9月12日:iPSを用いてヒトとサルの顔の違いを探る(9月24日号Cell掲載論文)
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9月12日:iPSを用いてヒトとサルの顔の違いを探る(9月24日号Cell掲載論文)

2015年9月12日
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山中さんがヒトiPSの論文を出した次の年、2008年に私はNature Review Molecular Cell Biologyの編集者に頼まれ、米国にある若年性糖尿病財団の職員と一緒に「The promise of human induced pluripotent stem cells for research and therapy(ヒトiPSが約束する研究と治療の可能性)」というタイトルの原稿を執筆した。その時iPSが約束する分野として、現在日本でも重点が置かれている再生医療、病気のメカニズム、創薬に加えて、人間の発生学を挙げておいた。発生学を挙げたのはiPS技術が発生学を始め他の分野の研究者の想像力をかきたて、私たちには思いつかない若々しい研究が生まれることを期待したからだ。山中さんが大事だと言うからそれだけが重点化されるようでは、研究者の多様性を狭めるだけで未来はない。技術が自発的に新しい層を巻き込めるよう考えることが助成にとって最も重要だと考え、患者さんの団体と共同で執筆した論文の中に、あえて発生学を加えておいた。そのつもりでJSTのさきがけの総括も引き受けた。しかし今日紹介するスタンフォード大学からの論文のようなダイナミックな研究が行われる兆しは我が国には生まれていないのではと思う(もし間違いなら是非連絡してほしい)。タイトルは「Enhancer divergence and cis-regulatory evolution in human and chimp neural crest (ヒトとチンパンジーの神経堤細胞で働くエンハンサーの多様化とシス調節の進化)」だ。 この研究の目的はサルの顔とヒトの顔の違いをゲノムから明らかにすることだ。そしてその延長として、一人一人顔のかたちが違うゲノムの背景について明らかにすることだ。発生学で言えば、最も難しい小さな差を相手にしようとしている。さらに、これまでタブーとされている顔をデザインできるかという問題にも踏み込んでいる。最初から読者を引き込み、ドキドキさせる論文だ。この手始めに、ヒトとチンパンジーからiPSを作成し、そこから次に顔の骨や筋肉に分化する神経堤細胞を試験管内で誘導している。iPSが約束した最も重要なことは、同じ種類の細胞を大量に調整できることだ。このおかげで、十分な細胞数がないとできない全ゲノムレベルのエピジェネティックスが可能になる。この研究ではチンパンジーとヒトの神経堤細胞で働いているエンハンサーを、ヒストンの修飾を指標にリストし、その中からヒトとチンパンジーに差が見られる部分を選んで、様々な解析を行っている。まさにiPSが可能にする研究だ。膨大なデータなので詳細は全て省くが、久々に興奮して読んだ。例えばサルとヒトで違いのあるエンハンサー部分をマウスに導入して発現を比べると確かに大きな差があること、また違いが生まれる原因の多くはL1トランスポゾンが関わっていること、さらには特に両方の種で大きな差が生まれるcoordinatorと呼ぶ領域があり、レトロトランスポゾンの挿入で進化的にも新しい顔の形の違いを決める違いが特定できそうなこと、そして人型のcoordinatorはデニソーバ人やネアンデルタール人も持っていることなどは特に面白かった。もちろんこの結果から形の予想ができるわけではないが、発生学や人類学で最も重要な問題の糸口を示したという点では画期的ではないかと思う。さらに、人間の間に見られる多様性もこの方法で明らかになりつつあり、その中には顔の奇形やあるいは造作と関連するSNPがオーバーラップしていることが示されている。この点でも、将来人間の顔の違いをゲノムから想像するための重要な一歩になるだろう。今や何万人もの全ゲノム解析が進みつつあり、顔写真も手に入るだろう。さらに、iPSの作成を行いエンハンサーの変異を調べることもできるだろう。犯罪に残されたゲノムから、顔のモンタージュを作るのも絵空事ではなくなりそうだ。もう少し詳しく説明する機会を設けたいと思う論文だった。著者を見ても、発生学者、遺伝学者、人類学者、そして幹細胞研究者が名を連ねており、iPSを軸に様々な分野が集まっているのがわかる。この研究ダイナミズムがなぜ我が国で生まれないのか?ドキドキして論文を読んだ後は落ち込んでしまった。
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9月11日:腸内細菌叢検出技術の進展(9月7日号Science掲載論文)

2015年9月11日
