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4月7日 記憶のエングラム細胞(4月16日号 Cell 掲載論文)

2020年4月7日

記憶が神経細胞分化と言ったのはエリック・カンデルだが、マウスを用いて長期に続く記憶痕跡(エングラム)が代謝非依存性の変化として刻み込まれた神経細胞をエングラム細胞と呼んだのは利根川さんだった(と思う)。こんな離れ業が可能になるのは、生きた動物の中で興奮する細胞を条件を替えてしかも継続的に記録できるようになったおかげだが、様々なタイプの神経の中でエングラム細胞というのがどれに当たるのか、詳しく調べた研究はなかったようだ。実際、私の頭の中ではエングラム細胞というと興奮神経を思い描いていた。

今日紹介するMITからの論文は記憶痕跡が、興奮神経だけでなく様々なタイプの細胞により形成されることを示す研究で4月16日号の Cell に掲載された。タイトルは「Functionally Distinct Neuronal Ensembles within the Memory Engram (記憶痕跡は機能的に異なる神経の協調により維持される)」だ。

エングラムが存在するかどうかは、記憶成立時に興奮した細胞が、記憶の再起時にもう一度興奮する現象から推察できるが、この時神経興奮によって誘導される転写因子の発現をマーカーにして追跡される。このような immediate early gene(IEG) として Fos とか Arc などが使えるが、ほとんどの研究は一つの IEG をエングラム特定に使い、いくつかを組み合わせることはなかったらしい。

この研究のハイライトは Fos と Npas4 の2種類の IMG の発現をモニターできるレポーターを用いて、一つの記憶成立と呼び起こし過程をモニターしてみようと着想したことで、そのためにレポーター自体の活性を薬剤で高めたり落としたりできる凝った実験系を構築して、実験中に痕跡が成立する細胞だけが追跡できるようにしている。

複雑な実験が行われているが、結果は比較的単純で、次のようにまとめることができる。

  • 一つの記憶痕跡が成立する時、Fos, Npas4 など、異なる IEG が誘導される。
  • 少なくとも Fos と Npas4 については、異なる細胞で働いており、記憶痕跡が異なるタイプの神経細胞が協調して成立していることを示唆する。
  • この実験の場合、Fos でラベルされる細胞は興奮神経で、Npas4 でラベルされる細胞は抑制性神経を代表している。すなわち、異なるタイプの神経細胞が、異なるタイプの IEG を使って、異なるプログラムの書き換えを行なっている可能性が高い。
  • また、Fos が誘導される興奮細胞は記憶の一般化(似た状況での記憶の呼び起こし)に、Npas4 が誘導される抑制性神経は記憶の正確な区別に関わる。
  • それぞれの神経は、異なる上流の神経と回路を形成している。

他にもあると思うが、以上が主な結果で、記憶のエングラムも複数の異なる機能を持つ細胞タイプとそれにつながる上流下流の神経サーキットの協調により成立し、それぞれの細胞が異なる IEG を用いてプログラムを書き換えることで、記憶成立時の状況と、新しい状況の類似性や違いを判断して、行動を選んでい、とまとめることができるだろう。

かなり生理学にも強いグループだと思うが、記憶エングラムについての概念をまとめ直すには優れた研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月6日 腸管上皮細胞と間質ニッチ(4月1日 Nature オンライン掲載論文)

2020年4月6日

現在、慶應大学の佐藤さんの決定的な研究によって、腸管上皮幹細胞システムは外部の細胞の支持なしで幹細胞システムを形成できることが明らかになった。とはいえ、試験管内には様々な増殖因子を加える必要があるし、また消化管の場所のアイデンティティーなどは周りの細胞の影響下にある。従って、上皮を裏打ちしている間質細胞について理解することは現在も重要な課題だ。そして組織上では同じに見える間質細胞を調べるツールとして single cell trascriptome 解析手法が利用できる。

今日紹介するイエール大学からの論文はこの腸管上皮を裏打ちしている間質細胞の single cell transcriptome 解析を行い、上皮細胞のガン化を促進する集団を発見した研究で4月1日号の Nature に掲載された。タイトルは「 Paracrine orchestration of intestinal tumorigenesis by a mesenchymal niche (間質細胞ニッチはパラクライン分子により腸上皮のガン化を統括する)」だ。

