今でも、「チンパンジーと人間のゲノムはほとんど変わらないのに」という話を持ち出す人は多い。しかしこのブログでも何度か紹介したと思うが、チンパンジーと人間のゲノムをただ比べて、ただの違いを議論することは時代遅れになっている。代わりに、新しい遺伝子や機能が発生する、比較的大きな欠失や重複を(CNV)調べることの重要性が明らかになり、猿にはないが人間にある新しいCNVの研究が進んでいる。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、CNVを人間進化での自然選択を調べるために詳しく調べた論文で10月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「Adaptive archaic introgression of copy number variants and the discovery of previously unknown human genes (古代人のcopy number variantionの適応的流入を調べていくと新しい人間の遺伝子も見つかる)」だ。
統計学的手法にはもっぱら疎いので詳細は本当は理解できていないのだが、この研究では比較的自民族特有のゲノムが維持されており、またデニソーワ人から流入したゲノム領域が多いメラネシア人に焦点を置き、ネアンデルタール、デニソーワという古代人とともに、アフリカ人(サピエンス以外との交流はない)やその他の様々な人種のゲノムを比べ、それぞれのCNVをリストし、比べている。
もちろん各民族特有のCNVを見つけてそれが選択され新しい遺伝子に変化する様子を調べる研究も可能だが、著者らはこれらのCNVの中からネアンデルタール人、デニソーワ人由来のCNVを選び出し、その中からメラネシア人に高い頻度で見られるが、他の人種には稀にしか存在しないCNV、すなわちメラネシア人の民族形成で自然選択された確率が高いCNVを9種類リストしている。
この研究ではさらにこの中から、16番染色体のp11.1-p11.2領域と、8番染色体のp21.3 領域にそれぞれデニソーワ人、ネアンデルタール人から流入してきたCNVについて詳しくメラネシア人までの遺伝子の変化の歴史を調べている。
詳細は省くが、16番染色体のp11.1/2領域は100-200万年前に起こったNPIP遺伝子のこの領域への挿入により、このサイトが変異のホットサイトにかわり、デニソーワ人で重複や逆位がおこり、このCNVがデニソーワ人から我々の先祖に5万年前に流入し、他のユーラシア人では消え去っても、メラネシアでは高い確率で今も維持されていることがわかった。この領域は、自閉症スペクトラムの変異のホットスポットになっており、メラネシアに維持される変異がこの疾患とどのように関わるかは極めて面白い問題になる。
8番染色体の21.3領域に見られるTNFRSF10の重複はまず類人猿で3千万年前におこる。これによって、チンパンジーでは何種類かのこの分子が存在するが、ネアンデルタール人では新しく2つのTNFRSF10の融合した新しい遺伝子が生まれ、人類では他の遺伝子が非機能的になり、この融合遺伝子のみに集約する。ところが、ネアンデルタール人との交雑であらたに機能的な2種類のTNFRSF10が流入し、メラネシア人だけに流入した遺伝子がなんらかの機能を持って維持されているというシナリオだ。
このような精緻なゲノム解析を組み合わせることで、人間を今起こっている進化の対象として研究できることを示した力作だと思う。また、百万年ぐらいの人間の歴史の中で、新しい遺伝子が発生してくる可能性もよくわかる。もちろん、どのような選択が働いているのかはこの研究からだけでは明確でない。しかし自閉症など、今後見るべきエキサイティングなポイントはゲノムから示された。今後の大きな発展が期待できる予感がする。