を正確に評価できる。また、Nav1.5は構造が詳しく解析されているので、これを用いて分子レベルで何が起こっているのかシミュレーションを行っている。

結論をまとめると以下のようになる。

  1. 正常分子がリン酸化されると、チャンネルが開く電位は低下することから、リン酸化がチャンネル感受性を上げることがわかる。シミュレーションから、この効果はリン酸化されたDIII-DIVリンカー部分の構造変化を誘導されることがわかる。
  2. Q1476Rと呼ばれる変異は、それだけではチャンネル特性をほとんど変化させないが、リン酸化と組み合わせると、電位依存性が大きく低下し、興奮しやすくなる。これも、DIII-DIV部分の大きな構造変化によることがシミュレーションからわかる。
  3. K1500が欠損した変異では、活性化の電位ではほとんど正常と違いが見られないが、完全に閉じるまでの時間がかかり、late currentと呼ばれる電流が流れることがわかる。
  4. この系を用いると、現在使われている不整脈治療薬の効果を正確に測定できる。また、チロシンキナーゼ阻害剤を治療に使う重要性も確認できる。

以上、何よりもprotein splicingと呼ばれる方法に感心して選んだが、生理学はそのまま臨床に直結しており、重要性を認識できる素晴らしい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月4日 大腸ガンとInnate lymhoid cells 3 (9月16日号 Cell 掲載論文)

2021年9月4日
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現在、世界中で腸内細菌叢とガン免疫との関わりを調べる研究が加速しており、慶応大学医学部の本田さんは、ヒトの膨大な細菌叢の中から、ガンのチェックポイント治療を高める細菌セットを分離することに成功している。このような現象が起こるのは、細菌叢と免疫系をつなぐ自然免疫細胞innate lymphoid cell(ILC)、特にILC3の存在が大きい。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、主にマウスモデルを用いて大腸ガンでのILC3の役割を調べた研究で、9月16日号のCellに掲載された。タイトルは「Dysregulation of ILC3s unleashes progression and immunotherapy resistance in colon cancer(ILC3の調節異常によって大腸ガンの増殖と免疫治療抵抗性が高められる)」だ。

ILC3は京大時代に、当時、大学院生だった本田さんや助手の吉田さんたちが特定したパイエル板組織のinducer cell に一番近いILCだが、当然腸組織で多く存在している。この研究では最初からILC3が直腸ガンでどうなっているのかに焦点を当てており、フローサイトメトリーを用いてガン組織を調べている。

結果は明瞭で、ガン組織ではILC3が低下し、逆にILC1が増加している。この原因を探っていくと、ILC3がリプログラムされてILC1へと分化してしまうことが明らかになった。また、これと同時に腫瘍組織のtype1免疫反応細胞が減少していることがわかった。

この結果はILC3細胞が直接type1免疫細胞の維持に関わり、ILC3減少によりTH1が低下した可能性も否定はできないが、本田さんたちが示したようにILC3が持つ細菌叢との相互作用を介して、2次的にtype1免疫反応細胞が減少している可能性が強く示唆される。

そこで、ILC3特異的にクラスIIMHCをノックアウトしたマウスを作成して、腸内細菌叢を比べると、対照に比べて細菌叢が大きく変化している。そしてこのノックアウトマウス由来CD4T細胞を大腸ガンマウスに移植すると、同じようにtype1免疫細胞が局所で減少し、また同じマウスからの便移植でもtype1免疫細胞の減少が見られることがわかった。以上のことから、ガン局所でのtype1免疫反応の低下は、まずガン発生によりILC3が低下し、この結果type3免疫細胞との相互作用起こらなくなり、それが細菌叢の変化を誘導して、最後にtype1免疫反応を低下させるという複雑な過程を反映していることを示している。

事実、ILC3のMHC-IIをノックアウトしたマウスでは、実験大腸ガンマウスモデルで、体重減少が促進し、また良性ポリープ数こそ減少するが、悪性のガンの発生は促進していることがわかり、ガン免疫に腸内ILC3が維持されることの重要性を示している。

これまで、炎症性腸疾患でもILC3細胞が低下する事が知られているが、患者さんからの腸内細菌叢はILC3が低下したマウスの細菌叢と同じ様にチェックポイント治療に対する抵抗性を誘導することも示している。

以上、大腸ガン発生でなぜILC3が低下するのか(仮説としてはガンストローマ細胞のTGF-βやIL-23が働いていると考えられている)、また実際にはどの細菌がチェックポイント治療抵抗性に関わっているのかなど、トランスレーションのためにはまだまだ実験が必要だが、細菌叢とガン免疫をつなぐメカニズムが徐々に明らかになっているのを実感する。

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