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腸内だけでなく、体の各部、あるいは生活空間に存在する細菌叢を調べる研究が大きく広がっている。この研究が急拡大した一つの理由は言うまでもなく次世代シークエンサーが普及し、これまでのように細菌を培養せずに細菌の種類を特定できるようになったことだ。この研究のおかげで、体の各部の細菌叢がもう一人の自己として健康に関わっていることが明らかになり、自分の細胞のゲノムだけが自分を代表するとするこれまでの考えが大きく変化することになった。技術的に見ると、最初は特定の遺伝子のみ増幅して細菌の種類を決める方法から、増幅しないで遺伝子を捕捉して調べる方法、そして全ゲノムを調べる方法など、より実態を反映する検査法へとシフトしている。もちろんこのシフトも、DNA配列解読にかかるコストが今も下がり続けているという背景がある。今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、ゲノム解析データからそれぞれの細菌の増殖状態が調べられないか検討した研究で9月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Growth dynamics of gut microbiota in health and disease inferred from single metagenomic sample (一回のメタゲノムサンプルから健康時や疾患時の腸内細菌叢の増殖動態を推定する)」だ。これまで腸内の各細菌種の増殖を調べるというと、違う時間でサンプリングし、それぞれの細菌種の増減を調べて推定していた。しかし、多くの細菌の増殖サイクルは早く、サンプリングの間に何が起こったのか、増殖が落ちたのか、あるいは細菌が死んでしまったのか、など区別することは難しかった。この研究では、ほとんどの細菌のDNA合成が特定の合成開始点から双方向に読まれるという事実を使って、その時の細菌の増殖状態を調べられるのではと着想した。すなわち、細菌の全ゲノムの複製は、まず開始点から始まり、一定の時間をかけて完成する。したがって、一つの細菌の集団のゲノムを調べた時、増殖が盛んな集団では、この開始点近くの領域のDNAが多く存在することになる。開始点近くの配列が出現する頻度と、そこから離れた場所の出現頻度を比べることで、増殖動態がわかるという原理だ。同じようなアイデアはすでに酵母や人間の細胞でも使われているので着想自体は新しくない。ただ細菌は私たちと違って開始点が一つしかないので、計算は楽だ。この研究ではこの着想が実際に可能であることを、試験管内、動物実験、そして人間の腸内細菌で確認している。原理的にはわかっても、このためにはこれまでの何倍ものシークエンス解読が必要ではないかと心配したが、実際には開始点がわかっておれば、これまで程度の深さで配列決定することで十分正確な測定が可能であることも示している。次に、技術的な様々な問題をしっかり解決した上で、様々な病気を持つ患者さんの細菌叢内の各種細菌の動態を調べ、これまでのように細菌の種類の比率を調べるだけではわからなかった2型糖尿病との関連する指標として使えることを示している。実際、食事の内容を変化させると、様々な細菌が急速に増殖に入ることや、あるいはこの指標が上昇するすぐ後で実際の細菌数が増えることなども示されており、今後有望な検査になると思う。おそらくこれまでの特定の遺伝子を増幅する方法は、増幅しないで配列を決める方法に置き換えられるだろう。そうなると、インフォマティックスに強い研究者の出番になる。我が国でも、オリジナルなソフトの開発を進めることができる若手がもっと参加できるよう体制を考える必要があると思う。
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9月10日:生態学の使命(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2015年9月10日
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今バイオマスで換算すると、人間・ペット・家畜は地球上の哺乳類全体の98%以上を占めるらしいが、ともかく地球の隅々まで人間が変えていることは間違いない。この状況を大きく戻す方向に舵を切ることはほぼ不可能に近いが、それでもこの状態を100%になるまで拡大していいとは誰も思わない。進行を遅らせるなり、少しは巻き戻すなりできればいいと考えるが、そのためには状況の正確な分析が必要だ。8月23日このホームページで人間の狩猟や釣りの様式が、野生の捕食の様式といかに違い、それが生態に大きく影響しているかを調べたScienceの論文を紹介したが、生態学が人間を含む動物圏全体を対象とする社会学であることがわかる。今日紹介するエール大学からの論文も生態学を人間の影響で評価しようとする論文で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Suburbanization, estrogen contamination and sex ratio in wild amphibian populations (郊外化とエストロゲン汚染の両生類の性比への影響)」だ。