この研究ではまず腸管細胞の single cell transcriptome (SCT) 解析を行い、腸内ペースメーカーも含む間質細胞を大きな4タイプに分けることを発見する。そして上皮では全く発現のないプロスタグランジン合成に関わるオキジゲネース( PTSG )が多くの間質集団で発現していることに焦点を当てて、発ガンとの関係で研究を進めている。というのも、ずいぶん昔、私の医学部の同級生の武藤さん達により、プロスタグランジン合成系による炎症が腸上皮ガンの発生を促進することが示されていたからで、間質細胞だけでPTSGが発現しているという発見は、間質細胞が発ガンを支持するニッチとして働く可能性を示している。

期待通り、間質細胞特異的にPTSG をオフにすると、APC変異を導入したマウスでのポリープ発生数が低下する。しかし、発生した腫瘍の大きさについては変化がないことから、間質のPTSGは発がんの引き金に関わるが、ガンの増殖には関与しないと結論する。実際、PTSG遺伝子が間質細胞から除去されると、プロスタグランジンE2(PGE2)の濃度が腸管で強く低下する。これにより、腸管でのプロスタグランジン分泌の主役は間質細胞であることが確定した。

さらに腸上皮のオルガノイド培養にPGE2を添加する実験を行い、幹細胞の増殖が上昇するとともに分化が抑えられる結果、球状のオルガノイドになることを示している。

詳細は省くが、オルガノイドを用いた様々な実験から、PGE2は受容体PGER4を介してHippo経路を阻害、その結果Yapの脱リン酸化がおこり、Yapが核内に移行、転写のプログラムを変化させることで、分化した腸上皮細胞が幹細胞的能力を再獲得し、分化を伴わない自己再生が上昇することを明らかにする。

また、これと同じメカニズムが発ガン過程でも働き、Yapが核内移行した結果、幹細胞増殖を支える様々なプログラムが発現しその結果、発ガン過程が促進することを示している。

結果は以上で、間質細胞の single cell trascriptome 解析からスタートして、プロスタグランジンとガンについて、これまでの問題を見事に整理した研究だと感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

新型コロナウイルス感染と高血圧に対するレニン・アンジオテンシンシステム阻害薬(The New England Journal, JAMA, BMJに相次いで掲載されたコメントの紹介)

2020年4月5日

新型コロナウイルスに関する論文の数をPubMedで調べると、今日の時点で2000を越しており、このウイルスに対する情報が急速に蓄積されていることがわかる。ただ、このような混乱期の論文は、厳しい審査で選択するより、一定の基準があればともかく掲載して、情報を伝えたいというのが多くの雑誌のポリシーだろう。したがって、査読雑誌に掲載されたからといって、内容については鵜呑みにすることは危険を伴う。幸い、重大な指摘はすぐに反論や修正を求める論文や意見が寄せられるため、評価が定まるのにそう時間はかからない。

そんな一つがレニン・アンジオテンシン系の阻害剤を用いて高血圧治療を行なっている人は、新型コロナウイルスが重症化するリスクがあるのではという,ルイジアナ州立大学の研究者がJ.Travel Medicineに発表した指摘だろう。

この論文では、アンジオテンシンやその受容体の阻害剤の静脈注射を受けた動物の心臓や肺で、新型コロナウイルスの受容体であるACE2発現が上昇することを指摘し、この上昇がウイルスの細胞内への侵入を助け、感染の重症化につながるのではと懸念を表明した。

新型コロナウイルス感染の重症者の3割近くが高血圧ということが報告されていたため、多くの患者さんが服用する高血圧に対する薬剤により重症化が起こるのではと、この分野に衝撃が走った。

ところが中国の英文誌Science China3月号では、新型コロナウイルス感染患者さんの解析に基づき、ACE2機能がウイルスで抑制されるるため、アンジオテンシン2の濃度が上昇し肺血管の収縮で症状が重くなる可能性を指摘、アンジオテンシン受容体抑制剤を新型コロナウイルス治療に使えるという研究が発表された。またこの仮説に基づき実際治験が行われていることがわかった。

