バイアグラというと男性の不能症の治療の特効薬として広く知られているが、実はこれ以外にも様々な疾患の治療に使われている。もともとバイアグラは、NOにより活性化されるグアニルシクラーゼにより生まれるcGMPを分解するフォスフォディエステラーゼの 阻害剤として開発され、平滑筋の緊張をとり血圧を下げる薬剤として開発されたが、同じ経路が勃起不全を改善することがわかりこの点だけが一般に知られるようになった。ただ同じ作用は様々な血管病にも効果を発揮し、例えば肺高血圧、高山病、レイノー病、妊娠中毒症などに効果が見られることが知られている。さらに2016年には赤血球内のフォスフォディエステラーゼの機能を阻害して赤血球の膜の可変性を制限することでマラリア原虫を退治する可能性まで示されている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンタクルズ校からの論文はバイアグラを血液幹細胞を骨髄から末梢血へ動員するための刺激として使える可能性を示した論文でStem Cell Reports11月12日号に掲載された。タイトルは「Viagra Enables Efficient, Single-Day Hematopoietic Stem Cell Mobilization (バイアグラは1日という短期に血液幹細胞を効率よく動員する)」だ。
さて末梢血幹細胞移植は21世紀に入って急速に数が増えてきており、血縁者間での造血幹細胞輸血では骨髄移植よりはるかに数が多い。おそらく侵襲性が少ないためこちらを選ぶ人が多くなってきている。G-CSFを4−6日間かけて毎日注射したあと血液を採取するが、人によってはうまく幹細胞が得られない場合もある。
そこでこれまでより簡単に造血幹細胞を末梢血へ動員して採取する方法の開発が進められており、骨髄の血管内皮に働きかける様々な薬剤が一定の効果があることが示されている。この論文の著者らは、このような因子を探索するうち、バイアグラの作用を骨髄で造血幹細胞の末梢血への動員に使えるのではと着想したと思う。しかし、バイアグラをいくら大量に服用させても、マウスの幹細胞は末梢血へ動員されなかった。
そこで次に造血幹細胞と骨髄ニッチの相互作用に関わる分子CXSCR4に対する阻害剤をバイアグラを服用させた後1時間後に皮下注射する方法を試してみると、造血幹細胞が十分な数採取できることを発見する。
残念ながらG-CSFを投与する方法と比べると、未熟幹細胞数では分化した幹細胞も多く含まれており、未熟幹細胞という観点で見ると回収率は半分ぐらいといえる。その結果、放射線照射したマウスの長期造血再建は可能だが、能力はG-CSF法と比べるとはるかに劣ると断じざるを得ない。
結果は以上で、G-CSF法に取って代わる方法にはならないと思う。ただ、すべてのプロトコルが2時間で終わるという意味で何らかの理由でG-CSF法が使えない人にはやってみる価値はあるかもしれない。
ただこの論文では全く追求されなかったメカニズムについてさらに調べると面白い話が出てくるような気がする。というのも、骨髄の血管システムは類洞担っており、血管内皮に血液が通れる穴が空いており、血管外から血管へのルートができている。骨髄で作られた細胞の出入りを調節するメカニズムはあまりわかっていないが、今回のバイアグラの結果は分子標的がわかっている点で、このとっかかりになるような気がしている。今後造血だけでなく、がんの転移も含めてバイアグラの作用を調べると面白いのではないだろうか。