農薬や洗剤による土壌や水の汚染による影響のひとつに、排水に含まれるいわゆる環境ホルモンによって動物の性比が変化し、結果繁殖率が低下、最終的に絶滅に至る過程がある。これまでも様々な研究が行われてきたが、ほとんどが工業化などの大規模な開発の影響が中心だった。しかし、我が国のような国土の狭い国に限らず、ほとんどの国で住宅開発により、やはり環境は大きく変化している。著者らは郊外に住宅が進出することにより近隣の池など水辺がどのように変化するかを、カエルの性比と、水に含まれるエストロゲン作用を持つ環境ホルモンの分析により評価しようとしている。対象として住宅のまったくない森と、住宅が進出し、芝生などの植栽が植えられた地域を選び比較している。もちろん工場や農場などの大規模開発は行われていない地域が選ばれている。結果は予想通りで、住宅としての使用比率に比例してメスのカエルが増える。さらに、下水システムや家庭での水処理の仕方に応じて、池に流れ込むエストロゲン効果を持つ環境ホルモンの種類は異なるが、カエルの性比への影響は同じであることが明らかになった。すなわち、人間が住むことで、汚染の様態が極めて複雑化しているが、下水処理の方法に関わらず性比に影響が見られるのは、芝生など住宅に伴う栽培植物の影響が大きいと結論している。もちろん、疑われた化学物質の実際の効果については実験的に検証されたわけではなく、心配しすぎ、科学的エビデンスではないと反論される可能性は高い。しかし、同じことは我が国のゴルフ場が周りの環境に及ぼす影響として一時議論されたことがある。芝生も見た目はのどかに見えるが、やはり見ての通り多様性の欠如を象徴化している。さてどうするかだが、この研究では何も議論されていない。せっかく郊外に住むなら、自然の植物と暮らそうというのが結論だろう。この研究で調べられた被害者はカエルだが、実際には同じ影響は人間にも及ぶ。神戸大学の先生から聞いた話だが、今私たちの血液中の代謝物を調べようとしても、様々な化合物のピークに邪魔されて測定が難しいそうだ。戦後生まれの各世代の人口動態調査からこのことを思い知る時がすぐ来るような気がする。
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9月9日:本態性血小板増多症のテロメラーゼ阻害剤による治療(9月3日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年9月9日
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アメリカの成功した創薬ベンチャーは、それぞれ科学的業績の面で得意分野を持っており、その基盤の上に創薬が進められている。この意味で、ジェロン社は、細胞老化研究といえば誰もがジェロンを思い浮かべることができるほど老化研究で有名だ。特に、細胞が分裂を繰り返すとき染色体の断端(テロメア)が短くなり老化するのを防いでいる酵素、テロメラーゼの研究に強く、Imetelstatと呼ばれるテロメラーゼ阻害剤を開発している。この阻害剤はテロメラーゼの活性に必要な小さなRNAに相補的配列を持つオリゴヌクレオチドを脂肪鎖で修飾した分子で、テロメラーゼがテロメアと結合するのを阻害する。血液の研究に関わった側から見ると、テロメラーゼを抑制すると長期的には多くの幹細胞に異常が出るのではと危惧する。実際臨床応用への道のりは厳しかったようで、2010年頃は株価もどん底で低迷していたようだ。2014年に入ってようやく骨髄線維症に対する臨床治験が進み始め、会社も一息というところだろう。今日紹介するスイスベルン大学からの論文もジェロンには追い風になる研究で9月3日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Telomerase inhibitor imetelstat in patients with essential thrombocythemia (本態性血小板増多症患者のテロメラーゼ阻害剤Imetelstatによる治療)」だ。本態性血小板増多症は血中の血小板が60万を越えるとき(普通は40万まで)つけられる病名で、これまで原因がよくわかっていなかったため本態性と呼ばれているが、現在では遺伝子検査が進み、ほとんどのケースでJAK2, MPL,Calreticulinのいずれかの遺伝子に突然変異が見つかることがわかっている。このグループは、血小板を作る幹細胞にテロメラーゼを導入すると血小板増多症になり、患者さんの細胞増殖をImetelstatが抑えることを試験管内で確認していたようだ。今回、この前臨床試験を実際の患者さんで確かめる第2相試験を行っている。他の治療で血小板が減らない患者さん18人を選んで週1回Imetelstat投与を行い、血小板を減らすことができるか調べている。