このように、レニンアンジオテンシン系高血圧治療について、相反する可能性が示唆されたわけで、実際患者さんに処方している医師達の混乱を招くことになった。

この混乱を鎮めるべく、臨床研究の雑誌をリードする3雑誌がこの問題についての見解相次いで発表した。

他にもHypertensionなども同じ趣旨の論文が発表されている。

詳しくは紹介しないが、いずれの雑誌も基本的には同じ意見で、

  • ACE2はレニンアンギオテンシン系の抑制システムで、新型コロナウイルスの細胞接着を媒介する。
  • 動物実験でレニンアンジオテンシン系阻害は、確かにACE2の発現を上昇させ、重症化の原因になる懸念は存在する。
  • しかし、人間については、動物実験結果がそのまま当てはまるか証拠は乏しい。
  • しかも、レニンアンギオテンシン系阻害剤を用いる新型コロナの治療治験も走っている。
  • このような状況で、高血圧のレニンアンジオテンシン系阻害薬を急に中止する方がはるかに危険性は高い。
  • 従って、これらの薬剤で血圧や心臓機能が安定に保たれている患者さんは、新しいデータが出るまで服用を続けて問題はない。

と結論している。

ただ、それでも心配な場合として、The BMJでは

  • 現在重度の血圧や心臓病をレニンアンジオテンシン系阻害剤でなんとかコントロールしている場合は新型コロナに感染してもそのまま続ける。
  • 軽度の高血圧でレニンアンジオテンシン系阻害剤を服用している場合、コロナ感染がはっきりした時点で服用を中止。
  • 同じく軽度の患者さんで、コロナ感染の可能性が高いばあい(家族、医療スタッフなど)は、感染前に中止を考える。

という3種類のガイドラインを出している。患者さんに聞かれた時の参考にしてほしいとまとめてみた。

今後も進展があれば論文紹介する。

4月5日 新しい現実的な膵臓ガン治療のプロトコル(4月16日 Cell 掲載論文)

2020年4月5日

現在我が国ですい臓ガンに対して行われている化学療法はジェムシタビンが中心だが、DNA修復が低下しているガンに対してはプラチナ製剤も使用されていると思う。また、施設によってはEGFR阻害剤を組み合わせることも行われているのではないだろうか。

このような抗ガン剤の組み合わせを計画するときに重要なのは、細胞に対する異なる効果を合わせることで、一番わかりやすいのがガンの増殖を抑えた上で、免疫をチェックポイント療法で高めるといった組み合わせだろう。しかし、抗ガン剤自体もその効果を把握すると、さらに論理的な抗ガン治療が可能になる。

今日紹介するスローンケッタリング癌センターからの論文は、最近注目のガンに対する老化誘導がモデルマウスのすい臓ガン治療に高い効果を示すことを示した研究で4月16日号のCellに掲載された。タイトルは「Senescence-Induced Vascular Remodeling Creates Therapeutic Vulnerabilities in Pancreas Cancer (老化によって誘導される血管のリモデリングによってすい臓ガンの治療感受性を高められる)」だ。

研究は単純で、これまで著者らが提案していたCDK4/6阻害剤(パルボシリブ)とMEK阻害剤(トラメチニブ)を組み合わせてRB依存性の細胞老化を誘導して、すい臓ガン治療を改善できないか確かめることが目的だ。

遺伝子導入によるマウスすい臓ガンモデルに両方の薬剤(T/P)を投与すると、増殖を止めて老化が誘導されたことを示すマーカーが検出できるが、個体の生存曲線としてはほとんど変化ない。すなわち、ガンの方はこの治療を乗り越えられる。

つぎに同じ治療でガンの細胞老化が誘導されることで、周りの組織が変化するか調べ、ガン局所に血管が誘導され、しかも血管はしっかり開いて循環を維持していることを発見する。また、様々な分子マーカーを使った組織の検討から、ガンの老化により血管のリモデリング誘導されたことになる。

