9月9日、「寝ないで済む突然変異」というタイトルでカリフォルニア大学サンフランシスコ校が発表したアドレナリン受容体の活性が低下する突然変異の論文を紹介したばかりなのに、今度は同じグループから違う遺伝子の活性が高まった突然変異がやはり睡眠時間の短縮につながるという論文が10月16日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Mutant neuropeptide S receptor reduces sleep duration with preserved memory consolidation (Neuropeptide S 受容体の突然変異は記憶の固定化機能を損なわずに短時間睡眠を可能にする)」だ。
要するにこのグループは睡眠時間が一般より短い人を代々輩出している家族を見つけ出し、その遺伝子を特定して睡眠の分子メカニズムを研究している。今回は、父親と息子睡眠時間が短い(父親平均5.5時間、息子4.3時間)家族を発見し、両方に共通な遺伝子変異をエクソーム解析でNeuropepitide Sに対する受容体NPSR1の206番目のアミノ酸がチロシンからヒスチジンに変化していることを特定する。206番目のチロシンはなんとカエルやトカゲから人間まで保存されている。
そこで例のごとく同じ変異をマウスに導入して、マウスの行動解析を行うと睡眠時間が1時間近く低下、また活動的に動いている時間も1時間ぐらい増加している。
次にこの突然変異による分子機能を調べるため、受容体下流のリン酸化CREB量を調べ、覚醒時、睡眠時ともに突然変異マウスで上昇していること、また脳のスライス培養を用いて睡眠に関わる脳領域の細胞のNeuropeptideSに対する反応を調べ、刺激に対して深く長く反応するタイプの神経が突然変異マウスで増加していることを明らかにする。すなわち、この変異は活性化型の突然変異であることを示している。
さて、普通睡眠時間が短いと、睡眠中に行われる記憶の固定化が障害されたり、様々な問題が発生するのだが、この家族は特に症状はなく、また突然変異マウスも特段の行動以上は示さない。それどころか、睡眠を障害することで低下するコンテクスト記憶の固定化も、突然変異マウスではあまり低下しない。すなわち、寝なくともしっかり記憶機能を維持できるということがわかった。
話は以上で、読めば読むほど望ましい突然変異で、どうしてこの変異が極めて稀な変異のままで止まっているのか不思議な気がする。残念ながら、この変異を持つshort sleeperが本当に何の問題もないのか、詳しい臨床的研究も必要だろう。何か睡眠の秘密が、このグループの発見した家族の解析から分かるような気がする。