結果は上々で、16人の患者さんでは血小板が数週間で正常に戻っている。ただ、投与を止めると血小板は上昇してくるようで、2週間に一回程度の投与を行うと、血小板を正常レベルに維持できるという結果だ。実際、JAK2突然変異を持つ元の細胞の数を調べると、治療に反応して80%まで低下するが、完全に除去することはできないようだ。これだと、血小板を正常に維持するため、ずっとImetelstatの投与が必要になる。心配された貧血などの副作用は概ね軽度だが、2人についてはやはり強い貧血で輸血を行っている。ただこれも対応可能で、最も多く見られた副作用は疲労感だったと結論している。これらの結果から、おそらくこの治療は次の段階へ進むだろう。本当に薬になるのだろうかという懸念を克服し、骨髄線維症と、血小板増多症には効果がありそうだと期待されるようになった。創薬はあらゆる常識を克服してダイナミックに進むことを実感する。ただこの薬剤のメカニズムから考えると、全てのテロメアを阻害することは間違いなく、長期間の投与の影響は間違いなく懸念される。ただ、不謹慎とは思いつつも、幹細胞研究者としてはどんな長期的影響があるのか見てみたいという気持ちが起こってくるのも確かだ。今後を見守りたいと思っている薬の一つだ。
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9月8日:ガン抑制遺伝子p53の2面性(Natureオンライン版掲載論文)

2015年9月8日
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p53分子は最も有名なガン抑制遺伝子で、多くのガンでこの遺伝子の欠損や突然変異が見つかっている。恥ずかしいことに、私自身は欠損も突然変異も、結局はp53のガン抑制機能の欠損につながるだけだと理解していた。しかし実際には研究が進んでいて、点突然変異を持つ分子のいくつかは、ガン抑制機能が失われるだけでなく、ガン増殖を促進する新たな性質を持つことが徐々に明らかになっていたようだ。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は点突然変異を持つp53が獲得した新しい性質についての研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Gain of function p53 mutants co-opt chromatin pathways to drive cancer growth (p53分子の機能獲得型突然変異はクロマチンを変化させてガンの増殖を駆動する)」だ。突然変異が起こった後でも、もちろんp53は転写因子として働いているはずだという考えのもと、この研究では突然変異型p53を発現しているガン細胞株を選び、p53分子が結合している部位を全ゲノムにわたって調べている。この結果、調べた全てのタイプの突然変異によりp53はETS2転写因子と相互作用する性質を獲得し、またその結合する部位はETS分子の結合部位と重複することを見つけている。次に、突然変異型p53の結合する遺伝子を調べると、正常p53の結合の見られない様々なクロマチン調節分子をコードする遺伝子に結合することを見出した。この中には、MLL1やMLL2のようなヒストンをメチル化する分子やMOZのようなヒストンアセチル化に関わる酵素が含まれていた。そこで、p53突然変異により実際にクロマチン構造が変化しているかどうか調べると、突然変異型p53の発現を抑えるとMLLやMOZなどの分子の発現も低下し、ゲノム全体に渡ってH3ヒストンの9番目のリジンのアセチル化が上昇し、また4番目のリジンのメチル化が上昇することを確認している。このクロマチンパターンは、p53の突然変異により多くの遺伝子の発現が異常に上昇することを示しており、実際ホメオボックス遺伝子をモデルに、遺伝子発現が上昇していることを示している。次に、このクロマチンの構造変化がガンの増殖に関わるのか、ガンで上昇しているMLL1の発現を抑えると、ガンの増殖が低下することを明らかにしている。この結果は、p53突然変異をもつガン細胞の増殖にヒストンのアセチル化やメチル化を抑制する薬剤がこのタイプのガンに効く可能性を示唆している。これを確認するため、最後にMLL1の機能を阻害する薬剤をp53突然変異をもつガン細胞に加えると、ガンの増殖が抑制できることを示している。したがって、突然変異型p53をもつガンの新しい標的としてMLL1などクロマチン調節分子を使うことができるという結論だ。もちろんこのような薬剤は、ガン特異的薬剤というわけではなく、正常の機能も抑制されるため副作用はあると思われる。しかし、メカニズムの違う新しい標的の発見は新たな治療可能性に繋がる。P53変異を十把一絡げに扱わず、正確に突然変異を調べるまさにプレシジョンメディシンの重要性を実感する研究だ。
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9月7日:アスピリンによるガン免疫の増強(9月10日号Cell掲載論文)