次にリモデリングされた血管の機能を調べる目的で、腫瘍への抗ガン剤ジェムシタビンの浸透を調べると、T/P治療を行わなかった群と比べ、アイソトープ標識されたジェムシタビンが腫瘍内に浸透し、その結果ジェムシタビンの効果を大きく高まる。すなわちT/Pとジェムシタビンを組み合わせた化学療法は、ジェムシタビン単独と比べて2倍の効果がある。

さらに、血管が腫瘍に浸透することで腫瘍周辺に多くのCD8T細胞も浸潤していることがわかる。しかし、この細胞はPD1を強く発現し、また腫瘍のPD-l1発現もT/P治療で上昇するので、結局CD8T細胞の活性はすぐに抑えられ、あまりガン抑制に役に立っていない。

そこで、抗PD1抗体を投与すると、T細胞の活性が復活し、ガンの抑制が可能になる。すなわち、T/P治療とPD1抗体を組み合わせることで、生存を2倍に伸ばすことができる。

以上が結果で、論文としてはよくCellに受理されたなと印象があるほど単純な話だ。しかし、全ての薬剤は今使われていることから、明日から臨床治験が可能になることは明らかで、このインパクトでCellは掲載したのだと思う。

現在ニューヨークはコロナで大変な状況だと思う。おそらくスローンケッタリングでは治験が進んでいると思うが、この状況に打ち勝って是非早期に朗報がもたらせるのを期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月4日 200万年前の南アフリカは人類の避難場所だった(4月3日号 Science 掲載論文)

2020年4月4日

南アフリカは人類学を塗り替えるアウストラピテクス・アフリカヌスが発見された土地で、今でも様々な場所で発掘が進んでいる。この発見がおこなわれたとき、英国で最も古い原人が発生したとするピルトダウン人捏造に学会が全て染まっていたため、捏造発覚まで論文に掲載されることなく圧殺されるというドラマも生んだ。

ただ、南アフリカがすごいのは狭い地域にアウストラロピテクスだけではく、様々な人類化石が発見されることで、例えば図に示したのは、ヨハネスブルグ近郊のスタークフォンテーン遺跡に展示してあったパラントロプスの頭蓋骨を

筆者が撮影したものだが、パラントロプスはアウストラピテクス直立原人などのホモ属をつなぐ人類とされている。重要なことは、これらの人類が200万年前後に集中して同居している可能性で、実際にゴリラやチンパンジーが同居するように、様々な人類が同居することがあったのかが重要な問題になっている。

今日紹介するアウストラリアや南アフリアをはじめとする数カ国の人類進化研究所からの共同論文は、1992年に発見された南アフリカ北部のDrimolen洞窟から出土した人類の化石の中に、アフリカで最も古いホモ属の化石と、同じく最も古いパラントロプスの化石が発見されたという論文で4月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「Contemporaneity of Australopithecus, Paranthropus, and early Homo erectus in South Africa(アウストラピテクス、パラントロプス、そして早期のホモ属は南アフリカに同時代的に存在した)」だ。

様々な人類の骨がこの領域で発見されることはもうわかっていたが、それらが同時代に生きていたかどうかを明らかにすることは、堆積や水などの自然の力で地層や化石が複雑な変化を被る結果極めて難しかった。この分野は全くの門外漢で評価できないが、今回はウラニウム/鉛同位元素を用いる方法と電子スピン共鳴法を組み合わせて、約204万年前のから195万年前に、ホモエレクトスとパラントロプスが同時に同じ場所に存在していたことを証明している。すなわち、アウストラピテクス・アフリカヌスが存在していた同時代に、パラントロプスも、ホモエレクトスも存在していた可能性が高いことが示された。

この論文の大半は、この洞窟の詳しい地質調査で、物理学的時代測定法の妥当性をバックアップすると同時に、当時の気候などを詳しく検討している。そして、おそらく地球全体が乾燥したこの時代に、南アフリカが避難場所として多くの人類や動物が同居することになり、結果人類進化の揺りかごになったと結論している。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月3日 Tauの伝搬を防いでアルツハイマー病を治療する(4月1日 Nature オンライン掲載論文)

