新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の場合、感染抑制の鍵になるのは、無症状であるにもかかわらずウイルスを排出している人で、完全にウイルス感染が抑えられない限り、無症状の感染者の問題は、正直、国民全員のPCR検査を毎週でも行わない限り解決できるようには思えない。このことは、日本国内でも感染テストの証明書の利用がが様々な状況で浸透してきていることからもわかる。
ただ、無症状の感染者というと、ウイルスに対する免疫を直ちに獲得し、ウイルスを抑え込めた元気な人というイメージがあるが、これが全く間違っているという面白い症例報告が米国国立衛生研究所から12月23日号のCellに掲載された。タイトルは「Case Study: Prolonged Infectious SARS-CoV-2 Shedding from an Asymptomatic Immunocompromised Individual with Cancer (SARS-CoV2を無症状のまま長期間排出した免疫抑制治療中のガン患者さんについての症例報告)」だ。
症例はCoV2感染が重症化するリスクが最も高いと考える患者さん、すなわち高齢(71歳)、10年にわたって慢性リンパ性白血病の治療を続けており、転移で脊椎骨折で治療を受けたばかりの女性だ。女性という以外は、高リスクの典型で、治療の結果免疫能も低下している患者さんだ。
この女性は貧血で入院中、転院前のリハビリ病院でのCoV-2クラスターが発見されたため検査を受け、CoV2陽性と診断される。ただ、胸部CT写真を含め、自覚的、他覚的を問わず症状は全く存在しない。にもかかわらず、なんとその後105日間ウイルスを排出し続け、しかも70日間はPCRだけではなく、感染性のあるウイルス粒子が検出されている。症状がないので、実際には手の施しようがなく、ともかくウイルス排出を止める目的で71日目、82日目に回復患者さんの血清を注射している。この結果血中の抗体価は上昇しているが、残念ながらウイルス除去効果があったとは判断できないが、なぜか105日以降はウイルス排出が見られなくなったという結果だ。
症状がないため、患者さん側の検査はほとんど行われていないが、ウイルス検査はゲノム解析も含めて徹底的に行ったというアンバランスな報告だが、理屈はよくわからないが情報として考えるとCellに掲載しても問題はないと思うぐらい面白いと思った。
- この患者さんは無症状というだけでなく、ウイルスを鼻および喉の奥別々に採取して検査しており、最初から最後まで感染は鼻で止まっていることが確認されている。すなわち、完全に鼻かぜで終わるという状態が続いている。しかも、この状態を決めているのは決して免疫機能でないこともわかる。例えば、ACE2などの発現など調べたいことは山ほどあるが、理屈はともかく、今後無症状者のボランティアを用いた徹底的調査の重要性を示している。
- 回復者抗体を投与後もウイルスが排出され続けているので、抗体の効果がないように見えるが、結果をよく見ると抗体投与後は感染検査は陰性に転換している。もともと鼻粘膜にはIgGは到達しにくいのだろうが、しかし少しづつ効果を示した結果、ウイルスが除去されたとも考えられる。今後抗体治療が進んだとき、鼻粘膜感染への影響をさらに詳しく調べる必要がある。
- ウイルス学的に徹底的調査が行われ、100日間もウイルスが排出され続けると、ウイルスでも多くの変異が起こっていることが確認されている。この患者さんは、最初ワシントンで流行が見られた時のウイルスが感染しており、様々な変異体が分離できているが、他のウイルスを駆逐すると言った変異は見られず、その時々の一過性のウイルスと位置付けられる。スパイク分子N末端に大きな欠失のある変異も分離されているが、感染性については特に変化がなく、複製活性が高いウイルス変異が現れる確率が低いことがわかる。
- 免疫抑制がかかった患者さんは重症化しやすいと考えられてきたが、今回の結果は免疫抑制治療を受けているCovid-19患者さんの総合的な調査の重要性を示唆している。もし何らかの免疫抑制操作が、ウイルス感染を鼻かぜで抑えることに寄与するとすると、治療戦略も変わってくる。おそらく、ネットで呼びかけて症例が集められ、近い将来発表されるのではと期待する。
以上、不思議な1例だったが、ひょっとしたら新型コロナウイルス感染の理解に大きな貢献をするのではと期待させる症例報告だった。いつでも、症例報告は探偵心をくすぐり面白い。