2015年9月7日
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アスピリンが発ガンを抑えることは様々な実験で示されている。これまで私は、この効果はアスピリンがガンの周りの細胞のCOX酵素に働きかけ、プロスタグランジン発現を抑制して炎症を抑えることで、ガンの進展を促す様々な分子を抑えるからだと理解してきた。今日紹介するロンドン・フランシスクリック研究所からの論文は、ガン自体もCOX/プロスタグランジンを使って宿主の免疫から逃れていることを示した、意外なガン増殖促進経路の存在を明らかにした研究だ。タイトルは「Cyclooxygenase-dependent tumor growth through evasion of immunity(COX依存性に免疫を逃れることで腫瘍は増殖する)」で、9月10日号のCellに掲載されている。このグループはガン自体によるプロスタグランジンがガンの環境に及ぼす影響を研究していたのだろう。その過程で、実験的メラノーマの発現するプロスタグランジンにより、炎症時に最初に浸潤する顆粒球に対する炎症性サイトカインの産生が誘導されていることを見出す。この反応を腫瘍のCox遺伝子やプロスタグランジン合成酵素遺伝子をノックアウトして抑えてやると、腫瘍自体の増殖には影響ないが、免疫系を刺激して体内での腫瘍の増殖が抑制されることを発見した。この現象を詳しく解析し、1)ガンが発現するプロスタグランジンは、顆粒球を中心とする炎症反応を上昇させる結果、ガン抗原を処理する重要な樹状細胞のガン周囲への集積を阻害することで、結果的にガンのキラー反応を抑制する、2)このメカニズムは様々なガンで共通に見られる、3)抗PD-1抗体でガンの免疫チェックポイントを抑制するときアスピリンを投与すると効果が著名に増強する、おそらく樹状細胞の浸潤を促すことで免疫自体を誘導してPD−1抗体が効く為の前提条件を準備するのだろう、4)人のガンでもプロスタグランジンのレベルと局所へのキラーT細胞の浸潤は逆相関する、ことなどを示し、ガン自体のプロスタグランジン産生が免疫反応を逃れるメカニズムになっていると結論している。最初ヒトでの治験データもあるかと思って期待したが、この結果がヒトに応用できるかどうかはわからない。ただ現在話題の免疫チェックポイントを標的とする治療法は、肝心の免疫が成立しないと意味がない。この点から言うと、ガンの周りに樹状細胞を誘導して免疫を成立させるのをアスピリンが助けるとすると、まさに鬼に金棒といったコンビになる気がする。今年の3月このホームページで樹状細胞による免疫療法を行うとき、破傷風トキソイドとCCL21ケモカインを前もって注射しておくと、グリオーマの患者さんが40ヶ月以上生存できているというNatureの論文を紹介したが(http://aasj.jp/news/watch/3061)、今回紹介した結果の多くはNature論文とも一致する点が多い。アスピリンにはもちろん副作用はあるが、治験をするという点では敷居は低い。メラノーマについてはチェックポイント療法のデータが蓄積しているので、抗体と組み合わせた時、効果の見られる確率が上がるか?組織学的に免疫が成立していないケースで、免疫を誘導できるか?など、新しいプロトコルの開発を早期に進めてほしい。
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9月6日:コリン作動性神経の機能(8月27日号Cell掲載論文)

2015年9月6日
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モリエールの戯曲の「病は気から」に、医学生が試問官から「なぜアヘンで眠くなるのか?」と尋ねられて、「アヘンには睡眠物質が含まれています」と答えて、試問官に感心されるという小話がある。当時のプライドだけ高いが非科学的な医師を風刺した戯曲だが、説明してわかったつもりになることは私たちもよくある。その一つがコリンエステラーゼ阻害剤のドネベジル(エーザイ、アリセプト)がアルツハイマー型認知症に効くのは患者さんの脳内のアセチルコリンの濃度が低下しているからという説明だろう。なぜこの説明が問題かというと、この現象の本質について答えていないからだ。というより、コリン作動性神経の脳内での活動を調べることができておらず、本質に応えようがなかった。今日紹介するハンガリー科学アカデミーと、米国コールドスプリングハーバー研究所からの論文はコリン作動性の神経の脳内活動を記録する研究で8月27日号Cellに掲載された。タイトルは「Central cholinergic neurons are rapidly recruited by reinforcement feedback (中枢のコリン作動性神経は強化フィードバックにより動員される)」だ。