2020年4月3日

アルツハイマー病(AD)の症状とリン酸化Tauの脳内での蓄積が強く相関することは広く認められるようになっている。さらに、重合したTau断片が神経から神経へと伝搬するというプリオン仮説についても、コンセンサスになってきたのではないかと思う。しかし、細胞膜で仕切られた細胞間を大きなタンパク質が伝搬するためには、細胞内へTauを取り込むメカニズが必要になる。これまでの研究で、細胞膜やマトリックスに存在するヘパラン硫酸プロテオグリカンやLDL受容体がTau取り込みに関わっている可能性を示唆する論文が発表されていた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンタバーバラ校からの論文はLDL受容体の中のLRP1がTau取り込みの主役であることを示した研究で4月1日号のNatureオンライン版に発表された。タイトルは「LRP1 is a master regulator of tau uptake and spread(LRP1がTau取り込みと伝搬の主役分子)」だ。

この研究は最初からLDL受容体ファミリーのどれかがTau取り込みに関わると仮説を立てCRISPRテクノロジーを使ってグリオーマ細胞株H4から様々なLDL 受容体の発現を低下させTau取り込みが抑制されかスクリーニングを行い、LPR1の発現を抑制した時のみ沈殿型Tauの取り込みが低下することを発見する。また取り込まれる過程にはTauの微小管結合領域がLPR1と結合することが必要であることを明らかにする。

LRP1に結合することが知られている分子RAPとTauを競合させる実験を行い、RAPとTauがLRP1の同じ領域に結合し、互いに競合することを見出している。すなわち、このサイトを抑制することでTauの取り込みを抑制できることになる。 

ここまでわかるとLRP1が実際の神経でも同じように働いているか、またモデル動物でLRP1を標的にしてTauの取り込みを抑えられるかが次の問題になる。まずヒトiPS由来の神経細胞を用いて、Tauの取り込みと、LPR1発現の抑制、あるいは、RAP添加による競合実験を行い、人間の正常神経細胞でも重合型Tauは取り込まれ、その時LRP1を介していることを明らかにした。

最後にマウスの脳にウイルスベクターで重合型Tauを自然生成できる遺伝子を注射する実験系で、離れた脳領域にTauが伝搬すること、またこの伝搬をLRP1発現を抑制するshRNAで抑えられることを明らかにしている。

結果は以上で、LRP1がAD治療の新しい標的になる可能性が生まれた。もちろん先は長い。しかしこの結果が再現できれば、様々なADモデルでLRP1抑制実験を行うことで、ADとTauプリオン仮説の検証が可能になる。もしうまくいけば、その先にADの新しい治療開発も視野に入ってくるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

下水中のウイルス量からコロナ感染の広がりを推察する。

2020年4月2日

今日の朝刊で日本経済新聞は、我が国の新型コロナ感染検査をもっと増やせと、立場を明快にしていた。しかし、今も我が国では、PCR検査を増やした方がいいのか、それとも陽性の患者さんが押しかける医療崩壊を抑えるため、検査を絞った方がいいのか議論が続いている。この議論は、今後多くの人が感染すると予想される状況でも我が国の医療システム維持するための政策論争なので、世界を見渡した時、多くの検査を実施している、していないに関わらず、うまく抑え込んでいる国と、抑え込めない国がある以上、最終結論はこの流行が終わった後で正確に検証する以外に判断できないと考えている。

しかし感染の広がりを正確に捉えるという科学的目的のためには、特定の地域でランダムサンプリングを行い、正確な感染率を明らかにすることが重要で、これをシミュレーションで全て置き換えるのは、まだデータがない以上ギャンブルだと思う。

ただ、出来る限り多くの検査を行うという方針をとってこなかった我が国で、ランダムサンプリングを一定規模で行い感染率を調べることは大きな抵抗が予想される。またそんな余力はないと思う。ところが、この問題を思いもかけない方法で解決する可能性が、Environmental Science and Technologyに中国科学アカデミーから提案されていた。

この論文では、各個人の感染を個別に調べて感染率を算出する代わりに、特定の地域の下水にウイルスが存在するかどうか調べれば、その地域での感染の広がりを量的に推定できるのではと提案している。

