現在米国で最も大きな医療問題は麻薬の過剰投与による死亡だ。裏返せば、これに勝る鎮痛剤がないことを意味するし、受容体の研究が進んだ今も中毒など麻薬投与に伴う様々な問題を制御する方法がないということを意味している。
今日紹介する米国スクルップス研究所からの論文はμオピオイド受容体(MOR)を導入した線虫を用いてこの難題に立ち向かい、今や古典的な突然変異をランダムに誘導するforward geneticsを使ってMORを阻害する分子を特定、さらにこの分子を標的にする麻薬からの離脱を早めることのできる化合物を発見したというなかなか痛快な研究で、9月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genetic behavioral screen identifies an orphan anti-opioid system ‘遺伝的行動スクリーニングにより麻薬に対する拮抗システムを特定した」」だ。
まずMORを導入した線虫にMOR刺激剤を加えると、線虫の動きが低下する。この反応が哺乳動物でのMORの反応と同じであることを確認して、次にMORを導入した線虫の突然変異体を2500以上作成し、その子孫約60万種類の行動を調べ、MORによる行動異常が抑制される変異体を同定、この過程に関わる分子の特定を試みている。
最近で下火になってきたforward geneticsを用いてMORシグナルに影響のある分子を探そうとしたことがこの研究のハイライトで、ここまでうまくいくと少なくともGタンパク型のシグナルについては研究が続く可能性がある。
ただ、多くの分子が取れたというわけではなく、結局これまでMORと関わることが知られていなかった分子は、まだリガンドが特定されていないオーファン受容体FRPR13だけだった。
次にMORとFRPR13の関係を細胞レベルで調べ、
- この分子の発現はMORのシグナルを低下させる。
- FRPR13はMORの細胞膜への輸送を邪魔する。
- FRPR13はMORとG共役受容体のシグナルを抑制するアレスチンの結合を促進する。
など、MORとFRPR13が結合することでMORの機能を抑制する様々なメカニズムが働くことを示している。
そして、ノックアウトマウスでは麻薬に対する反応が過敏であることを確認する。この分子の自然リガンドはまだわかっていないんだが、幸いなことにFRPR13を活性化する化合物がすでに開発されており、最後にこの化合物を投与して麻薬に対する反応が低下させられることを示している。
線虫の突然変異による遺伝子スクリーニングに始まり、最終的に麻薬の離脱を早める可能性のある化合物の特定までなかなか読み応えある論文だ。このタイプの受容体の遺伝子数が異常に多いのが線虫なので、今後もこの方法は製薬会社などでも使われるような気がする。