神経と筋肉との接合部で働くアセチルコリンについては理解が進んでいるが、中枢神経では刺激実験や神経抑制実験から可塑性、覚醒、報酬、そして注意力の維持などに関わることが現象的には知られていても、これらの反応とコリン作動性神経の反応との対応がついていなかった。この問題の解決にはコリン作動性神経の反応を脳内で記録するしかない。ただ、この神経が存在する大脳基底部には他の種類の神経も多く、どの神経の興奮を記録しているのか確認するのは簡単ではなかった。この研究では、コリン作動性神経特異的に光に反応するチャンネルを発現させる今大流行りの光遺伝学を用い、大脳基底部のコリン作動性神経だけを興奮させて挿入した電極で記録しているのがコリン作動性神経であることを確認したあと、同じ神経の活動をマウスの行動と対応させることで、生きたマウスの脳内でコリン作動性神経活動を記録することに初めて成功している。これがこの研究の全てで、後はこれまで議論になっていた問題を調べる行動実験系でこの神経の機能を調べている。詳細を全て省いて結論だけを述べると、1)コリン作動性神経は覚醒して活発に活動している時にもっとも活発に興奮を繰り返し、活動が低下すると興奮の回数は減る。そして睡眠中は興奮が活動時の半分以下になる、2)特定の音に反応するよう訓練したマウスが間違った反応をして罰を受けると全てのコリン作動性神経が急速に興奮する、3)一方正しい判断をした時の興奮様態は多様で罰を受けた時ほど揃っていない、4)一度罰を受けると、褒美に対する反応が早くなる、そして5)これまで示唆されていた注意力の維持には関係ない、になる。これらの結果から、コリン作動性の神経は予想外の結果(この実験では罰を受ける)に興奮して、大脳皮質の反応を変化させることで学習や記憶の強化に関わると結論している。大脳のコリン作動性神経の活動が記録できていなかったというのは素人の私にとっては意外だったが、これでようやくなぜドネベジルの効果があるのかを神経細胞レベルで詳しく調べることができるとともに、さらに新しい薬剤の開発も可能になるだろう。モリエールの笑い話の題材にならないよう、わかった気にならないで、本質を常に求めることは難しい。
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9月5日:ピオグリタゾン(武田薬品アクトス)を使った慢性骨髄性白血病根治の可能性(Natureオンライン版掲載論文)

2015年9月5日
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私が医学部を卒業してからほぼ40年、多くの病気で治療法が変化したが、私自身は血液幹細胞の発生に関わったこともあり、慢性骨髄性白血病(CML)の治療法の変化に特に強い印象を受けている。卒業したばかりの頃は、経過は長いとはいっても治療法のない病気だった。今でも患者さんたちが骨の痛みに耐えておられたのを覚えている。その後骨髄移植が定着すると、根治可能になったが、治療自体は患者さんに強い苦痛を強いるものだった。そこに病気の原因であるBcr-Ablキメラ分子の作用を抑えるイマチニブ(ノバルティスファーマ:グリベック)が登場し、経口薬を服用するだけで白血病の進行を抑えられるようになった。これで患者さんの苦痛は大きく軽減されたが、問題はこの治療では白血病が完全に治って薬の服用が必要なくなる人の割合が10%以下と低い点だ。これは、白血病の元となる幹細胞がもともと増殖していないため、イマチニブでは白血病を叩ききれないためだ。そこで、この幹細胞の増殖を促進してなんとかイマチニブで叩けないか研究が進んでいた。その一つがトランスレーショナル研究を目指すフランスのiMET研究所のグループで、これまでの研究でPPARγと呼ばれる分子を活性化することで幹細胞の増殖を活性化させイマチニブに感受性にすることでCMLの根治が可能になる可能性を示す前臨床研究を報告していた。今日紹介する論文はこの研究の延長で、PPARγ活性化剤として糖尿病に使われているピオグリタゾン(武田製薬アクトス)をCML患者さんに投与し、CMLが根治するかその効果を確かめた臨床研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Erosion of the chronic myeloid leukemia stem cell pool by PPARγ agonists(PPARγ活性化剤によりCML幹細胞のプールを侵食する)」だ。研究ではピオグリタゾンが患者さんの白血病幹細胞の活性化を誘導し、イマチニブに感受性に変化させる分子メカニズムについて詳しく調べ、PPARγの活性化がSTAT5転写因子の発現を抑え、その結果幹細胞を静止期に維持するために必要なHIF2αやCITED2遺伝子の発現が抑制され、結果幹細胞が分裂を始めイマチニブの標的になるというストーリーを確かめているが、患者さんにとってこれはどうでもいいことだろう。最後にイマチニブだけでは完全に白血病が消失しなかった患者さん3例でピオグリタゾン投与を始めると全てが完全寛解に到達し、なんと一人はイマチニブ投与をやめても再発が現在のところないという結果が示された。