こんな提案を聞くと、「コロナウイルスが本当に下水中に残存しているの?」と一般の方は疑問に思われると思う。しかし、コロナウイルスは便や尿にも排出されることはわかっており、またウイルスは被殻に守られており、一定期間下水中でも分解されることなく維持されるので、この提案が十分妥当であることはほとんどの専門家も同意するだろう。

この論文では、さらに進んで抗体をベースにした短時間でウイルス検出が可能な検査法が下水中のウイルス量を測定に使えることを宣伝しているが、この提案は気にすることはない。まずしっかりとPCRを用いて、下水中のウイルスが検出できるか、また感染の広がりと相関するか調べればいい。この提案が正しければ、例えばクラスターが発生した施設の便所から出る下水で検出できはずだ。もちろん、下水に一定量のウイルスを混合して、感度を調べることもできる。これでうまくいけば、あとはそれぞれの地方の下水に検査を広げていけば、感染マップが書けるのではないだろうか。

この方法の重要な点は、個人の診断に使うわけではないので、正しい処理の知識があれば、どこでも、誰でも実施可能な点だ。福島の事故の時、様々な場所で一般の人々が放射線のモニターをしたのと同じことが可能になる。すなわち、政府とは独立に感染を調べることが可能になる。

私は可能性は高いと思うが、可能・不可能の議論をするより明日から始めれば、科学的に感染を調べ、それに基づき政策を立てることが可能になると思う。

4月2日 食事の腸内細菌叢への影響を調べる難しさ(3月23日号 Nature Medicine 掲載論文)

2020年4月2日

我々の身体の代謝に腸内細菌叢が重要な役割を持つことについては、誰も疑う人はいない。それどころか、一般の人も、自分の腸内細菌叢を何とか善玉にしたいと思うようになっているが、ではどうするのかについては、メーカーの言葉を信じるしかない。そう考えると、メーカーの責任は重い。「安全ならあとは売れればよい」、「結局長期効果など誰も検証しない」と、簡単な臨床試験や動物実験結果をもっともらしく宣伝するのではなく、本当に顧客を(満足ではなく)健康にできるかを真剣に考えた製品を作っていってほしいと思う。

とはいえ、人間で食事と腸内細菌叢の関係を、厳密に研究するためには、人間の行動をモルモットのように厳密にコントロールする実験が必要になる。今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、25人のボランティアを30日間研究室に閉じ込めて食事や抗生物質投与をコントロールした研究で3月23日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Effects of underfeeding and oral vancomycin on gut microbiome and nutrient absorption in humans (減食とバンコマイシン服用がヒトの腸内細菌叢と食品の吸収に及ぼす影響)」だ。

普通動物実験でしかできない完全な食事のコントロールを短い期間でもやり遂げたことがこの研究の全てだ。30日間研究所に閉じ込め、最初は2400Kcalの全く同じ食事を摂取させ、その後片方は3600Kcal、もう片方は1200Kcalの食事を3日間だけとらせる。その後3日間2400Kcalに戻したあと、もう一度同じように過食と減食3日間を続けてもらい、その間に様々な検査を行う。

このシリーズの後8日間の回復期間をおいて、今度は経口的にバンコマイシンを3日間服用させ、服用したグループとしなかったグループで、同じように検査を行い実験終了となる。

この31日に及ぶモルモット体験で調べられる最も重要な項目は、カロリーの接種率と、便として排泄されるカロリーの量で、あとは便の細菌叢検査などだ。結果をまとめると次のようになる。

  • 便として失われるカロリーを吸収されたカロリーに対して計算すると、不思議なことに、減食した方が多くのカロリーが便として失われる。すなわち、カロリー制限はカロリーの吸収をさらに落としてくれる効果がある。
  • バンコマイシンは消化管から全く吸収されない抗生物質で、腸内細菌叢だけを減らすことができるが、腸内細菌叢が減ると同じように便として排出されるカロリーは増える。

腸内細菌叢や血液の検査を通してこの結果を解釈しようとしているが、減食やバンコマイシン服用により粘液を消化し腸のバリアー機能に関わる細菌が増え、食物の吸収が低下すると同時に通過が早くなること、また完全に原因として特定できてはいないが、酪酸の分泌など様々な代謝物のバランスもこの変化に貢献しているだろうとしている

減食でよりカロリーの損失が増えること、また減食した方が細菌の多様性が上昇するという結果は、直感に反する結果だが、最終的な印象としては、食事をコントロールする実験は難しいというのが印象だ。31日間拘束しても、たかだか6日間の栄養コントロール実験しかできない。本当はもっと長期の影響が必要になる。したがって、人間モルモット実験には限界がある。これを克服するには、日常の多様な行動を科学に仕上げていく方法論を確立しなければならない。それまでは消費者はマーケティングの言葉以外に頼るものがない状況は続く。その意味で、メーカの消費者の健康に本当に寄与したいという覚悟が望まれる。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月1日 幹細胞のゲノム不安定と腸炎:コロナも少し考えてみた(3月25日 Nature 掲載論文)

2020年4月1日

潰瘍性大腸炎やクローン病は炎症性腸疾患(IBD)と総称されており、自己免疫、慢性感染症、食事など多様な原因で、腸内に慢性の炎症が続く。従って、最初のシグナルを特定することがこの分野の重要な課題になる。

今日紹介する中国廈門大学からの論文は炎症性腸炎も完全な内因性の原因で起こりうることを示した研究で3月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Gut stem cell necroptosis by genome instability triggers bowel inflammation (ゲノム不安定性による腸管幹細胞のネクロプトーシスは炎症性腸炎の引き金になる)」だ。

この研究では、IBDの患者さんの遺伝子発現を調べて、ヒストンのメチル化に関わるSETDB1が低下しており、またSETDB1低下が幹細胞で著しいことを発見し、SETDB1の低下がIBDの引き金になるのではと着想している。

あとは、腸管幹細胞でSETDB1遺伝子のノックアウトを誘導的に行えるマウスを作成し、成長してからこの遺伝子をノックアウトすると、期待通り強い腸炎が1週間で誘導できることを示している。すなわち、幹細胞内での原因でIBDを誘導することができた。

SETDB1はもともと幹細胞で発現が高く、染色体の安定性を維持し、幹細胞のゲノムを守る役割があるが、この発現が阻害されることで、ゲノムが不安定になることが想定される。実際、ノックアウトされた細胞ではDNAの切断が観察され、またIBD患者さんの腸管幹細胞でもDNA 切断が観察される。実際、SETBD1をノックアウトすると、細胞死が高まるとともに、ゲノム不安定性を反映して、一部で腫瘍性増殖が見られるようになる。

ではどうしてこれがIBDのような炎症につながるかが問題になるが、まずゲノム不安定性により幹細胞のネクロプトーシスが誘導される結果、炎症が発生すると考えた。ネクロプトーシスに関わる遺伝子ノックアウトとSETDB1ノックアウトとを組み合わせる実験を行い、IBD発生を抑えられることを示している。また、この時の引き金は自然免疫受容体RIP3を介しており、RIP3阻害剤が炎症抑制に効果があることも示している。

RIP3はもともとRNAウイルスを検出して自然炎症を誘導する。そこで、ネクロプトーシスと自然免疫を誘導する他の要因を検索し、最終的にSETDB1により誘導されていたヒストンK9メチル化が低下し、内因性のレトロウイルスの増殖が起こることを突き止める。一方、この系では腸内細菌叢の役割はほとんど見られなかった。

まとめると、何らかの要因でSETDB1の発現が腸管幹細胞で低下すると、DNAの切断が起こるとともに、内因性レトロウイルスの転写が起こり、これがRIP3を刺激してネクロプトーシスによる自然炎症を誘導するというシナリオだ。完全に内因性の要因でIBDが起こり、それを抑制する薬剤まで示し得た面白い仕事だと思う。

この論文を読んでいて、新型コロナ肺炎でネクロプトーシスなどの細胞死を調べ直すことは重要だと思った。現在肺でのサイトカイン分泌を制御する治験が行われており、もし肺胞での細胞死がネクロプトーシスなら、介入できるかもしれない。重症になるとなかなかネブライザーで肺胞にまで薬剤を到達させるのは難しいと思うが、RIP阻害剤は考慮する価値はあるように思った。

カテゴリ:論文ウォッチ
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