次に、24人の同じくイマチニブだけでは治療の難しい患者さんを用いた2相試験が始まり、これもピオグリタゾン投与後すぐから安定な完全寛解が57%の患者さんに導入されたようだ。最終結果を見るためにはまだ時間がかかるだろうが、この治験が成功すれば診断後すぐからこの治療でイマチニブも必要のない完治を目指す治験が始まるだろう。静止期にあるガンの幹細胞を活性化させ抗がん剤で叩く治療がガン根治には必要であることがますます認識されているが、この研究はこの分野に大きな希望を与えたと思う。ピオグリタゾン、すなわち武田薬品のアクトスは、この作用機序の薬剤が撤退していく中で、糖尿病の薬として世界中に販売された。ただ、膀胱癌を誘発するという訴訟が起こり、武田薬品を揺るがす問題に発展している。この研究が正しいなら、儲からなくてもガンの根治に貢献した重要な薬剤として歴史に名が残るだろう。もちろん、副作用を恐れて撤退した薬も、この目的なら利用できる可能性がある。個人的印象でしかないと断った上で述べるが、私の生きているうちにCMLの薬剤による根治が可能になること間違いないと確信している。
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9月4日:FOPの進行を抑制できる可能性を示す画期的発見(9月2日号Science Translational Medicine掲載論文)

2015年9月4日
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FOPは全身の筋肉が骨化する難病だが、ACVR1(ALK2)遺伝子の特定の突然変異によることがわかっていた。この突然変異により、BMPと呼ばれる骨化を促すサイトカインに対する反応性が上がることも生化学的に示されており、このシグナルを抑制する薬剤の開発が進んでいた。ただ病気の進行自体をよく見てみると、骨化サイトカインに対する反応が促進しているという説明だけでは不十分なことは誰もが感じていた。しかし従来の研究は、BMPシグナルが亢進しているという事実に完全に囚われて、他の可能性を考えることができていなかった。今日紹介するアメリカのベンチャー企業リジェネロンからの論文は、AASJの仲間藤本さんから昨日指摘され論文を読んだが、間違いなくFOPの病態理解に全く新しい道を示すだけでなく、骨化の進行を抑える新しい治療法を示した画期的研究で9月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「ACVR-R206H receptor mutation cause fibrodysplasia ossifyicans progresssiva by imparting responsivenesss to activin A (ACVR受容体のR206H突然変異はアクチビンに対する反応性を獲得してFOPを引き起こす)」だ。普通ACVR1はBMPと結合して細胞膜上でACVR2と会合し、smad分子を介して細胞分化を誘導するシグナルだ。ほとんどのFOPの原因であるR206H突然変異が起こると、BMPに対する反応が亢進する。ただ、もしこの亢進が骨化の原因なら、発生過程でもっと大規模な異常が起こっても良さそうだが、FOPは生後徐々に発症する。この著者らは、BMPシグナルの亢進という定説を一から洗い直し、この突然変異はBMPシグナルの亢進だけでなく、普通ならこの受容体を刺激しないアクチビンに反応することを突き止めた。その後、1)アクチビンはACVR1と結合するが、普通はBMPと拮抗してシグナルを抑えていること、2)R206H突然変異が起こると今度はアクチビンをBMPと同じように刺激シグナルとして間違ってしまうこと、を明らかにした。だとすると、アクチビンの作用を抑制することでFOPの骨化を防ぐことができるはずだ。これを証明するため、これまで作成されたよりはるかにレベルの高いマウスモデルを作成し、このマウスモデルで起こる骨化が、アクチビンを抑制する抗体でほぼ完全に抑えられることを明らかにした。マウスの作成の方法といい、多くの抗体を用意している点といい、まさにプロの仕事だ。この結果から、これまで開発されてきた化合物も骨化を抑える効果はあるだろうが、アクチビンに対する抗体がもっとも特異的で、副作用のない治療法になることが結論できる。もちろんここまでわかっても、薬にまで仕上げるにはまだ時間がかかるだろう。しかし共著者にもなっている、リジェネロンの創始者George Yancopoulousは、彼がコロンビア大学の大学院生だった頃から知っているが、学生の時から業績、頭のキレなど全てで群を抜いていた。その彼の会社のことだ、この結果から考えられるアクチビンの中和抗体薬の開発は急速に進められるだろう。FOPに間違いなく光が差したと思う。
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9月3日:遺伝子改変Tリンパ球治療の進歩(9月1日号Cancer Research掲載論文)

2015年9月3日
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昨年10月18日このホームページで、遺伝子改変自己Tリンパ球移植が、他の治療では手の施しようのなかった再発性のリンパ性白血病の患者さんに著効を示したというペンシルバニア大学からの治験を紹介した。(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2309)。この方法は、CART(chimeric antibody receptor T )法と呼ばれ、ガンに対する免疫を自由に操作する論理的治療法として今もっとも期待されている治療だ。普通ガン免疫というと、ガン細胞が特異的に発現している抗原に対するキラーT細胞を誘導することを意味するが、免疫誘導に関しては個人差があり操作が難しい。この治療では、ガンが発現している細胞表面分子に結合する抗体の抗原結合部位遺伝子をT細胞受容体遺伝子と結合させたキメラ遺伝子を作り、その遺伝子を導入した自己T細胞を使ってガンを攻撃させる。従って、ガン細胞表面に特異的に発現している分子に対するCAR遺伝子を用意しておけば、原理的に誰もが同じ治療を受けることができる画期的な治療だ。最初の治験は確かに目覚しい結果だったが、この方法が他のガンに拡大できるかどうかは、1)ガン特異的な抗原が見つかるかどうか、2)白血病以外の固形ガンにも適用できるかにかかっている。今日紹介するこの治療法開発の前線にあるペンシルバニア大学からの2編の論文は1番目の問題に対する一つの解決方法を示した論文でともにCancer Research9月1日号に掲載された。論文のタイトルは「Affinity-tuned ErbB2 or EGFR chimeric antigen receptor T cells exibit an increased therapeutic index against tumors in mice (ErbB2やEGFRに対する親和性を調節したCAR-T細胞はマウスのガンに対する治療指標を改善する)」と「Tuning sensitiveity of CAR to EGFR density limits recognition of normal tissue while maintaining potent antitumor activity (EGFRの分子密度に対するCARの感受性を調整することでガンに対する活性を保ったまま正常組織への免疫反応を制限できる)」だ。最初の治験論文を読んだ時誰もがその効果に驚いたが、それとともに治療を受けた全ての患者さんでB細胞が消失してしまったことに強い印象を受けた。これはCARに使われた抗体がCD19抗体で、白血病だけでなく正常B細胞にも発現しているからで、正常の細胞までガンとともに完全に除去してしまうという凄まじい威力に目を見張った。しかしB細胞の欠損はなんとか対応できるが、例えば消化管上皮などに発現している抗原に対するCARを使うと全体が壊死するという大変なことになる。これらの論文では、正常組織に発現しているErbB2やEGFRをあえて選び、この抗原に対する親和性を落とすことで、高いレベルで同じ抗原を発現しているグリオブラストーマなどのガンだけを攻撃するCAR-T治療が可能かどうか調べている。詳細は全て省くが、結論は期待通り、モデル実験レベルではこの戦略が有効であると結論している。ただ、データを見てみると親和性を落とすと、CAR-Tの効きが落ちている。また、両方とも固形ガンに対する治療だが、白血病と比べると治癒率が低いように思えた。したがって、今回開発されたCARをそのまま臨床応用できるか疑問がある。しかし、正常組織に発現があっても、その分子に対する抗体を全く使えないわけではないことがわかったことは重要だ。また一つの論文では脳内で増殖するグリオブラストーマにもCAR-Tが有効であることが示され、脳腫瘍にも使えることが示されたのも期待できる結果だ。今後、抗体自体の親和性を操作する方法と並行して、ガンだけに発現している抗原の探索も進むだろう。また固形ガンへのCAR-Tのアクセスについてもこれまでとは異なる発想の研究が進むだろう。例えば、ガンを支持する血管はガンを助けると考えて治療が行われる。しかし免疫細胞のアクセスを考えると、ひょっとしたらもっと血管やリンパ管を増やす方がいいかもしれない。これまでの抗がん剤治療は、免疫治療の後に来るようになるかもしれない。このように、免疫治療はガンの治療を根本的に変える可能性を秘めている。このホームページで繰り返してきたが、今年はCAR-T、ガンゲノムに基づく個人用ワクチン、免疫チェックポイント操作などガンの免疫療法が大きくクローズアップされる1年になるだろう。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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